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この街とともに、前のめりに勝利へと突き進む。重圧を含め楽しみしかない #FC今治でプレーする 櫻内渚

FC今治、そして今治の街への熱量が半端ない。ヴィッセル神戸から完全移籍で加入した櫻内渚選手は、開幕前に大けがを負って長期離脱を余儀なくされながら、一瞬たりとも立ち止まることなく、走り続けています。けがから復帰するプロセスも、この街を盛り上げる活動も、もちろん熱い昇格争いも。すべてを楽しみ、前進するパワーに変えていきます。

残りの試合数が一けた台と、いよいよシーズンもクライマックス。チームは昇格圏内を目指し、突き進んでいます。

J3は決して甘くないリーグです。その中で、自分たちがやっていることを継続し、いかに質を上げていけるか。それが重要です。質が上がれば複数得点、無失点で連勝したAC長野パルセイロ戦(第27節○2-0)、ヴァンラーレ八戸戦(第28節○2-0)のような戦いを、1試合でも多くできると思っています。

負けていい試合なんて一つもないし、毎回、絶対に勝つ強い気持ちで試合に臨んでいます。

それでも勝てないときはある。だけど、『ここは外せない』というポイントがいくつかあって。

例えば夏場の苦しい時期を、どう乗り越えていくか。FC今治は、夏に踏ん張れたからこそ、今、昇格を目指すことができていると思います。それは大きいんじゃないかな。

櫻内選手は、ここからの試合にどのような心構えで臨みますか?

楽しむことです。試合は、自分たちがそれまでやってきたことを披露する場です。重荷に感じることは何もない。

楽しむというのは、直さん(工藤直人監督)も折に触れて選手たちに言っていることです。長野戦の前には、直さんは理己さん(髙木理己前監督、現長野監督)と『より楽しんだチームの方が、きっと試合に勝つよね』と話したそうです。実際、プレッシャーを含めて、僕たちがより楽しんだ結果の勝利だったと思います。

僕は今年、プロになって初めて長期離脱する大けがをしました(2月に右アキレス腱断裂で、全治約6カ月の診断)。復帰してボールを蹴ることができるようになって、『やっぱりサッカーは楽しいなあ』と実感しました。そして試合に出たら、たくさんの声援を受けながらプレーする楽しさを思い出しました。

チームのみんなには、プレッシャーではなく、楽しさを感じてサッカーをしてほしいんです。だから長野戦が始まる前の円陣でも、『楽しんだもん勝ちだから。ミスしてもいいから、どんどんトライしよう!』という声掛けをしました。

プレッシャーは、放っておいても勝手にかかってきますからね。

そうなんですよ。リーグは勝点差が詰まっていて、1試合ごとに順位が大きく上下する状況ですが、僕は昇格はもちろん、優勝を狙えると思っています。それを考えると、どんどん楽しくなってくるんですよ。

そのときの勝点差にもよりますが、残り5試合を切るあたりからプレッシャーも大きくなると思います。日程的に僕たちは最後に、今、上位にいるチームとの直接対決が続きます。楽しみで仕方ないです。

僕はジュビロでJ1昇格を経験したのですが(2015シーズン)、この年は最後までアビスパ福岡と競っていたんですね。どちらが自動昇格圏内の2位に入るか、最後の最後まで分からない状況でした。最終節、僕らはアウェイの大分トリニータ戦で、先に試合が終わった福岡が勝った。その結果、僕たちは引き分けでも2位になれない、勝つしかない状況に立たされました。

試合は後半先制して1-0で勝っていましたが、45分に追いつかれてしまいました。プレーしながら思い出したのが、その前の年、モンテディオ山形とのJ1昇格プレーオフのことでした。ラストプレーでコーナーからゴールキーパーの山岸範宏さんにヘディングシュートを決められ、ジュビロは昇格できなかった。

2年連続で最後にやられて、『またか……』と僕は思ったんです。でもピッチ内は「点を取り返そうぜ」と前向きだったんですね。そしてジュビロのキックオフで試合が再開して、そのままの流れで、今はコンサドーレ札幌でプレーしている小林祐希選手がゴールを決めて勝った。その結果、ジュビロが勝点で並んだ福岡を得失点差で上回って、自動昇格を決めたんです。

当時、僕は26歳でした。若いうちにそういう経験ができたから、今のこの状況を楽しいと思えるのだと思います。FC今治にとって、まだ十分に時間はあります。順位を上げていくためだけではなく、自分たちがもっと強くなる、そのための時間でもあります。

僕らは今、昇格圏内にいるわけではない。だから、追いかけられるプレッシャーを感じなくて済むじゃないですか。逆にどんどん追い上げ、追い抜いていく楽しみがある。楽しんだもん勝ちですよ。

