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Interview#55 コロナの時代に生まれた二つの、古くて新しいパン

食の仕事に携わる人々の、パンとの関わり、その楽しみについて伺う企画、55人目は銀座のレストラン「マルディ グラ」オーナーシェフの和知徹さんです。

2021年1月23日現在、緊急事態宣言下のマルディ グラでは、ディナーは17時から20時(クローズ)、数量限定のテイクアウトはMGオールスター弁当(11時半より17時まで電話で受付、ピックアップは13時から19時)、ランチは12時から15時(クローズ)です。詳細は公式Instagramをご覧下さい。https://www.instagram.com/mardi_gras_official_2/

コロナの時代に生まれた二つの、古くて新しいパン

マルディ グラ オーナーシェフ 和知徹さん

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パン・ド・ガスコーニュ

フランスの、店も何もないような田舎では、毎日パンを買うことができないので、週に一度の買い出しでまとめて買う。そうするとパンは自然に大型になります。「ビーバーブレッド」の割田健一さんに焼いてもらっていたのはまさにそんなパンで、うちのようにアラカルトをみんなでシェアして楽しむスタイルのレストランにもぴったりでした。

でもCOVID-19による緊急事態宣言明け、店は大きく変わりました。料理をシェアすることからひとり分ずつのコースのスタイルに変更することになり、それに合わせてパンも変えたんです。

割田さんに新しくお願いしたのは、ねじった形状が特徴のパン・ド・ガスコーニュ。昔、ボルドーの田舎で出合ったパンです。しっかり焼き込んで、おせんべいのようなクラストにしてあります。食事の合間にも、ソースを拭うのにも、このままおつまみにもなるパンです。

酵母無添加のカンパーニュ

ヨーロッパを東から西へ移動しようとすると交通が不便で、そういう地域に変わったパンが多いですね。ぼくはいつも車で移動するので、どんな小さな村にでも行けたから、面白いパンにも出合ってきました。農家の人がそのまんま自分のところの小麦で焼いちゃいました、みたいな素朴さと力強い風味のあるパンとか。東京でそういう力強さ出してもらうのは大変ですが、「チェスト船堀」の西野文也さんの酵母無添加のカンパーニュにはそれがありました。イーストができる前の昔のパンはみんなこんなだったでしょうね。発酵が難しいから3日くらいかかるそうですよ。

ぼくは家で毎朝、寝かせ玄米を食べているんですけど、酵母無添加のカンパーニュはそれに近い。小麦をホールで食べている感じがすごく強いんです。それでもたれない。焼き切っているからかな、硬いけれど消化にいいんです。そして、生地自体が香ばしい。温めると内包している重厚な香りがさらに出てきます。それが小麦の植わっているところをイメージさせるというか。実際に長野のなつみ農園という農家指定の「ゆめあさひ」の全粒粉を用いて、麦の粒も入っています。クープを入れなくても自然にクラストが割れてくるんだそうです。「パンもなりたいようになるのがいいんじゃない」と話していたんですけどね。

新しく始めたコース料理の前菜で、パテ・ド・カンパーニュを薄切りにしてパンにのせて出そうと考えたとき、薄くても印象に残るテイストにするために、パテのルセットを調整しました。フェンネルなどのハーブや、辛くないスパイスをたっぷり使って、よりスパイシーで濃い味わいに変更したんですね。西野くんのパンに出合ったとき、これならパテを受けとめてくれるし相乗効果も望める、と思いました。

ぼくはたまに西野くんの店で、パンをつまみにしてワインを飲むんですけど、彼はもともとこういうパンを焼いていて、それが好きになって口説いたという感じですね。「こういう料理を考えているんだけれど、合うパン、何かない?」というふうにパンを焼く人に持ちかけて、新しいパンが生まれることは結構あります。

プライベートで楽しむのもハード系

おいしいパンなら家でも食べますよ。ただ、生活圏内でぼくの好きなハード系を求めると、残念ながらどこも柔らかいパンばかりなんですね。食パンはあまり食べません。ワインを飲みながら、カンパーニュに何もつけずに食べて、途中からバターをつけたり、オリーブオイルをつけたりするのが好きなんです。バター好きの友人がフランスから送ってくれる、北フランスの農家製のバターをストックしています。オリーブオイルはトスカーナから直に買っています。これは野菜にかけたりもします。

普段は午後4時にまかないを食べてからは何も食べないようにして、朝は発酵食品を摂るように努めています。最近はランチタイム営業をしているので、朝もあまりゆっくりしている時間がなく、朝食もよりシンプルになりました。実家の味噌を使った味噌汁と、大根と赤玉ねぎの水キムチ、寝かせ玄米などを食べています。コロナのこともあったけれど、自分のライフスタイルが発酵食品を欲しているんだと思うんですね。好きなものに寄せていく過程で、料理もパンも変わっていくんです。

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和知徹 / マルディ グラ オーナーシェフ

1967年兵庫県淡路島出身。辻調理師専門学校フランス校を卒業し、ブルゴーニュの一つ星「ランパール」で研修。帰国後は「レストランひらまつ」へ入社、在籍中にパリ「ヴィヴァロワ」で研修する。帰国後「アポリネール」「グレープガンボ」料理長を経て独立。2001年銀座の並木通りに「マルディ グラ」をオープン。フランス料理の技をベースに世界各国のエッセンスを詰めた旅の料理に定評がある。

NKC Radar vol.88より転載

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