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町を元気にするプロジェクト【前編】矢野将文 #里山スタジアム誕生へ

当社代表取締役社長の矢野将文に「里山スタジアム」にかける思いを聞きました(全2回)。前編の今回は「里山スタジアム」プロジェクトの意義や、コロナ禍における資金調達について、また企業経営者や個人富裕層のみなさんとのエピソードなどを話してもらいました。

Q:矢野さんは「里山スタジアム」を「町を元気にしていくプロジェクトの拠点」とよく話されていますが、具体的に教えてください。

「賑わい」と「手触り感」のある場所になれば人も町も元気になる

町を元気にする場所というのには、ふたつの側面があると考えています。
まずひとつ目は「人の賑わい」がある場所。僕はおおよそ団塊ジュニアの世代なのですが、僕が小さかった頃は、祭りがあると公民館に神輿が置いてあって、おじいちゃんやおばあちゃん、小学生も来るし、酒を飲んでいるお父さんやお母さんもいるし(笑)。そこで初めて酒を酌み交わすことを覚える人もいたり、そういった多世代の賑わいや交流の場というのが僕の小さい頃にはあったんです。
そういう賑わいのある交流の場というのは人の幸せにつながるんじゃないかと思っていて、だから僕たちが作ろうとしている「里山スタジアム」は、賑わいの要素がある場所にしたいんです。

そしてふたつ目は「手触り感のある暮らし」がある場所。今は非常に便利な世の中になっていてなんでもすぐに手にいれられるのですが、自分で何か素材から作ってみるとか、素材を選んでちょっと手を加えて使ってみるとか、みんなで一緒に作ってみるとか。家の中にひとりでこもっていてはできない、そういう「手触り感のある暮らし」みたいなものも、人々の生活を幸せにするうえで大事な要素なんじゃないかなと思っているんです。
だから「里山スタジアム」はそういう「みんなで何かを一緒に作る」とか「外に出てきたからこそ楽しめること」ができる場所にしたい。
「賑わい」や「手触り感」みたいなものが日常的にあるスタジアムになれば、町のみんなも楽しく元気になるんじゃないかと思っているんですね。

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当社の岡田武史も「1年365日ある中で、たった20日間の試合のためだけに使うスタジアムではなく、それ以外のところでも賑わいの要素を入れていきたい」とよく話しているのがまさにそうで、試合日だけの利用では非常に大きなお金をかけて建てたのにもったいない。そして借りたお金を返していかないといけないとなると、そこでいろんな活動をしていく必要があります。一部はそこで事業になっていくと収入も生まれてくる。そうするとお金も返していけるので、事業としての活動もスタジアムではしていかないといけないと思っています。

Q:「里山スタジアム」がプライベートスタジアムにこだわった理由は何ですか?

公共のお金が入っていないというのは、自由度が高まる面もある

自前のプライベートスタジアムにこだわっていたというわけではないのですが(笑)、今治市側から「お金はないですよ」と言われている中でスタートしたので、自分たちで建てないといけなかったというのが本音なんですよ。
ただ一方で、さまざまな事例を研究している中で、スタジアムの所有権を持っているからこそできる事業というのが、クラブ経営に大きくプラスに働くというのがわかったんです。責任企業(=親会社)のいないフットボールクラブ運営会社が、自前でスタジアムを建てて、そこに賑わいのある場所を作るというのは、日本では初めての取り組みです。だからこそスタッフ一同「じゃあ、やってやろうじゃないか!」と奮起しているところです(笑)。

公共のお金が入っていないというのは、自由度が高まるという面もあります。公園法に基づく土地にできた陸上競技場内にピッチをお借りして事業をしようとすると、さまざまな制約が出てきます。新しいチャレンジはそんなにできない。

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一方で今回、私たちが市からお借りした土地は「準工業用地」と呼ばれる場所なんですよ。そこに建てる建物の中では、いろんな事業をやらせていただくことができます。

今考えている「里山スタジアム」での事業としては、宿泊機能をスタジアム内で提供して、みなさんに泊まりに来ていただく事業がひとつ。
他には、教育や健康に関する事業を、できるところから始めていこうと思っています。具体的に健康に関する事業としては、いわゆるフィットネスジムとはちょっと違う事業をイメージしています。たとえば日中でも比較的時間を取りやすいご年配の方々に向けて、自分の健康をチェックしていただくようなサービスを考えています。

他にも今はいろんな事業案を横一列に並べて検討している段階なのですが、一体どんなものが皆さんに楽しんでもらえるか、あるいはこの地に適しているか、あるいは今治に今はないけれどみなさんが必要としているものは何なのか? を考えながら、進めているところです。

Q:スタジアムの総工費は約40億と聞きました。資金調達面で苦戦はしなかったですか?

