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【葬送のフリーレン】#4.ふたりだけの静かな夜


「フリーレン様。こちらへ。」

そう告げ、木の椅子に腰をかけたのは『フェルン』と言う名の旅の同行人だった。

その視線の先には呼び付けられた1人の気だるそうな少女。
周りからはエルフと呼ばれ、長寿で、千年生きると言われるが、見た目は中学生程度で止まっている不思議な種族だ。

「前にもお伝えしました。夜更かしはあれほどいけない事です。と」

そのエルフは叱られている。
座を更に奥へ送るフェルンの広がった太腿は人1人が乗るには丁度良い塩梅。
両の手は丁寧に揃えて置かれ、目は真っ直ぐフリーレンを見つめ直された。
フリーレンは気乗らないそうに自身よりも低くなったフェルンへ視線を落とす。

「旅は命懸けの連続と教えて下さったのはフリーレン様です。いくらエルフと言えど、体力勝負ですし。お肌にも悪いですし。翌日の出発に響くと言ったはずです。覚えてますか。ただでさえ朝弱いのに」

言われた気もするが、、

横目で見れば、いつも通り日の変わる頃まで読み耽った大量の本がいつも通り山積みの状態。

その隣には丸く二つ。重みが集中した様なシーツの模様がある。それは軽いお説教を体を起こしたままベッドで受けた痕跡。

「フリーレン様。忠告したのはつい昨夜の事で私はとても残念です。仕方ありませんが、次回は罰をと約束しましたね」

戦力・思考力・判断力に優れ頼りになる戦闘中と違ってプライベートはだらしないフリーレン。
叱られた事さえ大して重く捉えていなそうなその態度にフェルンの語調は強くなる。

「来て下さい」

 「ごめんて」

一度決めた事をやり遂げる意志の強さは旅を通して知っている。こうなったら誰も手の付けられないのがフェルンだ。

フリーレンは仕方なく近づいた。
裸足のままダブルベッドをよけるとフェルンの前に立つ。

「来たよ。」

見上げる様になってしまったフェルンを今は見下ろし、目を擦り大きなあくび。

「三度目は無いと言っておきましたので、“お仕置き“ですよ、フリーレン様」

 「おしおき?…」

「はい。お仕置きです」

人間界では変な事をするもんだな。と書かれた眠そうな顔。
フェルンの揃えられていた片方の手はフリーレンにそう告げると直ぐに浮かされた。

「エルフの世界でも刑罰と言うものはあると思いますよ。私は人間のものしか知らないのでこれしか思いつきませんが」

優しくすくわれた手。
その手は握られたまま椅子の横へ導かれ、フリーレンは膝が触れる程フェルンへ近づけられる。
そのまま引かれ続け上体はかなり前のめりに。

フリーレンの体はフェルンの両膝を空で通過していた。

「フリーレン様のような方は、人間界ではこうされるのです」

フリーレンの脚は引かれ続けるフェルンの膝横につんのめりバランスを崩す。
繋がれた手はいつの間にか離され、重心の失ったフリーレンはそのままフェルンの膝に腹這いになった。

「今はもう私の体の方が大きいので脚浮いちゃいますね、フリーレン様」

「ちょ、ちょっと待ってよフェルン」

異様な空気を察して初めて声量が上がった。
それでも寝巻き同士が擦れる小さな音が響くに静かな夜は十分過ぎている。

「怖がらせてしまってすみません。でもそのままの体勢で結構です。あとは私に任せて下さい」

 「いやそうじゃなくて」

「この状態にされたら、お静かに」

背や胸でサイズに差はあれど、旅の途中で入手した下着を隠す程度の真っ白いワンピース型寝巻き。
フェルンはお揃いゆえにその寝巻きの勝手が分かっている。

フリーレンの寝巻きは背から下へ丁寧に撫でられ平らにされる。
腰へ寄せたシワや生地を角度の落ちる膝裏にそっと流すと足先の裾をピンと引っ張られた。

シワひとつ無くなったフリーレンの寝巻きはフェルンの性格上よしとされる。

「いいですかフリーレン様。今からお仕置きを致します。人間界で言う“お尻のお仕置き“です。悪さを働いたものへの改心のおまじない。魔法職の私達で言う呪文みたいなものです」

