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甘い香りに包まれる(ごみ拾い日記2)

秋が深まる頃、10月の半ばくらいだったか、43万㎡ほどの広大な公園を、ごみを拾いながらゆるく一周するなかで、特定の場所で甘い匂いがするのに気がついた。
いつも同じ地点で、空気のなかに甘い匂いが漂っている。木犀系の香水のような香りではなくて、メープルなような、キャラメルのような、でもどこかフルーティな。

公園には池があって、地面が町より低くなっているから、どこかの厨房から流れてきているのかもしれない。食の仕事をする友人は、カエデの樹液ではないかと言った。でもカエデはそのあたりには見当たらなかった。野鳥の写真を撮る人たちも、カエデの木に見覚えがなかった。赤いカエデのような葉が落ちていて、どこからくるのだろうと思っていたけれど、それは大木に巻きついていた夏蔦だとわかった。

あるとき、集積所の人にごみを預けた帰り、公園の掲示板をなにげなく見たら、その香りがどうやら桂(かつら)らしいとわかった。黄色に紅葉する丸い葉っぱ。ハート型にも見える。光と一緒に空から降り注いでくるのを眺めた。桂は日本に昔からあって、仏像や将棋盤、表札などに使われる木だという。

仕事だったらなにサボってるの、となるけれど、そうならないので、わたしはよく足をとめて、トングと袋を道端に置いて、いつも会う犬と遊んだり、木々や鴨や小鷺の写真を撮ったり、コーヒーを飲んだりする。

桂の葉を、拾って嗅いでみると、それほど香らない。でもこの木のあるところは香りですぐわかる。
好きな場所がまた増えた。
桂の木の下のベンチは、わたしの特等席だ。
毎日のように桂のことをInstagramで書いていたら、タロー屋の星野太郎さんが、桂の葉でお酒をつくっている人たちがいることなどを教えてくれた。
太郎さんといえば、自家菜園の果実や花など、季節の酵母でパンを焼く人だ。桂のパンも、つくれるかもしれない。
ただ、桂の香りは、枯れ葉に含まれるマルトールという芳香物質からくるものらしい。そうすると、黄色よりも枯れ葉色、カサカサになって、踏みしだかれて粉々になっているほうが香るのかもしれない。上から降ってくるものも美しいが、褐色の乾いた音のする葉も美しい。踏みしめながら考える。一番近い香りは、マスカット系のブドウを口に含んだときの香りだと思う。
今朝もそんな香りに包まれる。
そういう瞬間のためにわたしは毎朝ここにいる。


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