櫻内渚選手がどういうプレーヤーか、その一端を示したのが、復帰から2試合目、今治里山スタジアムでのデビューとなった第25節・ギラヴァンツ北九州戦でした。85分に交代出場すると、アディショナルタイムに見事なクロスを上げて、ラルフ・セウントイェンス選手の劇的な決勝ゴールにつなげました。


FC今治でもプレーした駒野友一さん(現サンフレッチェ広島アカデミー普及部コーチ)から、ジュビロ時代に学んだクロスです。いや、まだ追いつけていないので、“学んだ”と言っていいか分かりませんね。

プロになった1年目から、ジュビロでコマさんのクロスを間近に見続けられたのは、めちゃめちゃ大きいです。サイドバックとしてとても大事な経験で、本当に自分の宝物です。

コマさんのクロスから前田遼一さん(現日本代表コーチ)が決めるという、2人だけで点を取る場面を何度も見てきましたからね。コマさんのクロスに追いつこうと思ってやっていますが、正直なところ、いまだに追いつくことはできていません。

コマさんがすごいのは、同じキックフォームでさまざまな球種を蹴るところなんですよ。速いボール、ふんわりしたボール、マイナスに落とすボール、グラウンダーのボール……。足首の角度を変えて蹴り分けていると思うんですが、それがすごい。僕も同じフォームで蹴り分けようとトライし続けていますが、まだまだコースがずれたり、ボールのスピードが遅くなったりします。

ジュビロ時代、駒野さんにアドバイスを求めたりしたのですか?

いや、あえて聞かなかったですね。というか、言葉で説明されても、おそらくまねできなかったと思います。だからコマさんがクロスを蹴る後ろにいて、『どうやって蹴るのかな?』と思いながらずっと見ていました。自分なりにいろいろ練習をして、それは今でも続いています。

そして北九州戦で、見事にラルフ選手のゴールにつながりました。安藤一哉選手からのパスを受けて、ノートラップで上げたクロスはイメージ通りでしたか?

ちょっと高かったですね。本来は、あのままラルフに頭で押し込んでもらうイメージでしたから。映像で見てもらうと分かるんですけど、ラルフはバックステップして折り返す形になっているんですね。まだまだ精度が足りないです。

ピッチにはラルフと同じタイミングで入りました。それで交代の準備をしているとき、通訳のリーくん(柏木大地リー通訳)を通して、『絶対に俺はクロスを上げるし、ラルフのことしか見てないよ。だから決めてね』と本人に伝えていたんです。

ラルフ選手から、何か言葉はありましたか?

決めた直後は彼も興奮していて、「ナイスボール!」くらいでした。それで試合が終わったあと、「交代する前にナギが言った通りのボールだったね」とあらためて言われて、ハグしてゴールと勝利の喜びを分かち合いました。病気(悪性リンパ腫)が寛解して復帰後初ゴールとなったラルフにとっても、直さんが監督に就任して初勝利となったチームにとっても、僕自身にとっても、大きなゴールになったと思います。

今シーズン、J1のヴィッセル神戸からFC今治に加入した櫻内選手ですが、J3というカテゴリーをどう捉えていますか?

これまでJ1、J2でプレーしてきて、J3は初めてですが、ここ数年の自分を考えると継続して試合に出てはいませんでした。シンプルにそれが自分の実力であり、結果がすべての世界でもあります。J3でプレーできる環境を与えていただいて、感謝の気持ちしかないです。

それに、『ああ、J3か……』と、このまま落ち込むつもりはまったくないですから。FC今治で試合に出て、もう一度、自分の選手としての評価を上げていく。試合に出続けて、自分もチームも結果を出して、J2に上がればいいだけの話なので。だから開幕前から、楽しみしかなかったですね。

それだけに、開幕前に右アキレス腱を断裂する大けがを負ったときは、大きなショックだったのでは?