「そろそろ資金調達を始めよう!」といった矢先にコロナが始まり……

苦戦も苦戦から始まったと言いますか……(笑)。2019年12月の今治市議会で「里山スタジアム」建設用地の無償提供を議決いただけたんですが、議決いただくまでにも長い道のりがあったんです。たとえ土地をお借りできたとしても、万が一資金調達ができなくてスタジアムを建てられなかったら、それは市の大事な財産を正しく利用していないということになってしまいますよね。だから我々は、一体どうやって資金調達をして、どうやってお金を返していくのかという収支計画の骨格を作るところからスタートしたんです。それが2018年の8月頃でした。そこから金融機関のみなさんをはじめ、いろんな方にアドバイスをいただいて計画書の精査をする期間が1年ぐらいあったんです。

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金融機関から借り入れするだけだとまだ足りないので、出資もしていただく必要がありました。出資をしていただくにあたり「出資を受ける会社は『今治.夢スポーツ』がいいか、『今治.夢ビレッジ』がいいか、みなさんどう思いますか?」と聞いてまわったんです。僕は当初「今治.夢ビレッジ」で出資を受けようと思っていたんですが、みなさんからのアドバイスを聞くにつれて「今治.夢スポーツ」の方がいいとおっしゃる方が多かったんです。教育や健康などいろんな事業を次々とやっているこちらの会社のほうが、出資したいと考える方が多いというのがわかってきました。

そしてようやく2019年12月に議決されて土地を借りられるというところまで至ったんです。「よし、本格的に資金調達を始めよう!」といった矢先にコロナが始まり「タイミングが……」と(苦笑)。今は資金調達とか、そんなことを言っている場合じゃないね、ということになりました。本来なら2020年10月に「里山スタジアム」の着工を予定していたのですが、それを1年延期し、資金調達も延期することに決めました。

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コロナで無観客試合となった昨年の開幕戦

そういう意味では苦戦もそうですが「どうなるんだろう」という不安しかありませんでした。でもただ止まっているわけにはいかないので、誰からどういうストーリーで資金を拠出いただくのかというのを、考え直し始めたのが2020年の4月ぐらいでした。

時間的には苦戦したけれど、逆にコロナが追い風になって共感をいただけた

新しい挑戦に共感していただける方でないと資金拠出いただけないだろうと思っていて、東京の企業経営者たちのところに会いに行くことにしました。行くにあたって理論武装して行かなくちゃいけないので(笑)、外部の協力者の力を貸していただいて、まずストーリーを作ったんですよ。そうしたら、アドバイザーである彼らが「『今治.夢スポーツ』面白いよ! この会社には、今、財務諸表には現れていない価値があるよ!」と言いはじめてくれたんです。
今の財務諸表には現れていないけれど、いずれ財務価値に変わっていく。「それはJリーグのほかの先輩クラブを見ていればわかる。いろんな良いことをやっていて、それが財務価値につながっていくのがJリーグなので、それを堂々と謳えばいい」とおっしゃっていただいたんです。

当社は「しまなみ野外学校」、「しまなみアースランド」管理などの事業、「岡田メソッド」など独自のさまざまな資産を持っています。今は財務諸表に出てはいないけれど、いずれ財務諸表につながっていき、財務価値が出てくる。「そういうものがたくさんあって面白いから、そのストーリーを話せば、きっと企業経営者や個人富裕層の方々にも共感していただけると思います」とアドバイスいただいたんです。
そこからストーリーをさらに練り上げて、2020年の暮れから企業経営者や個人富裕層のところへお話をしに行ったところ、そのストーリーに共感してくれて「拠出してあげるよ」とおっしゃっていただける方々が現れてきたんです。

そして、大変ありがたいことに、地元の企業様もご協力いただくことになりました。こういう大変な時だからこそ新たな賑わいの拠点を作るんだ、今治を盛り上げてくれているから協力する、スポーツの力で街を元気にしてほしい、などのお言葉をいただいており、背筋が伸びる思いです。

さらに、市民、議会、行政の皆様にお認めいただいて、この建設プロジェクトを、企業版ふるさと納税制度を利用した寄付対象事業にしていただきました。今治市外に本社がある企業の皆様からのご寄付も進めていただいております。

