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黄泉の探索者-06[時計塔]

アイーシャとあんなにたくさん話したのは初めてかもしれない。ケヴィンは上機嫌で帰路についていた。普段は緊張して、注文するときくらいしか話したことがなかったのに。彼女はケヴィンが採掘し、トールが加工してくれたネックレスをとても気に入ってくれたようだった。
後でトールにもお礼を言いにいかないといけない。

「ただいまー」

そう言いながら玄関のドアを開ける。返事はない。

「ばあちゃん?」

なんとなく嫌な予感がしてリビングのドアを開けると、ばあちゃんは床で寝ていた。部屋には細い蔦植物が侵食して、リビングのあちこちを這い回っていた。草刈り職人は何をしているんだろう。街に植物を入れないのが彼らの仕事なのに。ケヴィンはそんなことを考えながら、ばあちゃんを起こそうと無意味な努力をした。

時告人(ときつげびと)が、ケヴィンが帰宅してから3時間たったことを知らせている。仕事熱心な人たちだ。ケヴィンの家のように、時計塔が見えない場所へ時間を知らせに行くのが彼らの仕事だ。トールのように手先が器用だったら──ケヴィンはそんな場違いなことを考えていた。装身具職人のトールは、一時間に針が一周する時計をこっそり作っている。他の職人たちも持っている。もっとも、正しい時間を知るためには時計塔を見るしかないのだが。

いい歳だがいつもきっちり1時間で起きるばあちゃんが、もう3時間以上寝ている。どう見ても異常だ。

かかりつけの医者の家に言ったが留守だった。ばあちゃんはひとまず寝室に移動したが、その間も起きる気配がない。リビングに侵入していた植物は剪定バサミで刈り取った。見たことのない蔦で、細かい棘がある。手に刺さったら危ないと思い、鉱石を採掘するのに使う厚手のゴム手袋で掴んで捨てた。

そうしているうちに、時告人がまた時間を告げる声が聞こえた。もうシフトが始まる時間だ。ばあちゃんは心配だが、みたところ寝ているだけだしそのうち起きるかもしれない。とりあえず隣の夫婦にだけでも知らせておこうと、隣の家の玄関をノックしたものの返事はなかった。隣の家の壁にも、さっきケヴィンが刈り取った植物と同じ蔓が這っていたので取り除いておいた。

隣家の郵便受けに手紙を残し、ケヴィンは駅に走って向かう。鉄道は半日に一本しかない。

駅までの道のりで、ケヴィンは街の異常に気がついた。何人かの人々が道で倒れている。いや、寝ているのだ。助け起こそうと手を貸した初老の男性は、穏やかな表情で眠っているだけだった。しかしケヴィンがいくら揺すっても叩いても起きなかった。ばあちゃんと同じように。
仕方がないので通りがかった別の市民に男性の介抱を任せて駅に向かったが、道中何人も道で寝ている人を見かけた。一度は目の前でパタリと倒れた人もいた。街のあちこちに植物が侵入しているのが気になった。

駅は人でごったがえしていた。電車から降りる人と乗る人が一緒になって混乱している。

「いたいた、ケヴィン!」

背後から声をかけられて振り返えると、同僚のダニーがそこにいた。

「聞いたか?次のシフトは延期になったって」
「いいや。延期なのか?」
「そうだ。来週まで」

ケヴィンは内心ほっとした。ばあちゃんのことで、実は仕事を休もうかと思っていたところだったのだ。しかし、給料がもらえなくなるのは困る。

「そりゃあ……なんでまた?」
「しらないのか?眠り病のこと」
「詳しく聞かせてくれ」
「鉱山と街でたくさんの人が寝たまま起きないんだ」

ダニーの言葉に、ケヴィンは血の気が引くのを感じた。

「それ、うちのばあちゃんもなんだ」
「本当か!?」

ダニーがばあちゃんの心配をしてくれたことで、少し気が楽になった。

「もう3時間以上も寝てる。医者も留守だしどうしたらいいか……実は今回のシフトを休もうかと思ってた」
「俺もさっき鉱山から戻ってきた同僚に聞いたばっかりなんだが」

ダニーは少し深刻そうな声色で言った。

「鉱山でも、眠ったまま何時間も起きない人が多いらしい」
「なあ、鉱山ってトゲのある蔦が侵入してたりしないか?」
「ん?そこまでは知らないな……」

気のせいか。
ケヴィンは内心、胸をなでおろした。あの見たことのない植物がなんだか怪しい予感がしたのだが。

「起こす方法はないのか?」
「それが……まだ何もわかってないらしい」
「時計塔広場に行ってくる」

ケヴィンは気がついたらそう言っていた。時計塔広場には掲示板があるし、時告人も集まる。街で一番情報通なのは時告人たちだ。彼らは街中を走り回るから、短時間で街のことを知りたいなら彼らを捕まえるに限る。そして、時告人を捕まえるなら時計塔前の広場が確実だ。