忘れもしない、2月1日のトレーニングの最後、ミニゲームをしていたときのことでした。バックパスが来て、ワンタッチで前に付けようと踏ん張ったときに、バン! と音がして。その瞬間、「あ、これはアキレス腱が切れたな」と分かりました。

これまで自分の周りにもそういうけがをした選手はいましたから、彼らのことを思い出して、「だいたい全治まで半年。ということは、8月に復帰か。夏場でチームが苦しい時期だろうから、そこで復帰できるのは楽しみだ。20試合近く残っているし、よし、行けるぞ!」となりました。すぐに手術できる病院を探して、2日後には手術を受けていましたね。

シーズン前半は試合に出ることはできないけれど、考え方次第では、復帰する自分は夏の補強といえるんじゃないか。これまで鍛えたくても鍛えられなかったところに、時間を使うこともできる。そんなふうに、けがをどんどんプラスに捉えていきました。

例えば、けがする前は足の指を大きく開けなかったのですが、リハビリしているうちに開くようになった。それだけ、足を使えるようになったわけです。今回、けがをしてマイナスになったことは、一つもないんですよ。

リハビリ期間中、ボールを蹴ることはできませんでしたが、今治の街に溶け込むためにアクションを起こされました。一つは、櫻内選手が今治里山スタジアムでのホームゲームに招待する「NAGISAシート」、もう一つが今治市内の小学校の登下校時に選手やクラブスタッフが出向く「あいさつ運動&みまもる運動」です。

今治の街にFC今治があることを、まずはたくさんの人に知ってほしい。それが出発点でした。FC今治は、これからどんどん成長して、上昇していくチームです。だからこそ応援してもらいたい。では、どうやってファン・サポーターを増やすか? それを考えたとき、この二つの企画をやりたいとクラブに申し入れました。

「NAGISAシート」は、神戸で槙野智章さんがやっていた取り組みを見て、自分もやりたいと思っていた企画なんです。医療従事者とか、愛媛県内の先生方とか1カ月ごとにテーマを決めて募集して、FC今治を応援していただく。FC今治が勝つと、試合後に一緒に記念写真を撮影するんですけれど、そこでいただく『今日は楽しかったです』『また来たいです』という声が、本当にうれしいですね。中には、今までサッカーに興味がなかったという方や、初めてスタジアムに応援に来たという方もいて。それだけ、サポーターが増える可能性がありますからね。

「あいさつ運動&みまもる運動」については、自分がまずやりたいと思ったのが、小学校訪問だったんですね。磐田時代に小学校を訪問して話をしたとき、子どもたちがきらきらした目で純粋な気持ちを伝えてくれて、僕自身とても感激したんです。

FC今治は現在、小学校訪問をしていないのですが、ぜひ多くの選手に僕と同じような経験してほしい。そう考えたとき、クラブと小学校の関係を深める一歩として、「あいさつ運動&みまもる運動」をスタートさせました。先日は、しまなみ海道沿いの大島の吉海小学校に行ってきましたよ。

朝はクラブスタッフが、午後はトレーニング後に選手たちが小学校に行って、登下校の子どもたちにあいさつをし、触れ合っています。そうすることで、子どもたちにFC今治の選手の顔と名前を覚えてもらえれば。

ゆくゆくは小学校訪問できるような信頼関係を築いて、選手が子どもたちに話をする機会を作りたいですね。そうした経験を通して、選手も一人の人間として成長できると思います。

チームにも、今治の街にも、どんどん溶け込んでいこうとする櫻内選手のエネルギー、熱量はすごいですね。

街もクラブもチームも大好きです。この間、ファン感謝祭(FC今治IMABARI感謝祭2023)を商店街(本町商店街~常磐町銀座商店街の一部)でやりましたよね。クラブスタッフから、「ぜひ商店街でやりたい」という発案があって。とてもすばらしいことですよ。

僕たちもスタジアムや建物ではなく、実際に商店街に出かけて行くことが大事だと、あらためて感じました。ファンやサポーターのみなさんとも身近に触れ合えたし、ふだんサッカーにまったく興味のない方も「何のお祭り?」と足を止めてくれたり。

そういう中で、「これまでFC今治をよく知らなかったけれど、スタジアムに応援に行ってみよう」という動きも出てくる。街が熱く応援してくれるJリーグのチームって、一番、心強いじゃないですか。サッカーで全力を尽くすのはもちろん、この街を盛り上げるために、もっともっとやりたいことがありますよ。

いよいよ勝負の終盤戦です。FC今治のファン、サポーター、今治の街のみなさんへのメッセージをお願いします。

今シーズンのFC今治の良さ、強みは、前に突き進む勢い、圧力です。そこは他のチームに比べて、ものすごくある。前へ、前へと突き進み、圧倒する試合を一つでも多くすることが勝利、昇格につながっていきます。

試合の中の、「ここだ!」というタイミングでみなさんも一緒に盛り上がってくれることで、僕たち選手はさらに勢いに乗れます。僕たちは守りに入るのではなく、どんどん前に行きます。みなさんも一緒に前のめりになって応援していただければ、とてもうれしいです。

取材・構成/大中祐二

以下の動画は、櫻内選手がラジオ番組「FC今治のカナイがイカナイト」に出演した際の放送アーカイブです。ぜひご視聴ください。