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フリーランス

個人での取材の申し込みで所属企業名を書くところがあるとそこに「フリーランス」と書く。堂々と書くこともあれば、心細い気持ちで書くこともある。

これから書くのは、ずいぶんまえに書いて、下書きに入れたままになっていた話だ。

朝、公園のベンチで手帳の忘れものを見つけた。
ベンチの上に、今までそこに誰かがいたという気配があったので、忘れものだと思った。

手帳には日付と鳥の名前とその数が、几帳面な文字で記されていた。なんとなく、事務職だった年配の男性という気がした。そのままにしておいた。

そういえば少し前に、ベンチにすわっていた年配の男性に突然、「あの、すみません」と声をかけられた。思いきって、という感じだった。

「ボランティアされているのですか。どこに所属すれば、その、ごみ拾いができるのですか」

そして、自分は企業を定年退職してから、日中あちこちの公園で過ごしているのだと言って、いくつかの美しい公園の名を挙げた。

「どこに所属すれば」と聞いて、大企業にずっと所属していた人なのだろうと思った。

「個人でしています。ごみ拾いはどこにも所属しなくても自由にできます」

そこへいつもの犬がやってきたので、その人に断ってから、犬と犬を連れた人と挨拶をかわして話を中断した。そしてその人に向きなおって言った。

「わたしは犬が好きなので、ほら、こんなふうに遊んだり、コーヒーを飲んだりしながらごみ拾いをしています」

その人はなんとなく表情に元気がなかったので、ごみを拾わなくてもいいから、なにかおもしろいことを見つけて、元気になるといいと思った。

公園で会う人はわたしの職業も住所も名前も年齢も知らない。けれど会えば必ず言葉をかわす人たちが何人もいる。

所属しているとしたら、いまここ。
わたしはこの場所に所属している。
自由に生きている。


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