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心豊かになる交流拠点に【前編】岡田武史 #里山スタジアム誕生へ

当社代表取締役会長の岡田武史に里山スタジアムにかける思いを聞きました(全3回)。前編の今回は、構想のきっかけや「ありがとうサービス.夢スタジアム®」と「里山スタジアム」の違いなどについて話してもらいました。

Q:「里山スタジアム」構想のきっかけについて教えてください。

新スタジアムは今治の交流人口を増やす拠点にしたい

僕が2014年に今治に住むようになるまでは、もう10何年も今治には通っていたのですが、1泊程度で帰っていたんです。だから今治の街を本当の意味でよく知らなかった。でも実際に家を借りて住んでみたら、ドンドビ交差点のところは更地になっていて、商店街に行ったら誰も歩いてなくて……。

結局将来の理想を描いたときに、サッカーでトップチームがJ1に入るのはもちろんだけれど、サッカーだけではダメだろうなと。「このままだったら、どれだけ夢を語っても観に来てくれる人もいなくなるし、立っている場所がなくなってしまう。じゃあ、今治という街全部で元気になるような夢を語らなきゃいけないな」と思ったのが、すべてのはじまりなんです。

「今治モデル」などを語りながらも、将来J2に行くときに10,000人、J1に行くときに15,000人のスタジアムを建てなきゃいけない。でも単に箱モノを建てるんじゃなくて、そこには365日人が集まってきて、交流人口が増え、関係人口が増え、定住人口が増えていく場所にしなくちゃいけないなと思ったんです。

僕は以前、内閣府の地方創生委員をやっていたときに「地方に若者の職を作らなきゃいけない」と言われたんですよ。でも僕は「そんなものを作ったって東京の若者は来ないよ!」と言ったんです。そうではなくて、交流人口を増やすことが一番大事だと思っていて。ここがたくさん人の来る場所になれば、ここで店をやりたいと思う人が増えるかもしれない。たとえば「ここでタコ焼き屋をはじめたら儲かるかもしれない」とタコ焼き屋をはじめた人が、ここで結婚して子供が生まれたとする。するとそれは交流人口から定着人口になるんです。だから新しいスタジアムは交流人口を増やす拠点にしようと考えたんです。

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構想のきっかけとなった、ユヴェントスの複合型スマートスタジアム

スタジアム構想の当初は「スポーツの力で」というイメージがあったんだけれど、だんだんそれが変わってきて、最終的には「複合型のスマートスタジアムにしよう」という構想に至っていったんです。

きっかけは、イタリアのユヴェントスというチームにあります。もう5〜6年前になるんですが、ヨーロッパチャンピオンズリーグの決勝がミラノであって、それを観た帰りにトリノのユヴェントスに立ち寄ったんです。僕は若い頃、勉強を兼ねてユヴェントスの試合を毎年観に行っていたんですが、当時は試合会場が「スタディオ・デッレ・アルピ」という65,000人ぐらい収容の大きな陸上競技場でやっていたんですよ。でもね、5〜6年前に再訪したときには、スタジアムが41,000人ぐらいしか入らない小さな複合型スタジアムに姿を変えていたんです。

複合型というのは、レストランやショッピングモールが併設されたスタジアムのこと。スタジアムを複合型に変えたことで何が起きたかというと、今までは試合15分前に来て試合が終わったらサーッと帰ってしまっていた観客が、試合の2時間前から人が集うようになってきたんです。さらに調べたら、以前は100マイル以上離れているところから来るお客さんが10%だったのが、複合型になってからは55%に増えたと。

あれだけサッカーが好きなイタリア人でも、サッカーの試合を観るだけでは100マイルは来ないけど、半日過ごせる場所があったら100マイルは来てもらえるんです。「やっぱりそうだ、複合型だ!」と僕は思いついて、そのあとすぐに帰国してイオンモールの社長に会いに行ったんですよ(笑)。それが結果的に「イオンモール今治新都市」に隣接している、今ある「ありがとうサービス.夢スタジアム®︎」に繋がっているんです。

「ラ コリーナ」がヒントに。里山スタジアムは心の豊かさを実感する所

「ありがとうサービス.夢スタジアム®︎」は収容人数が5,000人のスタジアムです。ですが今後J2に行くためには10,000人、J1に行くためには15,000人が収容できる新スタジアムを建てないといけない。それを建築するためには、お金が必要になります。新スタジアムの建築には、だいたい概算で40億はかかるんですよ。

