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SJ2: はじめに

多くの企業は成長戦略を柱にビジネスモデルを構築しており、リニアな成長を求める従来の考え方はサステナビリティという新たな課題に直面し、変化を求められつつあります。だからこそ、私たちはファブリックの重要なミッションの一つとしてサステナビリティを位置付けています。
この2022年版レポートでは、日本におけるサステナビリティに関する2年度目の調査結果を紹介しています。私たちの目標は、企業がサステナビリティへのアプローチを見直し、江戸時代から伝わる「三方よし」という言葉に表されるような日本の伝統的な原則に従い、企業、顧客、社会が共有できる価値を生み出すことです。
いくつかの企業はすでにサステナブルな価値を消費者や社会に対して提案し始めています。2021年版レポートで私たちがインタビューしたビジネスリーダーたちはみな、自社の全製品とサービスをサステナブルな形に移行させるという信念を持っていましたが、多くの企業はまだサステナビリティへの旅を始めたばかりでしょう。
この変化の時代において企業がどのような意思決定を下すかが、彼らが今後サステナブルな成長を軸とした新しいモデルに適応し、成功を収めることになるかどうかを決めていくことになるでしょう。
サステナビリティ領域へのアプローチは様々な業界特有の要因によって左右されます。私たちはすでにライフスタイル、食品、テクノロジー、金融サービスなどのクライアントを通じて業界別調査を実施しており サステナビリティやブランドに関する戦略策定を支援してきました。本年度は、各業界で活動するブランドを対象に、より広範囲の調査を行っています。
本調査では、日本におけるサステナビリティの変革における「消費者の役割」に焦点を当てました。彼らがその変革をどう導くのか、どのように成長させていくのか、またその障壁はどこにあるのか。様々な業界で予測される長期的なトレンドの中、サステナブルな変革がどのようなペースで進行するのかを予測します。
消費者を調査の中心に据えることにより、日本におけるサステナビリティの行動に関する重要なインサイトを得ることができるほか、企業やブランドをはじめ、政府、NPO、研究者、そして日本の未来に関わるすべてのステークホルダーにとって重要なインサイトの隠された秘密を知る事ができるようになります。
また、各業界の運用システム全体を捉えたアプローチを適用し、日本における体系的な社会・環境課題に目を向け、食品などの主要分野の専門家と協力して、各業界における根本的な課題を検証致しました。
本レポートでは、人々を「消費者」と呼んでいますが、これは、いわゆるコンシューマリズム(消費者主義)について論じる意図ではなく、企業と顧客の関係を表す上で最も的確な表現であるからです。
サステナブルな未来を実現するには人の役割が重要ですが、その未来はまだ不透明です。だからこそ社会のステークホルダーすべてが共有できる価値を作り出せるようにすることが重要なのです。

試される日本のサステナビリティ

日本の消費者のサステナビリティに対する意識は、社会的、経済的な背景の違いなどによって様々な形で形成されます。調査で明らかになった消費者の行動様式だけで短絡的な判断をせず、その背景を理解することが重要です。
多くのブランドが、日本におけるサステナビリティ戦略を策定するために、国連による「持続可能な開発目標(SDGs)」の枠組みを利用しています。SDGsは、サステナビリティに関する日本の企業や政府の文脈に広く浸透しており、私たちの消費者調査の枠組みを形成する重要なモデルとなっています。
「持続可能な開発報告書2022」によると、日本のSDGs達成度は79.6%であり、前回の調査から2ランク下がって167ヵ国中19位となりました(Sachs et al, 2022)。日本は、「ジェンダー平等を実現しよう」、「気候変動に具体的な対策を」、「海の豊かさを守ろう」、「陸の豊かさも守ろう」、「パートナーシップで目標を達成しよう」など、国が優先して取り組んでいる事項において大きな進展を遂げることができませんでした。
日本のシステム上の課題には、以下のようなものがあります。

  • エネルギー部門の脱炭素化:再生可能エネルギーの割合は現在6.3%です(Sachs et al, 2022)。

  • プラスチック廃棄物の削減:1人当たり年間8.2kgの廃プラスチックが輸出されています(Sachs et al, 2022)。

  • 食品ロスの削減:年間約2500万トンの食品が廃棄されています(MOE、2021年)。

  • 高齢化社会への対応:2040年には34%の人が65歳以上になると予測されています(Ha, 2020)。

  • 人口減少:2021年には過去最高となる64万4千人の減少を記録しました(共同通信社、2022年)。

これらの課題を解決するために、企業や団体は取り組みを強め、政府も対策を講じていますがサステナブル・イノベーションの新しい波が来なければ、日本社会の衰退に拍車をかけることになりかねません。