「例え下手すぎない?…全然分かんないんだけど」

「えっ」

厳かな空気も一変、膝下で静かにどつかれたフェルンは顔を赤らめた。

「と、とにかく!えるふに効くかは分かりませんが、フリーレン様の日頃の行いを折檻致しますっ!」

はいはいと言いたげなフリーレンと気を取り直すフェルン。
ダブルベッドと化粧台だけの小さな宿にいつもなら爆睡中の2人はいつもと違う雰囲気に少し緊張していた。

「(本当に世話のかかるお方…)」

フェルンはフリーレンを膝に乗せたまま窓の外に目をやる。
部屋の中で唯一の豆電球がおぼろげに灯された窓の外からは虫の音が聞こえるだけの本当に静かな夜だ。

「ふぅ…」

フェルンは心を落ち着けるとフリーレンを見下ろした。
フリーレンは手を床に着けて静かに待っている。
脚は、踵がツンと上につま先はピンと伸ばされて指だけの着地の状態。
胸は下側がフェルンの膝横に触れているかいないか、くらいだ。

小さな子供じみて普通なら恥ずべき感情が湧いても仕方ない格好。しかしそこは感情の読み取りが鈍いいつも通りのフリーレン様かとフェルンは無理やり腑に落とす。
密接した事が無いから分からないけれど、膝に触れるフリーレンの呼吸は少しだけ早めに思えた。

フェルンの左手はフリーレンの腰に音無く置かれる。
自身がぎりぎり聞こえる程度の深呼吸をもう一度済ませるとフェルンは今度フリーレンをキッと見開いた。そして声量強めに口を開いた。

「フリーレン様。お尻ペンペンです」

フェルンは右手をスッと挙げた。

ぱぁんっ!!

静かな夜を切り裂く大きな一発。
張り詰めた空気。
部屋中に響き渡る打音にいち早く驚いたのはフェルンの方だった。
自分の手にもビリッとダメージを受ける、確かな手応え。
初めての罰にしては厳しすぎたか。
フェルンはそう思った。