そうすると、今度は投資をしてもらわないといけない。だけど「今の今治に投資をしてくれ」と言ったって誰も投資をしてくれない。でも、そこにストーリーがあったら、ひょっとしたら投資をしてもらえるかもと思ったんです。

たとえばラスベガスの話があるんですけどね。あそこはもともと砂漠だったから「ここに投資をしてくれ」と言っても、最初は誰も投資をしてくれなかった。だけどそこにストーリーや夢を乗せて語りはじめたら、投資をしてくれるようになったそうなんです。だから我々も同じようにストーリーを語ることが必要なんだと。みんなが認めてくれるような複合型スタジアムで且つ、この街を活性化するための夢を語らなきゃいけない。そして、その夢をブラッシュアップして、具体的にお金に変えていかなきゃいけない。

そんな風に考えていた中で出会ったのが、滋賀にある「ラ コリーナ近江八幡」という、菓子屋・たねやさんがやっている複合型施設だったんです。ここの社長と僕は以前から仲が良くて「一度来てくれ」と言われていたんです。でね、訪れた瞬間に「これだ!」と直感して。

このときに感じた雰囲気を、言い表したキーワードが「里山」だったんです。

僕はアウトドアをいろいろやっているから分かるんですが、里山というのは手付かずの自然というわけではなくて、人と自然が共生している森なんですよね。それは人がちゃんと手を入れている場所。「そうだ、ラ コリーナは里山なんだ。僕は里山のような心が豊かになるスタジアムが作りたいんだ」とそのときに気付いたんですよ。

「ラ コリーナ近江八幡」はちょうど裏に借景として山があって、敷地の中には田んぼもあって、それを従業員が耕したりしているんです。もちろんバウムクーヘンの工場もあって、オフィスもものすごく面白い。そのときの直感から、僕は新スタジアムのコンセプトを「里山スタジアム」と言いはじめたんです。

弊社は企業理念として「次世代のため、物の豊かさより心の豊かさを大切にする社会創りに貢献する」を掲げている会社です。物の豊かさというのは数字で計れる売り上げやGDPなどですが、心の豊かさというのは数字で表せないもの。つまり信頼、共感、夢なんです。だからこそ、我々が目指す新スタジアム「里山スタジアム」とは、心の豊かさを大切にする場所にしようと思ったんです。

AIやICTだけでない、もうひとつの人間性を取り戻せる拠点

今後AIやICTが発達してきて、必ず人間は失敗しない便利な道を選ぶようになる。たとえばAIスピーカーに毎日話しかけていたら、AIが自分よりも自分のことを理解してくれるようになる。

「自分はAさんとBさんとどちらと結婚したらいいと思う?」とAIに聞いてみたら、AIが「君はAと結婚したいと思っているだろうけど、Aと結婚したら3年以内に離婚する確率60%。Bと結婚したら10年以上続く可能性が80%」と判断してくれる。これは当たるんですよ、ディープラーニングしてくれるから。当たるとなったときに、人間はカーナビ同様にAIに従って生きるようになる、必ず。失敗の少ない人生というのは、それはそれで素晴らしいことです。

でも人間の豊かさというのはそれだけじゃなくて、困難を乗り越えたときの達成感や成長、または誰かと助け合った絆という、もうひとつの心の豊かさも必要だと僕は思っているんです。これがない人間というのは、これから生まれてくると言われている「ホモデウス」と呼ばれる新たな人類。でも僕は「ホモサピエンス」として、こういう心の豊かさを大切にしていきたいという思いがある。

だからこそ、AIでいう便利さにプラス、もうひとつの幸せを提供できるところを作りたいと思っていて、それが「里山スタジアム」なんです。ここへ来たら、たとえば東京のITや金融業界でメンタルが疲れてしまった人たちが、人間性を取り戻して帰れる。みんなが目を輝かせて帰れる、そういう場所を作りたい。だから僕は「里山スタジアムはホモサピエンスのレジスタンス基地だ!」と言っているんです(笑)。