企業とガバナンスの問題

ここ10年間、日本の上場企業は、海外投資家やファンドマネージャーから、サステナビリティの達成度を開示するよう圧力を受け始めています。
環境・社会・ガバナンス(ESG)が世界標準となるにつれて、日本企業は遅れを取り戻そうと監査や測定に時間と資源を費やしてきましたが、有意義な行動を起こす企業はほとんどありませんでした。
2020年10月、日本政府は2050年までにネットカーボンニュートラルを達成する目標を発表し、多くの日本企業がこの公約に従いました。しかし、こうした発表は、目標を達成する方法についての詳細にはほとんど触れていません(外務省、2021年)。
その理由のひとつは、日本の産業界は70年代のオイルショックに国を挙げて対応したことにより、すでにエネルギー効率が比較的高かったことに加え、2011年の福島原発事故後にエネルギーの効率化がさらに推進されたことです。最大の課題は、化石燃料の輸入からの脱却であり、これには国家的戦略が必要です。
政府と企業が協調して、水素ベースのエネルギーインフラを開発し、将来のグリーンエネルギー輸の担い手となるべく取り組んでいますが、このアプローチが成功する保証はありません。その他ソーラーシェアリング、洋上風力、地熱など、日本の地理的条件に合ったソリューションも考えられます。
しかしながら、たとえ再生可能エネルギーが電力業界のイノベーションを推進することに成功したとしても日本は、炭素排出量の15%を占める高価な高品位鋼などの素材産業が国際競争力を維持するために低炭素の工業プロセス熱を必要としています。
日本の電力市場は2016年に自由化されましたが、変化は緩やかです。多くの企業は、日本の炭素集約的なエネルギー網では気候目標の達成が困難であると考えています。アマゾンジャパンが三菱商事と提携して太陽光発電資産を開発するなど、自らの手で気候目標の達成を実現する企業もありますが、これは、日本企業が日本においてもグローバル企業に先を越されているとも言える一例です。
2050年のネットカーボンニュートラル目標のような政府や企業の発表は歓迎すべきですが、その実現には道筋を明確に示す必要があり、実際にエネルギー政策の移行活動を加速させる大きな力が必要です。
ESGの中で、おそらく最も転換が困難なのはガバナンスです。日本のCEOの平均年齢は60歳であり特に企業に求められるソーシャルインパクトの創造や未だに解消されないジェンダー平等といったテーマについて、意識の奥底に刷り込まれた固定観念を持つ人が少なくありません。したがって、ガバナンス政策の革新など明確なビジョンを打ち出し、変革に対する疑念を払拭することが組織にとって不可欠です。
このESGの移行は、雇用と国内総生産(GDP)の大部分を占める日本の中小企業にとって、きわめて困難なものとなる可能性があります。中小企業はサービス業が中心ですが、グローバルなサプライチェーンに部品や機械部品を輸出する製造業も多く、日本の貿易収支の改善において不可欠な役割を果たしています。このエコシステムにおいて要求される炭素排出量の具体化とは、こうした輸出企業にとって益々競争の足かせになっており、さらに、優れた測定方法がなければ、グローバル市場への報告要件を満たす上でも苦しむ可能性があります。
日本が炭素排出量の課題と同様に今後取り組むべき重要なサステナビリティ目標、特にジェンダー平等をめぐる社会とガバナンスの大きな課題が存在しています。ここでもまた、日本におけるグローバル企業は先進的な雇用条件や国内企業より高い基準を実現して、優秀な人材を引きつけると同時に、日本の企業に対してポリシーの見直しを促しているのです。