痺れを逃すようにグーとパーを2.3度繰り返したフェルンはフリーレンの反応を恐る恐る伺う。

「…フリーレン様。いかがですか?」

尻から後頭部へゆっくりと目線を移動。
叩かれた当の本人は全く動いていない様子。

初めてのお仕置きで少しやり過ぎてしまった。
フェルンは罪悪感を抱き始めた。

それから5秒経ってようやく答えが返ってくる。

「何が?今なにか私にしたの?」

痛がる素振り所か今触れたのか否かを問うフリーレン。
フェルンは驚きのあまり目を見開いた。

加減が分からず力を込めてしまった手のひらを見つめ直す。
自分の手は確かに痛い。あれ?
全く平気そうなフリーレンとの差にフェルンは少し苛立ちを感じ始めた。

「そうですか」

芽生えていた罪悪感は一瞬で消えた。
ならばとフェルンは左右交互にお尻を叩き出す。

パンパンと弾ける打音。絶え間ない間隔。フリーレンの尻肉は確かに凹んでいる。衝撃は確かに伝わっている。音も重々しい。今度こそ。

フェルンは確かな手応えを感じ取っていた。

「……」
スナップを掛けたフェルンのスイングはそれなりに威力のあるものだった。

しかしフリーレンはそれでも全く動じない。
私ばかり上がっている呼吸が可笑しい。
叩く手にも自然と力が入った。

「...ふんっ。んっ!...」

痛がる事を願って奮闘するフェルン。
フェルンの膝にうつ伏せて手足を着け大人しくお仕置きを受けるフリーレン。

攻撃側は私なのに。
効果なしを見せつけられるフェルンは悔しかった。


ーーーーー
ーーーー
ーーー
ーー

「いったぁ!!」

80そこらで音が止まった。拳がゆっくり開かれる。
真ん中から全体へボワッと広がる右手の赤み。

先に音を上げたのはフェルンの方だった。
相当な力をフリーレンに振り下ろしたつもり...だったのに。

「もう終わり?人間ってこんな罰で苦しいと思う生き物なんだね。へー。」

余裕そうに振り向くフリーレン。
顔は涙目どころか普段の平気顔。
また人間の事をひとつ知ったよ。とでも言うかの様にその顔はにやりとフェルンに向けられる。

「(そうか。。この人は千年以上生きるエルフ。
痛点も耐久性も感度も並の人間とは違う。人間の力を加えてどうなる種族じゃないんだ。)」

そう悟り、乱れた心をフェルンは落ち着けた。

フリーレンを乗せたままの深呼吸が終わる。
人間界の罰が喰らわないからと言ってこのまま食い下がる訳にもいかない、フリーレンの夜更かしは正されるべき。
フェルンの正義感が揺らぐことはなかった。

お尻の罰が無意味にならない方法。
フェルンはフリーレンのお尻を上から下へ撫でながら考え出した。

「フリーレン様」

「何」

「フリーレン様の集めていた魔導書の中に、防御力を弱めるものはありませんでしたか?」

「あるよ。ヒンメルとアイゼンが斬り込むよりも先に毎回敵に掛けていた私の常套手段だからね、得意なものがあるよ」

「どうやってやるんですか?」

フェルンは膝に乗せたフリーレンにやり方を教わる。
体勢に違和感はあれど、いつも通り勉強熱心なフェルンへ、関心したフリーレンは弟子にその術の全てを伝授した。

言われた通りに念じるフェルン。
フリーレンは最後のアドバイスとして対象物との距離が近ければ近いほど威力が高い事を伝えた。

「ところで。今そんな事聞いて何に使うの?」

呑気な質問をよそにフェルンは膝にこんもり鎮座する尻を睨む。
フェルンは質問には答えず、礼を言うと深呼吸をし、目を閉じた。

「はあっ!!」

フェルンは目を見開いた。
途端に闇夜に包まれた部屋が一瞬で光り輝く。

背後で謎の光を受けるフリーレンと眩しい光に目を細めるフェルン。
そのまばゆい光はフリーレンの臀部を最後の光源に徐々に消えていった。

「…まさか。フェルン…?!」

フリーレンはいきなり慌て出す。
まさか自分にかけられるとは思わなかった。

魔法使いの素質を買われてハイターから送り出されたフェルン。
習った事を直ぐに呑み込んで一発で決めるセンスはフリーレンもよく知っている。

「さぁフリーレン様。続きといきましょうか」

フェルンは寝巻きワンピースに包まれたフリーレンのお尻にそっと手を置いた。
と同時に左手はフリーレンの腰裏を通過して椅子の外へ、フリーレンの腰を持ち上げる様に自分の身に引き寄せるとその指は腰骨に引っ掛けられる。

逃がすつもりは1ミリも無い、フェルンの意思の表れだ。

「フリーレン様。懲らしめのお時間です」

この時フェルンには自然と笑みが零れていた。

「ま、待てフェルン!続きって…」

問答無用。フェルンは右手を振り下ろした。

ばちぃんッ!!

一瞬にして空気が凍りつく。
対してフェルンの手のひらはジンジンと熱い。

やったか?
フェルンは期待してフリーレンを見るがやはり反応は無い、微動さえ無かった。

フェルンは自身の習得力不足に肩を落とした。
魔法は失敗。

そう思えた瞬間、フリーレンの呻き声が臓を巡って口先で弾けた。

「ぅああっ!」

「!!」

いきなりの絶叫にフェルンは驚いた。
フェルンがそっとフリーレンのワンピースに触れるとそこはホカホカと熱を帯びている。

お叫びとは裏腹に動かないフリーレン。
それでも膝から伝わる腹の震えは届いている。

(効いてる?…よし!!)