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年々豊かに成長していく、まさに里山のようなスタジアムに

それとともにこれからは、サッカーの試合で年間20〜30日しか使わないコンクリートのスタジアムでは意味がない。それよりも、このスタジアムを365日いろんな人がいろんなことに使えるような場所にしたい。

コンクリートでできた、朽ちていくしかないようなスタジアムは、もうそんな時代じゃない。次の年にはもっと新しいスタジアムができて、さらに次の年にはもっと新しいスタジアムができて……そんな目新しさを競う時代じゃない。「うちの里山スタジアムは朽ちていくんじゃなくて、年々豊かになって成長していく、里山になっていくスタジアムを目指しているんだ!」と僕はずっと語っているんです。

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「こんなコロナ禍の時期に資金調達しても集まらないよ」と周りからも散々言われたんですが、みんながこのコロナ禍で気付いたんですね、心の豊かさの大切さに。結局、驚くぐらいに資金が集まったんです。特に若い投資家さんが多くてね。その若い投資家さんが、次々に若い投資家さんを紹介してくれたんです。

今治の企業さんたちも、最初は「今治でやるのは無理だろ」と言われていたのが、今では驚くほどのありがたい反応で。造船業なんかも厳しい中で「できることはやらせていただく」とおっしゃっていただけて。今では40億の資金調達の目処がついたところまできています。

Q:既存の「ありがとうサービス.夢スタジアム®︎」と、これからできる「里山スタジアム」で、決定的に違うことはなんですか?

多様な人が集まる多様な街づくりの拠点が里山スタジアム

「ありがとうサービス.夢スタジアム®︎」は、基本的にはサッカーをやるためだけのスタジアムです。一方で「里山スタジアム」は、スタジアム自体が複合型を目指している点が異なります。ただ共通点としては、日本で数少ないプライベートスタジアム(土地は市から無償貸与されている)ということです。日本のスタジアムのほとんどは公共のお金が入って作られているんですが、プライベートスタジアムとは公共のお金が入っていないスタジアムのこと。公共のお金が入っていないからこそ、自由度が高いんです。

今、日本にあるプライベートスタジアムは「日立製作所」が作った柏レイソルのスタジアムと、「ヤマハ発動機」が作ったジュビロ磐田のスタジアム。どちらも工場内の敷地にあるんです。そして、ガイナーレ鳥取のサブホームスタジアム。私たち以外のプライベートスタジアムは日本では3つだけで、4つ目がうちの夢スタ。そしてこれからできる5つ目が「里山スタジアム」。土地は今治市から無償で借りていますけれど、構造物はすべて民間だけで作っているという点が「ありがとうサービス.夢スタジアム®︎」と「里山スタジアム」の共通点です。

夢スタはあくまでサッカーをするのに特化したスタジアムですが、「里山スタジアム」の場合はサッカーはあくまでも一部に過ぎない。サッカーはもとより、もっと多様な人が集まって、多様な街づくりのための場所、幸せの拠点になるような場所になるんじゃないかと思っています。

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今治に住む人がいきいき幸せに暮らすことで、全国から人が集まる街に

僕も今治に来て6年半になるんですが、地方創生というのは決して補助金をつけたりイベントをしたりということだけじゃない。一番大切なのは「地元の人のメンタルが変わる」ことなんじゃないかと思うんです。そして僕は、確実に今治の人たちは変わってきていると感じています。そこに住む人がいきいきと幸せそうに生きていたら、おそらくだけれど全国からいろんな人が集まってくるんじゃないかと思うんですよ。そのための仕掛けもいろいろ考えているんですけどね。

たとえば、出資をしてくれている若手の企業家を集めて、企業家たちの「ダボス会議」(=世界経済フォーラム)みたいなものを「里山スタジアム」でしようかとかね。今、資本主義や民主主義が行き詰まってきている中で、これからの日本をどうしようかと議論したり提議できる場所にしたり。ほかにも教育の場にもしたいし、3世代や障がい者も含めた、インクルーシブで多様な人が集う幸せの拠点みたいな場所にしたいと思うんです。

今治の人たちのメンタルが変わりはじめたら、外の人たちは「あの街はなんなんだ!?」と思いはじめる。そして興味を持ってくれた人たちが集まってくるんじゃないかと思っているんです。

そういう拠点に「里山スタジアム」をしたいと思っています。


取材・文/村上亜耶

中編、後編は以下よりご覧になれます。

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