スーパーコンシェルジュ 4-①
4)素朴な疑問
サービスカウンターでの勤務に居心地の悪さを感じていたのは、ほんの1週間足らずのことだった。今でも難しい仕事は出来ないけれど、大抵の受付は出来るし、受け付けたことを自分で処理できるか、誰かにお願いするか、なんてことは瞬時に判断できるようになってきた。
サービスカウンターのチーフ以外のメンバーも、最初は中途半端な私の対応に少し困っていたような空気もあったけど、多分もう慣れたっぽい。
いてもいなくても、多分それなり。
これが居場所って意味かなぁと思ったりする。
季節は徐々に夏へと向かっていて、まだ梅雨入りには早いけど、お中元コーナーとかも始まっていて、いい季節になった。住生活商品のフロアにはアウトドアのコーナーなんかも出来ている。
この前、森川さんと昼休憩に一緒になったので少し喋っていたのだけれど、アウトドア用品のこととか聞かれて、まったく知識がないから困ったと言っていた。たしかに森川さん、アウトドアとかしそうな気配はまったくないけど、お客様からしたらそんなこと関係ないもんね。
そんなことを思っていたら。ある日。
「ちょっと教えていただきたいんですが」
「はい、なんでしょう?」
私の存在も、一応認知されてきているのか、もしかしたら売場の方で「こういう人がいますよ」と案内してるのかも知れないけど、私に向かって質問しに来る人もときどきいるようになったので、あ、そういうお客様かな、と思ってまずはお答え。
「何かお探しですか?」
「それが……」
ちょっと年配の男性のお客様。
「燻製をやってみようと思うのですが、お塩はどれを使うのがいいんでしょうか?」
「く、燻製ですか」
そう言えば、最近ブームになりつつある、という話は聞いたけど、燻製、かぁ。
「とりあえず、売り場の方へご案内しましょうか?」
お声を掛けてカウンターの外へと出る。出てから、しまった、ちょっとでも調べてからの方が良かったかもと気付いたけど、出てしまっては仕方ない。
「はい、ちょっと見たけど、分からなかったもので、売り場の方がここで聞けばとおっしゃったので……」
うわ、やっぱり案内されてきたクチだ。
塩の所まで行く途中、みっちゃんがいて、かるく会釈をした。多分彼女が最初に聞かれたんだろうなあ。私を案内してくれたみっちゃんと、自分の分と、責任も二人分の気分。
で、商品の前まで行って……しまった。そこで思い出す。
塩ってなんでこんなに種類があるんだろう、とかたしかに思ってたのに、結局その後、詳しく調べたりしてなかったんだよな。あの時、思ったのに。あー、情けない! というか、悔しい。
聞かれた時、とっさのこととは言え、前は担当だったから、なんとなく行けば分かるかな、なんて安易な気持ちでお連れしてしまった自分にも気付いてしまう。どうしよう。今さら、調べに戻ります、はないよなぁ。
いくつかを手に取る。とりあえず、食卓塩ではなく、粗塩か、岩塩だろうなぁ。燻製? ってそもそもどうやって作るの?
「燻製、と一口に言われますが、どういう感じでされますか?」
そもそも自家製の燻製もぼんやりしたイメージしかない。ということで、聞くことにした。
「いや、それがホームセンターでそういう道具を売っているのを見つけて、おもしろそうだなと思ってやってみようと思っただけで、書いてあったのは、色々あったんですが……」
「あぁ、なるほど。確かに最近される方も多いみたいですね」
「で、とりあえず一番最初に書いてあったのがベーコンだったんで、まずはベーコンかなぁと思ってるんですよね」
「ベーコンっていうことは、豚肉ですね?」
「はい。で、塩とかスパイスをと書いてあるんですが、家にあるのは漬物塩とアジシオくらいで、なんかそういうので作るのもどうかと思って、せっかくだから来てみたら、まぁ種類が多くて困ってしまって」
苦笑して、説明してくださった。
「そうですね、たしかに種類は多いですからね」
なんとか場をつなぐ。
うーん、岩塩? やっぱ岩塩かなぁ。たしかこの前ギフトの陳列をした時に、ハムギフトに「○○の岩塩で仕込んだ」とか書いてあった気がするんだよね。ベーコンってことは、多分ハムとかソーセージも親戚のはず。
あ、そうだ、この前美味しそうだな~って思ってレシピ眺めてた鶏のローズマリー焼きも岩塩って書いてあった気がする。
えっと。
「一応、海の物には海の塩、山の物には山の塩、みたいなことを言いまして。お肉には岩塩がオススメできるかなと思うのですが」
「岩塩、ですか」
「そうすると、この辺りが岩塩なので」
どうするよ。それでも5種類くらいあるし。
一応一つずつ手に取る。半分くらい、祈るような気持ちで。あ、あった!
「これなんか、肉料理に、とありますね」
ヒマラヤ岩塩。あんまり大きな粒でもないから、多分使いやすいはず。
「ほんとですね。これにします」
お客様もすぐに納得され、決められた。ほっとする。あ、でも……
「スパイスなどはよろしいですか?」
実は聞かれてもそんなに分からない。でもここまで聞かれたら確認しておかないと。
「あ、それは家内に聞いたら家にあるのもあるから適当にと言われたので、多分大丈夫だと」
その言い方に笑ってしまう。塩にはこだわるのに、スパイスはそれ? と思う反面。
「いや、スパイスなんかはもう、なにがなにやら。とりあえず色々書いてあるのを見せたら、大抵あるっていうことだったんで」
奥様、結構料理されるのかな。でもたしかに年配の男性にはスパイスはハードル高いか。
「とりあえず、これでやってみます。ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
なんとか、お役に立てたらしい。フロア内でお見送りをしてから、ほっとしつつサービスカウンターへと戻った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。お役に立ちましたら幸いです。 *家飲みを、もっと美味しく簡単に*