スーパーコンシェルジュ 3-③
昼食を終えて、再び一階へと降りる。来ようと思ったときの一番の目的は、専門職っぽい人がいるっていうから、どんな感じなのかを見てみよう、と思ったことだった。
ぐるっと回ると、確かに胸にバッジをつけたような人が時々いる。でもそれをじろじろ見るわけにはいかないし。
まとめて一人の人(それは私みたいにフロア全部を見てるっていう意味で)がいるといいなぁって思ったけど、そういう感じの人はいないみたい。サービスカウンターみたいなところはあるから、きっとそこでも相談すればその相談に乗ってはくれるんだろうけど、その先はもう少し専門性のあるスタッフに、みたいになるのかな、と思ったりする。
うーん、そのまま私の参考になるっていうのとはちょっと違うかなぁ。
ワインの所にはぶどうのバッジをつけた人がいて、この人は絶対アドバイザーとかって人なんだろうなと思ったんだけど(制服も違うし、年配の方だし、なんていうか、迫力が違う)ちょっと声を掛けにくくて、チーズの所に居た少し若い女性に思い切って声を掛けた。
「何か、お探しですか?」
「あの、これってナチュラルチーズっていうやつですよね? 興味はあるんだけど、どんなのがいいか、分からなくて」
「そうですよ。どんな時にお召し上がりになりますか?」
やさしい笑顔で応対してくれた。
「えっと、特に考えてないんですけど……」
うーん、もうちょっと「これ用でこんなのにはどれがいいですか?」っていう質問を用意してた方が良かったのかな? って思ったけど、いまさらだ。
「あ、例えば夜に、ご飯の後、ちょっとゆっくり晩酌みたいなときとかにつまむのとか」
家で普段、どんな時にチーズ食べてるかなって思ったら、朝食か晩酌だなと思ったので、そんなことを言ってみる。
いくつか、試食も出来るというのでお言葉に甘えて、試食させてもらうことにした。カマンベールに似た感じのブリー。エメンタール。
食べたことのない(というか、聞いたことは多分あるんだけど、何が何やら理解はしていない)チーズを教えてもらう。
オレンジ色の鮮やかなレッドチェダーを、クラッカーに載せて頂いた。
あれ? これって。
一口頂いて、なんだか覚えがある気がした。でも何かうまく思い出せなくて、残りの半分を口に入れる。やっぱり、この味知ってる。
「ハンバーガーのチーズだっ!」
思わず小さく叫んでしまった。
「え?」
お姉さんが一瞬きょとんとする。
「あ、いや、ファーストフードとかって意味じゃなくて、あの、私、新婚旅行でアメリカに行ったんですけど、すごくおいしいハンバーガーがあって、その時の!」
弁解するみたいに、必死で説明した。
「あぁ」
お姉さんが納得したみたいに笑った。
「これ、ハンバーガーに使われることも多いですよ。アメリカの方は、結構好きみたいですね」
「そうなんですか~」
当たってたんだ。すごく美味しかったあのハンバーガー。チーズの香りも、肉の香りも、何もかもが濃くて、日本のファーストフードのハンバーガーとは明らかに違う味で。
どんな感じのレストランだった、とか、その時のハンバーガーの肉汁の感じとか、そのちょっと前に潤ちゃんと小さな口論をして、不安になってた気持ちとか、そういうものも一気に思い出した。
忘れられないくらい美味しかったんだけど、新婚旅行で何もかもがめっちゃ新鮮で楽しかったから、その分までおいしく感じたのかなとか思ってたんだ。あ、もちろんその要素もあるかもなんだけど。
チーズも、普段私が食べてるようなのじゃなくて、こういうチーズだったんだ。
「食べて思い出すって、凄いですよね」
思わず言った。味が記憶を呼び起こすことってあるんだなぁって。
「これにします」
潤ちゃんは覚えてるかな。思い出すかな。
お仕事についても聞けたら聞いてみようと思っていたのを思い出したのは、店を出てしまってからだった。
結局その夜、潤ちゃんは私が期待したほどには思い出して感動してはくれなかったけど、確かにチーズがこんな味だったなぁという所には同意してくれた。もちろん忘れてもいなかったから、良しとする。
それからもう一つ。今日はちょっと上等なA5のノートを一冊買って帰った。この数日、気付いたことや調べたことはもちろんメモしたりはしていたんだけど、コツコツ書いていれば意外に結構な量になるってことに気付いたから。
それ用に、ノートを作ろうと思って。
母親が、昔、料理教室をやっていて、小さいころから家にそのレシピと言うか講義ノートのようなものがいくつもあった。
口癖のように母親は「これはお母さんの宝物なの」と言っていたことを思い出して、私もそんな宝物に出来るようにしたいなと思ったから。
さっそく今日聞いて帰ったチーズの話をメモする。種類とか、名前と、特徴。もちろん本を買ったりネットで調べたりってことが基本になるんだけど、やっぱり味を知ってるって強いよなぁって思うから、せめて今日教えてもらったチーズくらいは自信を持ってお客様に説明したいと思う。
このノートが埋まる頃には、一人前ですって胸を張れるようになっているかなぁ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。お役に立ちましたら幸いです。 *家飲みを、もっと美味しく簡単に*