「俺も行くよ」

ダニーが言った。

「何が起こってるのか知りたいしな。きっとみんな、同じこと考えてるだろうけど」

二人は時計塔広場に向かった。駅は最下層にあるので、最上層の時計塔まで行くのは一苦労だ。とは言っても、駅は見晴らしがいい。鉄道は時間通りに運行刷る必要があるので、時計塔が見える位置にあるからだ。

時計塔広場は多くの、困惑した人で溢れていた。あちこちで集まり、お互いに情報交換をしている。それだけならいつもの風景だが、今日は皆暗い表情をしている。
時計塔の隣にある市役所から役人が出てきて、広場の掲示板に張り紙をしていた。その役人に、街の人達は詰め寄り、何事かとわめきたてている。

二人も他の市民同様に、役人に近づいた。

「おちついてください!」

掲示板に張り紙をしていた役人が、広場に集まった市民に向かって叫んでいる。

「我々も混乱しているのです!」

小太りの役人は、額の汗を拭きながら興奮気味に叫んだ。

「トゲのある蔦に触れないでください!毒があるとの報告があります」
「草刈り職人は何をしているんだ!」

誰かが言った。そうだ、植物の侵食から街を守るのが彼らの仕事なのに。

「掲示板にも書きましたが……えー、この未知の植物は非常に成長が速いようでで草刈り職人が追いつかないのです。まだ詳しいことはわかりませんが、この蔦のトゲにふれると突然眠ったまま何時間も起きなくなるようです。見かけたらすぐに知らせてください。決して触れずに、草刈り職人に任せることです」
「うちにも入ってきてるんだけど!」「うちも!」

人々が手を上げて言った。役人は困ったように額の汗をふきふき、役所内に戻っていった。

その様子を眺めていたケヴィンに、ダニーが声をかけた。

「時告人に聞いてきたんだが、」

いつの間にか彼は時告人を見つけていたらしい。相変わらず要領のいいやつだ。

「道の真ん中でも眠っちまってる人が大勢いるらしいぜ。あいつらが見つけて、役人に知らせてるらしいんだが、医者も草刈り職人も人手が足りなくて困ってるらしい」
「草刈り職人に転職でもするか……」
「お、それいいかもな」

ケヴィンは冗談のつもりで言ったのだが、以外にもダニーは食いついてきてしまった。ふと、ケヴィンはアイーシャのことが頭に浮かんだ。

「灰簾亭は大丈夫だと思う?」
「アイーシャか?そうだな。心配だし、様子見てくるか」
「うん」

半日前に会ったばかりなのに、あれからもう何日も経っている気がする。ケヴィンは急に、疲労を感じた。

「ハラ減ったし」
「ははは。じゃあ何か食いに行くか!」

楽天的なダニーの笑い方に少し気が楽になった。彼がいてくれて助かった。そうだ、まだ半日しかたっていない。きっとすぐに医者たちが眠った人たちを起こす方法を見つけているはずだ。ケヴィンとダニーは灰簾亭に向かって、金属製の階段を音をたてて駆け下りた。

「料理人さんが起きないからお店は開けないの……」

アイーシャは沈んだ表情でそう言った。
灰簾亭は閉まっていたが、ケヴィンとダニーが名乗るとアイーシャがおずおずと出てきて中に入れてくれた。彼女は孤児で、子どもの頃から灰簾亭に併設されている自宅に住み込みで働いているため、他に行くところもないとのことだった。
この街にはケヴィンも含めて孤児が多い。なぜかはわからないが、極端に寿命が短い者と長い者がいて、子どもを産むとすぐに亡くなることが少なくなかった。そのかわり、人工密度が高いので住民同士の繋がりは強い傾向にある。

アイーシャは空腹の二人にお茶とお菓子を出してくれた。

「このくらいしか出せないんだけど」
「ありがてー」

お礼もそこそこにお菓子をがっつくダニーを見ると、彼もかなり空腹だったらしい。ケヴィンも、もう4時間近く何も食べていないことに気がついた。出されたクッキーをつまみながら、アイーシャを見た。

さっき会ったときと同じ格好で、ケヴィンがプレゼントしたネックレスをつけている。彼女の目と同じ色の石が、店内の薄暗い照明に照らされてキラキラと輝いている。改めて、トールの仕事は完璧だったと思う。そういえばトールは無事だろうか。タフな職人たちは大抵のトラブルも自分たちで解決してしまうので、あまり心配の必要はないだろうと思われた。

「あのねケヴィン、このネックレス本当にありがとうね。こんなきれいな石初めて見たし、あとジェミニブランドの作品なんて一生手に入らないと思ってた。だから嬉しくて、あのあと何度も鏡でみちゃってたの」

アイーシャはネックレスに手を当てながら一息にそう言うと、表情を暗くした。

「そうしてたら店長から『植物に触れるな』って言われて……料理人さんが倒れたって聞いたし、何がなんだかわからなかったんだけど、二人のおかげで分かってよかった。あの蔦が危険なんだね」
「そうらしい。店の中は大丈夫みたいだけど」
「店長が刈ってくれたの。あれに触った途端倒れた人がいたのを見たっていうから、毒があるってすぐに分かったみたい」
「さすが店長だぜ」