環境問題

古くから森を大切にしてきた日本は、現在も国土の68%を森林が占める緑豊かな国です(nippon.com, 2020)。このうち60%の山林地域が天然林であり、約3,000のNPOが森林の再生に取り組んでいます(農林水産省, 2020)。
針葉樹の植林は環境負荷を高め、また花粉症の原因となるなど日本国民にとって大きな課題となっています。こうした針葉樹は、戦後に建材として使われた天然林の代わりに大量に植林されており現在では国土の27%を占めています(農林水産省、2021年)。
気候や災害のリスクが大きい日本は、異常気象、台風、洪水、土砂崩れ、地震など、自然災害を引き起こす可能性の高い自然現象に囲まれた世界で最も厳しい地理的条件の国の一つです。
日本の人口の50%は、洪水が起こると水面下に沈みかねない土地に居住しており、日本の資産の75%はこうした土地(主に都市部)に集中しています(日経、2022年)。日本は最近、世界の気候リスク指数で4位になりましたが、その主な理由は、異常気象による災害の死亡率が高いからです。異常気象への対応は年間GDPの約0.5〜1%のコストがかかると推定されています。
気候リスクの軽減に対する投資は、国と地域・世界のパートナーの双方に利益をもたらします。日本はこれまで、技術のイノベーションや、アジア太平洋地域における中国の野心と対抗する様な地政学的外交をリードしてきましたが、これからの日本は、まず、サステナビリティという現代の新たな課題を解決する枠組みについて国際的な信頼性を高めることから始める必要があります。
SDGsには、主なサステナビリティ項目において外部からの評価を数値化するスピルオーバー・スコアがあります。スコアが高いほど、その国ではポジティブなアクションが多く、ネガティブなアクションが少ない ことに関連します。日本のスコアは67.3%とOECDの平均値(70.7%)を下回っており、まだその道のりは長いと言えるでしょう。もうひとつの有用な指標はオーバーシュート指数です。この指数によると、日本は1年間で持続可能な自然資源の量の7.9倍を消費しています(アースオーバーシュートデー、2022年)。
日本は表面的には汚染度が高い社会ではないように見えますが、これは利便性や消費者中心の観点から 汚染が目につかないようにしている結果です。隠された汚染には、消費者が日々目にすることのない温室効果ガスも含まれており、一人当たり約9トンの排出量はドイツとほぼ同じで、フランスの2倍の水準に達しています。
消費者はリサイクルシステムに参加し、ごみを3~4種類にきちんと分類していますが、こうしたごみの多くは、ごみを燃やして発電するサーマルリサイクルに利用されています。これは20年前には世界をリードする技術でしたが、現在はそうではありません。
本レポートでは、日本の消費者のライフスタイルに関する意識と、そのような意識が幅広いサステナビリティの課題とどのように結びついているかについて、詳しく紹介しています。

社会・文化的課題

集団主義的で対立を避けがちな日本では、他人への影響を意識したお互いの「気づかい」によって様々な問題を解決する傾向があります。
しかしながら、実際には日本の社会とは違う課題解決法を持つ企業や外国人エグゼクティブたちと日本社会との間に変化を促すような良い意味での緊張関係が存在すれば、日本の課題解決に良い影響が及ぼされるかもしれません。
「新型コロナウイルス」という不可避の力による社会の急激な変化は、ある意味そうした力学の作用によるものであり、無理矢理ではあったが、日本の働き方改革を大きく推進することになりました。
リモートワークは、これまで多くの労働者のワークライフバランスを制約してきた日本の長時間労働が、高い生産性を示す正確なバロメーターではないことを証明しました。国際企業が主導するハイブリッド型の働き方は、グローバルスタンダードには未だ遅れをとっているものの、それでも日本にとっては大きな変化です。
また、新型コロナウイルスは、労働人口に関する課題を浮き彫りにしました。ジェンダー平等、高齢化社会、社会的疎外などの問題が複合的に作用したため、労働力人口がわずか59%に減少しました。男女の賃金格差が22.5%、女性国会議員の占める割合がわずか9.9%である現在、ジェンダー平等を阻んでいる雇用ポリシーや社会通念は、ただちに対処すべき問題であると言えます(Sachs et al, 2022)。
日本の高齢者の大半は健康でアクティブに社会貢献を行っており、労働力として返り咲くことのできる潜在能力や知識を有しています。また、経済活動にも大きな貢献をしており、特にシニア層の国内観光は、地域活性化の上で重要な役割を担っています。
ここ数十年、若者が都市部に流出したことにより、地方は過疎化が進んでいましたが、リモートワークの普及や地方に安価な不動産があることから、この傾向は逆転し始めています。
地方創生はSDGsに明記されていませんが、国が優先して取り組むべき課題です。地方部は、人口減少の危機に苦しんでいるものの、日本の文化的アイデンティティにとって大切な存在であり、人々は47都道府県の故郷における伝統的な農産物、食べ物、作り手、ストーリーとの絆を保ち続けています。