僕らはこのコロナで資金調達も大変だろうなと思っていたのですが、それは逆で、ある意味、追い風だったと思っているんです。時間的には苦戦しましたけれども、結果的にはみなさんに共感していただいたことが多かったです。
私たちの企業理念である「心の豊かさ」に共感していただいたのはもちろん、理念のもとに今どんなことをやっているかという活動内容であったり、そして「里山スタジアム」を通して自分たちの言ってきたことを体現する場所を作るんだという想いですね。この想い、実績、チャレンジに共感していただけたことが大きかったです。
今では、しっかりと共感を積み重ねながら進んでいるなという感覚があります。

Q:「里山スタジアム」に資金拠出いただく企業経営者や個人富裕層の方々とは、どのようなご縁でつながっていったんでしょうか?

意図的ではなく、6年半かけて人的ネットワークを築いた結果

まず自分たちが持っていた人のつながりから、徐々にご縁を広げていただいたという感じなんです。そもそも人的ネットワークをこの6年半かけて、ずっと作っていたんです。作っていたというのは意図的ではなくて、たまたまご縁をいただいた東京の経営者のみなさんが「岡田さんに会いに今治に行こう!」みたいな感じ今治に会いに来てくださって。ある人は友人5人を連れて来てくれて、またある人は10人連れて来てくださって。それこそ「岡田さん詣で」みたいな感じでした(笑)。

そんなことをずっと続けていたんです。今治にお越しいただいたときには試合を見てもらって、前後で会食をして想いをお伝えして「岡田さんって面白いですね〜! 今治、楽しいですね。」って感じで盛り上がりながら。だけれど、それが当時何かになっていたわけではなかったんです。20代から60代までいろんな経営者さんと1回だけ今治でお会いしたとか、バーベキューしたとか、「旧岡田ハウス」で岡田氏が手料理を振る舞ったとか。そんな関係が結構あったんですよ。

それが今回資金調達をするにあたり、岡田がコンタクトしている人たちにご相談したら「あ〜、それなら前に岡田さんに紹介した○○さんがいるじゃないですか〜! あのときに一緒にバーベキューした彼なら興味持ちますよ」みたいな。これまで意図していないうちに広がっていたネットワークが、「あ〜、誰々さんね!」みたいな形で活きてきたというか。「あの人の会社、そういえばこの前上場したって言ってたな!」となり、「ひさしぶりですね!」みたいな感じでお声がけしていったり(笑)。
そういうご縁がどんどん広がっていって。そうしたら、またその人が「岡田さん! その話だったらこんな人が興味持ってくれると思いますよ。まだ会ってないでしょ?」と言って紹介してくれたり。そういうことが昨年の暮れあたりから、今(2021年6月現在)でもまだ続いていて、今では逆に資金調達における制約も配慮しないといけないほどに広がっていっています。

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Q :40億の資金調達に目処がついた要因は「共感」だと思いますか?

想いや実績への共感はもちろん、新しい挑戦へのスピード感があるからこそ

想いに共感してもらえたのはもちろんですが、想いだけだと誰でも語れますから(笑)。実際に想いを形にして、実績に変えていったこと。でも想いと実績だけでも「へ〜、すごいね」で終わるんだけど、さらに新しい挑戦をこのスピード感でやろうとしているところですかね。そのあたりに共感していただいたと思っていますね。

たとえば先ほど申し上げた、東京の経営者のみなさんとの「岡田さん詣で」みたいなお付き合いは、公表するようなことではないですが、そういうことをずっとやっていたからこそというのもあります。みなさんにいろいろと教えていただきながら、おもしろいことはなにか、みなさんに認めていただけることはなにか、妄想とチャレンジの連続です(笑)。会長岡田のスピード感はものすごいですよ! どんどん自ら動き回って、一次情報を次々と積み上げていきます。

今日もね、ある方と岡田と僕とで朝イチでミーティングをして、できるだけ早くもうおひとりとミーティングしたいということになったんです。で、住所を調べたらここから90分あれば行ってミーティングして帰って来られる場所だと。「岡田さん、近々90分空けられる日はありますか?」って聞いたら「待てよ、今から出たら大丈夫だぞ!」となって。だから僕は先方にすぐに電話して「今から岡田氏向かいます!」と(笑)。

もう6年半ね、こういうことの連続ですから! でもね、あそこまで想いを持ってどんどん動いていけるリーダーがいて、全スタッフも「すぐ動く」ということを大事にしていると、結果的に、周りの皆さまがそのスピード感を楽しんでいただくことも多いような気がいたします。


取材・文/村上亜耶

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