一通り食べて落ち着いたらしいダニーが会話に参加してきた。そうしてアイーシャの方を改めて見たあと、ケヴィンに顔を近づけて言った。

「粋なプレゼントするじゃねーか。見直したぞ」
「うるせー」

街の異様さに反して、灰簾亭の中は和やかな空気が流れていた。そのとき、時告人が時刻を告げに来た。

「もうすぐ夜の8分の1時ですよー」
「あっ、明かりつけないと。ちょっと行ってくるね」

アイーシャはそう言って、店の奥に去っていった。

「さて、腹も満たしたし、これからどうする?来週まで仕事は休みだ。っていうかこの調子だと来週どうなるかすら分からねぇ」
「うん。おれ、ちょっと思い出したことがあるんだけど」
「なんだ?」
「ばあちゃんがさ、よく『ここは人が住む場所じゃない。昔はもっといいところに住んでた』って言ってたんだよね。最初は意味が分からなかったんだけど。今思えば、危険な植物があるからってことだったのかなと思ってさ」
「お前んちのばあちゃん、長生きだからな」
「どこまで本当なのかわからないんだけどさ」

そうしているうちに店内が明るくなって、アイーシャが戻ってきた。

「なんの話してるの?今日はお店お休みだし、二人とも暇だったら話し相手になってくれない?」
「そうだな。俺たち暇だし。な、ケヴィン」
「うん」
「今はこいつのばあちゃんの話をしてたんだ。知ってるか?ケヴィンの家のばあちゃん、街で一番長生きだって言われてるんだ」
「あー、聞いたことある」

そうしているうちに街の夜が更けていった。いちど店長が店の様子を見に来た。常連の二人の顔を見て「アイーシャを頼むぞ」と言ってどこかへ出かけて行った。そのまま、店の中で交代に寝た。普段のシフト通り、休憩の時間に休む者は休む。街は異常事態だが、時計塔と時告人は正確に時刻を刻んでいた。

「夜の8分の3時でーす」

時告人の声でケヴィンは目を覚ました。疲れていたのであまり寝ていない気がしたが、もう1時間寝ていた。店のソファーで寝ていたケヴィンは、店内を見てぎょっとした。細い蔦が侵入していた。それも少しではない。入り口と窓の隙間から侵入したらしい細い蔦は床一面を覆っていた。

シフトを無視して寝ていたダニーを叩き起こし、二人で採掘用手袋とハサミで店に侵入していた蔦を刈り取ったが、外へ出て更に驚いた。あたりの道一面が、植物で覆われていたのだ。

「こんなに早く成長するなんて聞いてない」
「とりあえずアイーシャと店長を呼んでこよう」

自室で休んでいたアイーシャは無事だった。彼女に予備の手袋を渡し、三人で店の周りを伐採していると店長が戻ってきた。ひどく疲労した様子だった。

「おう、まだいたか二人共」
「店長」
「街中、あの蔦だらけだ。思ったより成長が早いらしい」

そう言って店のそばに刈り取った植物がおいてあるのを見ると「よくやった」と三人に言った。

「俺は母親の家を見てきたんだがな、街の外のほうがここよりやばい。草刈り職人もほとんど街の外周の処理に追われていて、中心部まで手が回らないらしい」

ケヴィンの家は街の外に近い。森までは高さがあるが、灰簾亭が数時間で侵入されたところを見ると、自宅もひどい事になっているだろう。急にばあちゃんが心配になった。

「僕、一旦家に戻ってみる」
「俺も行くぜ」
「ダニーの家は」
「一人暮らしだし、中心部に近いから問題ない。それよりばあちゃんが心配だ」

アイーシャと店長を店に残し、二人はケヴィンの家に向かった。家の周りには草刈り職人がいた。

「あ、ここの家の人?ちょうどよかった」

顔の下半分を覆うマスクから見える目元は、疲労の色が濃かった。

「家の外ひどかったから刈っておいたよー。いやー、ダブルシフトで2時間働きっぱなしでつらいよー」
「ありがとうございます」
「家の中確認してくれる?もし侵入してたら呼んでね」

ケヴィンはダニーと一緒に自宅に入った。またリビングに蔦が侵入していたが、そこ以外は無事だった。外にいる草刈り職人と一緒にリビングを片付けた。

「いやー、このエリアの草刈りが終わったらやっと交代だよー。じゃあねー」
「ありがとうございました」

草刈り職人はよろよろしながら去っていった。彼らも大変らしい。やはり転職するべきなのではないだろうか。そう考えていると、ダニーに声をかけられた。

「一旦、灰簾亭に戻るか」
「そうだな」

そこでふと、トールのことを思い出した。

「そのまえに、ちょっと行きたいところがある。先に行っててくれ」
「うん?いいけどお前、俺がアイーシャと二人きりでいていいのか?」
「うっ……いや、店長がいるだろ」
「バレたか」
「じゃああとで」
「ああ、またな」

ケヴィンはダニーと別れて職人街へ向かう階段を駆け上がって行った。


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予定より長くなってしまいました…。

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