ドール

昔、友人にすすめられて古い映画を見たことがある。
生物である人間にそっくりなアンドロイドが出てくる話だった。映画の中では、アンドロイドを必死に見分けようとする人間が出てきて滑稽だと思ったことを思い出す。
現実にいるアンドロイドは、全く生物である人に似ていない。アニメのキャラクターのような鮮やかな色の髪に、デフォルメされた大きな瞳と、左右対称に整いすぎた美貌。

「えーと、ハロー。じゃなくて、よろしくお願い、します」

たどたどしい挨拶とともに差し出された右手をどうしたものか、とニコルは考えていた。
尤も、彼らはアンドロイドとは呼ばれない。彼らはロボットではない。

チタン合金の骨と炭素繊維の人工筋肉で作られた、恐るべきパワーを持つ人形たち。
しかし彼らは国際条約でも「人間」として認められ、人権も与えられている歴とした人類の一種である。

【スペクター】というのが彼らの種族名だ。そしてニコルたち本来の人間──有機的な肉体を持った──は【ベーシック】と呼ばれる。

普段は巨大なハイブリッドコンピュータ内に展開する仮想空間から出てこない彼らだが、例外としてドールと呼ばれる機械の体を使うことがある。現在のところドールの活動が許可されているのはISSAの管理下である宇宙空間の一部と、国連軍の基地内、それから地球上に3ヶ所ある試験都市のみである。

ニコルは月の内部に建設されたティコ第一基地でそのスペクターに出会った。
150cmに満たないであろう小柄な体の上にある完璧な美貌は、腰まである真っ白な長い髪に覆われている。味気のないISSAの制服ではなくドレスでも着用していたら可憐な少女に見えるだろう。しかし侮るなかれ。金属の塊である彼らが本気を出せばベーシックの腕などたやすく粉砕されるのだ。

ニコルは差し出されたドールの右手の甲を左手で握った。

「いや、ゴリラ扱いですか!」

そのスペクターはすぐさまツッコミを入れてきた。あまりの速さにニコルは、彼が予めこの事態を予想していたのではないかと思った。スペクターの脳ならベーシックの行動予測など容易いだろう。

「ひどいですね。人をゴリラやチンパンジーみたいに」
「手を潰されたら困る」
「そんなことできません。セーフティーがありますから」

もちろん、彼らがそんなことをするのは不可能だというのは知っている。しかし、研修時に見た映像で軽々と300kgは超えるであろう岩を持ち上げている様子を見た後なら、論理的に不可能と知っていても恐怖するのは仕方がない。

「改めて、レベル2研究員のボルスキー・ニコルだ。よろしく」
眼の前の可憐なドールに手を握りつぶされるかもしれないという恐怖を理性で押し殺して、ニコルは腕を差し出した。自分の腕が勝手に動いているような錯覚に陥る。

「ニクスです。研究員レベルは1です。よろしくおねがいします」

丁寧にお辞儀をしながらニクスと名乗ったスペクターは、そっとニコルの手を掴んですぐに離した。その手がとても冷たいことを除けば、ごく普通の握手だった。

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