変化のペース

これからの日本における最大の課題は、進化や適応する能力の向上ではなく、十分な早さでサステナブルな変化が起こるようにすることです。
日本国民は比較的受動的な国民性があるため、積極的に変化を求めるよりも政府や企業の決めたことに従うという気質があります。そのことがサステナブルな社会への変革を難しくしているのかもしれません。
このような国民性が保守的に働き、変化に積極的になれず、現在の豊かな生活をできる限り守ることを優先した政策決定につながり、結果的に緩やかな衰退をもたらしかねません。
日本の政治の置かれた状況はこの考え方が反映されています。国民が主体であるという民主主義を支える国民の政治参加の姿勢が比較的見られず、2021年総選挙の投票率は約55%にすぎず(もっとも過去最低の2015年水準からは上昇しました)、それも主に高齢の有権者が投票しています。サステナブルな変化は一刻の猶予もない状況ですが、日本の政治活動の多くは、経済、アジア地域の地政学、安全保障、憲法改正が占めています。
したがって、企業は消費者や従業員とともに、変化のペースを加速させる新しいバリュー・プロポジションを生み出し、日本のサステナブルな社会への移行をリードしていく必要があります。
企業もまた、積極的にサステナブルを推進するという変革に消極的な状況の制約を受けているのは 確かですが、日本経済において重要な役割を果たしつつも、消費者や文化と密接な関係を構築し急速なスピードで動くことができるはずです。
サステナブルという社会や人との共有価値を創造するチャンスはきわめて大きいのです。こうした創造を効果的に行うために、企業は、日本における意識の高い消費者の出現を、その行動や障壁からエンゲージメントの機会に至るまで、十分に理解し対応していく必要があります。そうした対応が、企業のサステナビリティ戦略に反映され、今後の成長への出発点となるのです。

アプローチ

「2022年版日本のサステナビリティ調査」は、企業が日本の消費者を理解し、業界ごとのサステナビリティ戦略を開始するための基礎情報を提供することを目的としています。
本調査では、定量調査、オピニオンリーダーへのインタビュー、トレンド分析、ワークショップなどの手法を用いて、得られたデータを統合し、日本におけるサステナビリティの課題を明らかにしました。

1. 定量調査
15歳〜69歳の日本人回答者6,800名を対象に実施しました。この調査は、日本人の代表的な人口統計と都道府県別人口統計に基づき、セグメントとグループを定義できるように設計されています。
2.専門家へのインタビュー
調査プロセス全体を通じて業界の専門家にインタビューを行い、調査内容を分析し、明らかになったトレンドを掘り下げ、取りうるアクションや機会に関するインサイトを得ました。インタビューの対象者には、企業のリーダー、経営者、学者、活動家、コミュニティーメンバー、政策立案者などが含まれます。
3.トレンド分析
社会行動、政府の政策、学術研究、ビジネスやスタートアップへの投資など、トレンドを示すデータを定性的・定量的に収集し、分析しました。私たちは、サステナビリティに関連するデータポイントを常に社会の端々から捉えて情報収集しています。
4.追加データ
2021年から2022年にかけて実施した消費者エスノグラフィ調査(インタビュー、コンテクスト調査)パートナーとの共同調査による業界固有のデータなどを追加し、報告書を補完しました。
5.統合ワークショップ
上記の定性・定量データを、報告書のテーマ、重点分野、成果として統合するために当社チームおよびパートナーとのワークショップを実施しました。

サステナビリティに対する意識の定義
2022年の調査で私たちは、サステナビリティとブランドをめぐる消費者の行動と考え方を理解するための新しい手法を開発しました。
この調査では、6つのサステナビリティの分野を踏まえ作成された、社会や個人の行動に関する肯定的及び否定的な考えに同意するか否かを問う54の設問を通じて、サステナビリティ意識を測定しています。15歳から69歳までの6,800人の調査参加者に対し、-4から+30までのスコアを与えて、総合的なサステナビリティ意識を評価しました。このデータは、上記の他の方法から得られた態度や行動とともに、各集団に関する理解に統合されています。
2021年度は18歳から65歳までを対象とし、2022年は15歳から69歳までを対象とするなど、今回の調査では、長期的調査に影響を与えかねない変更点があります。
また、分析において意識と行動をより正確に区別するために、2021年のサステナビリティ・エンゲージメント・スコアから2022年のサステナビリティ・コンシャス・スコアに移行しました。
この点については、「Part 1:意識的な消費者」で詳しく説明しています。


世代の定義
「世代の定義」について明確に分類するにあたり、ビジネス、メディア、あるいは一般の人々がこれらの世代を表す用語を使用する際、偏見や憶測、または深い思慮に欠ける現象などが見られることを理解していますが、世代ごとの社会的、歴史的な経験が人々の意思決定に影響を及ぼしているためそこに考え方の格差が生まれることは確かです。
こうした用語は、日本の企業でもすでに広く理解されており、サステナビリティに対する意識と年齢層による違いを比較することにより、こうした集団に関する一般化の一端を読み解くことができます。また、世代間の長期的な変化を測定し、時間の経過とともに考え方が変化する様子がわかります。
私たちの2022年の調査では、15歳から69歳の参加者を対象にしており、Z世代とベビーブーマー層が増えましたが、これらの集団に含まれる人々の全員を対象にしたわけではありません。