どうにもならなくなったって
「戻ってきてほしい。」
その一言を読んだとき、わたしは涙が止まらなくなった。
右目からしか涙が出てこない。なんでだろう。
どうして泣いてるのかわかんないくらい泣いた。
唇をぎゅっと閉じて、声も出さずに、ただ涙を流した。
1月・2月と、立て続けに大切な人たちと縁が切れた。
ひとりは離れようと言われた、もうひとりはわたしが離れようと言った。
ぷつりと切れた途端、甘くあたたかい思い出は急に棘になる。
思い出すまいと仕事や遊びを詰めても、ふとした隙間から胸を刺してくるのだった。
ひとりを思うと、自己嫌悪に苛まれた。自分の何がだめだったの?ループから簡単には抜け出させてくれなかった。
もうひとりを思うと、胸が潰れそうになった。どんなに願っても叶わないと知ってたのに、ずるずる引き延ばした結果がこれだ。
寝るのがこわくなった。もっと言うなら、朝起きるのがこわくなった。
朝起きてすぐに、ふたりがいない事実を思い出して絶望するのがいやだった。
人が順調そうに見えると、おなかの中が黒くどろどろした何かでいっぱいになってゆく。
そんなとき、ああ、これは疲れてるんだなと自覚する。
人の幸せを喜べる、優しく慮れる、そんな余裕すらなくなってしまいました。
一度読んだ本は基本読み返さない。だけど、唯一何度も読む本がある。
よしもとばななさんの「キッチン」だ。
中学生になってすぐのころかな、父に初めて渡された本だと思う。もしかしたら、記憶を美化してるのかもしれないけど。
そのころのわたしには、あんまり意味がわからなかった。ただとってもきれいな文章だな、と印象的だった。
今はよくわかる。久しぶりに読むと電車の中でも目に涙が滲んで、視界がぼやけた。本が自分とリンクするくらいには経験を積んできたらしい。
「キッチン」は大切な人を亡くした人たちの孤独や悲しさを、日常の透き通った美しさを入れながら描いている。深い海の中で包まれているような、空の移り変わりをずっとずっと見つめているような、そんな感覚になる。
「戻ってきてほしい。」
その一言を読んだとき、わたしは涙が止まらなくなった。
「キッチン」内のあるフレーズだ。
そのとき、わたしのいちばん強い願いに気づいた。
戻ってきてほしい、だ。
ふたりに戻ってきてほしい、ただ、それだけ。
でも、そんなことは二度とないのだ。ほんとうに、一度とたりとも。
静かに、ただひたすらに、頬に涙が伝ってゆく。
でも、そんな夜もいつか終わる。
目を覚ますと、外は明るくなっていた。
「私は幸せになりたい。」
きっと、多くの人たちが思うんだろう。
そんな普遍的なフレーズ、だけど、わたしは物語の流れを追っていたから、すごく胸に染みた。
大切な人たちとの別れ、見えない将来、不安定な心や現実。
考えることが多すぎて、容量なんてとっくに超えてる。
きっと、悲しいことなんて、これからもいっぱいある。
願ってなくても、どうせ向こうからやってくる。
うん。だからね、ちゃんと口に出して言っていくよ。
私は幸せになりたい。幸せに、なるんだ。
日常からそっと逃避行する時間に使わせていただきます。