雷に縛られる話。

以前、私は聴覚過敏であるという話をした。
だから夏が嫌いであると。
しかし、それでも否応無しに梅雨は明け。
いよいよ『なんだかよく分からないけど暑いだけ』の季節から『れっきとした夏』がやってきた。


夏が始まって早々に、私の地元周辺の天気を気象予報士たちがこぞって毎日のように激しい雨だの雷雨だのと言い。
関東地方の図の少し斜め前で指し示しながら、私のメンタルを削ぎ落とすような言葉ばかり発する。

もちろん事実なのだから致し方ないのかもしれないが、雷雨が来るかもしれないというのは私にとって『いつ爆発するか予想できない大量の時限爆弾が空中に溢れている』という状態であって。
そんな予言がされた環境下ではとてもじゃないけど、まともな神経でいられなくなる。
本当に辞めて欲しい、無理なんだけど。


雷が怖い話をすると、落ちてくる確率は宝くじにあたるより低いとかよく分からない蘊蓄を得意げに語ってくださる方がいるのだがこちらはそんな話はしていない。
まず、そもそも音が怖い話をしているのだ。
落ちる確率がわかって音が聞こえなくなるなら、いくらでもその蘊蓄を聞き続けたいと思う。


夏は私を狂わせる、最悪の季節だ。
雷への恐怖が頂点に達した私は、まだ不眠症の薬の効果が残った重だるい体を引きずってスマホの天気予報アプリと睨み合いをしながらタイミングを見計らって外に出た。

私は雷が怖くて、家にいられないのだ。
音が聞こえてしまうことが怖くてどうしようもない。
家に落ちてきたらと考えると不安でどうしようもない。
だから、音が聞こえず光が見えない大きな建物に逃げ込むといった回避行動を取ってしまう。
オマケに強い不安でお腹を壊すなど、体にまで大きなダメージが及ぶ。
10分置き。
不安が強い時は5分置き、3分置きと天気予報のアプリを立ち上げる間隔が短くなっていく。
当たるも八卦、当たらぬも八卦。
それでも雨雲レーダーの予測を頼らざるを得ない。

週間天気は毎日雷が鳴る可能性があることを示すマークがついていて、見る度に私はため息を吐いている。
いくらなんでも多い地域であるとはいえ、そんなやっつけ仕事みたいに毎日雷マークを付けなくてもいいでは無いか。
もう少し私に希望を見せて欲しい。
本当に本当に本当に、私は夏が大嫌いだ。


今日は幸い、関東の中でも私の住む地域は無事だった。
代わりに東京の一部地域では酷い天気になり、足立区の花火大会が中止になったり味の素スタジアムでの公演の開始時間を遅らせたりと影響があったようだ。
Xを見ていると、いくつかの動画が上がっていた。花火大会中止のアナウンスに残念そうな声を上げる、大勢の人々。
しかし、既にまぁまぁな大きさの雷が鳴っているのである。

申し訳ないが、私からするとそんな天気の中で外にいるなんて正気の沙汰とは思えない。
何をのんきに花火なんか見に行っているのだ。
動画の中には、縦に稲妻が走ってどう見ても落雷が起きている様子を捉えたものもあった。
それを見ても誰も耳を塞ぐことなく悲鳴もあげない。
むしろ、雷すらエンタメのように楽しんで笑っているような声さえした。


一体どういうことなんだ、心の底から信じられない。
やっぱり、私がおかしいのだろう。
私が都内にいたら早急に大きな駅ビルのカフェにでも入って、死んだような顔をしているのが容易に想像出来る。



早く終われ、雷なんか。夏なんか。
全部全部大嫌いだ。(了)

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