フェルンは再び手を挙げる。
そしておんなじパワーで2度3度フリーレンのお尻を目掛けた。

「んんっ!…ぃ」

師匠の身は素直に反応し四肢はやっと動き始める。

ここでやめるわけにはいかない。
慈悲が芽生えそうになりながらもフェルンはこのチャンスに目下のお尻を引っぱたく。
これでもか、これでもかとクリティカルヒットは重ねられる。
魔法によって何倍にも弱められた痛点・感度・耐久性はフリーレンの暴れが教えてくれた。

「こら、フリーレン様!大人しくしなさい」

痛みへの屈し方は人間と同じだ。
頭が上がり、手は浮き、背は反らされ。
脚は太腿からガバッと上げられたかと思いきや、空を泳ぐ。
今のフリーレンはお尻のお仕置きにジタバタする子供の様だ。

「ひっ!ああっ」

曲げてくる脚を弟子が叱る。エルフの叫び。
フリーレンは思った以上に痛がっていた。

腰を揺らして体をひねろう。叩かれる位置を少しでもずらそう。手に取るようにわかり易く伝わってくる。

「フリーレン様???お尻、逃げないの!!」

出会った頃は小さかったフェルンも今では体格差で勝てる程に成長した。
それは暴れ出すフリーレンを胸と手で抑え込めた事で尚更実感が湧く。

ばちんっ!ばちんっ!ばちんっ!

「ふぇる…んあっ」

フリーレンのお尻はかつて自身もそうだった様に、少しだけ発育した女子中学生の柔らかく張りのあるものに似ている。

しかし手足はじたばたと、そして次の一撃に備えて強ばった必死な後ろ姿はまるでお仕置きに純粋に怯える小さな子供の様だ。

「痛いい!やめるんだフェルン!…ああっ!!」

打って変わって余裕のよの字も無いフリーレン。
やった!!フェルンはニヤリと笑った。

そして勝ち誇った顔のまんま。
フェルンによるフリーレンへのキツいキツイお尻ペンペンが始まる。

「あぁ!痛いッ!…」

「フリーレン様。お尻のお仕置き、我慢出来ませんか?先程までの余裕はどうしたのでしょう?人間界においてこの罰の最中にお尻を隠すのはご法度なんです。報いは矛先はやっぱりお尻になってしまいますよ?ですから手は床に着けておきなさい」

今までに感じたことの無い連続的なお尻の痛み。
呻いて叫んで訴えてもその痛みは続けられる。

師匠のお尻をペンペン叩きながらフェルンはふと思い出した。
エルフは長寿という特徴を除けば人間と同じ。
経験値が高いからと言っても転べば痛がるしミミックに食べられるのは怖がっていた。
そう言えば、そうだった。

「ああっ!フェルンッ!痛いっ!!」

立場は完全に逆転。
フェルンの膝でフリーレンは大暴れ。
師匠の教えてくれた魔法は予想以上に効果があった。

「痛いッ!フェルン私が悪かった。謝る。謝るからぁ!」

「謝るのはお尻が耐えられないからですか?」

一際強烈な一発にフリーレンは仰け反った。

フェルンは乱れたフリーレンを抱え直す。
そしてより強固に定まったお尻に。
バチン。バチンッ。

素肌に当てている様な、服の上とは思えない音と痛みにフリーレンは逃げたくて逃げたくて堪らず手足を動かした。

「そんなに声を上げますと隣の部屋のシュタルク様まで聞こえてしまいますよ。んふっ」

だとしてもそれどころじゃない。
自分がオマケ程度で伝えた“対象物との距離“で効果が変わるアドバイス。
それがほぼゼロ距離で撃たれたのだからいくらエルフでも効果絶大、その痛みに敵いっこなかった。

「いったいッ!うぅもうお尻叩くのやめて!」

フェルンは構わず続ける。

「フリーレン様ったら。注意しても聞く耳持たないしすぅーぐダラけるんだから。全くもぉ」

見た目は妹を叱りつける姉の様。

何度もお尻を守りに来るフリーレンの右腕。
その入射角もリーチも覚えてしまった有能なフェルンにフリーレンは太刀打ち出来ない。

「何度も言わせない。悪い子」

サッと払われる。

「もっとお尻を痛めないと駄目なのですね」

ゆっくり大きな溜息と反して早い速度の平手打ち。
手首のスナップも効いた平手平手の雨は鋭く師匠の両尻を何ターンも何ターンも突いた。
痛くて痛くて堪らなくてもフリーレンは庇った事を毎度後悔させられる。

「わかった!分かったから!フェルンっ!!」

静かな夜に響くフリーレンの余裕無い声。
度重なる打音と弟子からの冷静なお叱り。

戦闘での優れた魔法使いと今のこの泣き喚く姿は本当に同一人物なのか。
10年共にいたヒンメル一行でさえこのフリーレンを疑う事だろう。

弟子から師匠へのお尻ペンペンが百をとっくに過ぎた頃。

その音はようやく止んだ。

「フリーレン様。これからは夜更かししないと約束出来ますか?」

フリーレンは膝の上で首がもげるほど頷く。

「本当ですか!?」 「うぁ!」

パァンとお尻に確認が入った。
痛い!を押し殺して急いで替えるYES。

フリーレンは当初無反応だったお尻のお仕置きに容易く屈した。

「同じ過ちは繰り返したら今度はワンピースを捲ってお仕置き。比べ物にならないくらい痛いですよ?約束出来ますか?」

フリーレンは即答で了承した。
パンツを下ろすまでは約束づけない所がフェルンのせめてもの慈悲。

「フリーレン様。“ごめんなさい”は?」

「ごめんなさい...」

フェルンは一呼吸置くとフリーレンを膝から下ろした。
腹を付けたままずり落ちるように下りるフリーレン。
両膝立ちになると両手を後ろに回した。
いたたた...、とさすり。そして目をこする。

「もう心配かけさせないで下さいね。まだ私はフリーレン様と一緒に旅がしたいので」

フェルンの目は優しかった。
静かに頷いたフリーレンはフェルンの片膝にちょこんと指だけ乗せた。

「…今夜は私も夜更かしをしてしまいました。私もいけない子ですね、ふふ。でも。まだ静かな夜は明けないようです。...このままもう少し、お話でもしましょうか」

終わったにも関わらず立ち上がらない上目遣いのフリーレン。
フェルンは目を合わせてゆっくりと微笑んだ。

フェルンはフリーレンの両指にそっと右手を合わせる。
見つめ合うふたり。静かな夜。
丑三つ刻はふたりを更に深い夜へと誘(いざな)った。

フェルンはそうして。ポツポツと話し始める。

「実は、私も、、、」

フェルンはぽっと顔を赤らめた。

どこか昔を思い出している様に床の一点をまじまじと眺める。

暫くしてくすっと笑う出した。
その横顔を見つめるフリーレン。

頬に込めた恥ずかしさ、ぶつけた右手、そしてフリーレンのお尻はきっと、同じ温度であたたかい。

「私も、たくさんされてきたのです」

 「?」

「その...。お尻のお仕置きを…」

フリーレンはきょとんとする。
これだけしっかり者のフェルンが?
あれだけ私を叱りつけてきたフェルンが?

お尻を叩かれて叱られる。

意外。口からはへー。としか出て来ない。
そんなフリーレンにフェルンは続けた。

「フリーレン様がハイター様の元を訪れ、私と出会ったのは今から7年ほど前。私が9歳の時でございます。」

フェルンはまだフリーレンの方を向かない。
横顔は部屋で唯一のランプに照らされぼやっと明るむ。
手はまた、フリーレンの甲にそっと置かれる。

「...」

私を痛くした右手。フェルンの温もり。
されている時は痛かったのに、なんでこの手はこんなにに安心するのだろう。
人間はすぐ死ぬし、知る必要も無いけど、この気持ちは何?

フリーレンにはまだ人間を理解する事が難しかった。
自分の手を覆うフェルンの手をゆっくりと見つめる。

ぽつぽつと昔話がふってくる。

「この事をしっかりと思い出すのは今回で2度目になります。1度目は私がフリーレン様と旅立つ前夜の事。亡くなってしまったハイター様との思い出をひとつひとつ想い重ねていた夜の事です。それは今夜のように、暗く、優しく、静かな夜でした。」

フェルンは遠くを見つめた。
フリーレンもその先を見つめる。
それからずっと。フェルンは募る言葉を一呼吸一呼吸、大切そうに話し始めるのだった。

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