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「長歯の鬼婆」ダグラス・ハイド訳

ダグラス・ハイド編集・翻訳のアイルランド民話集から。

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 むかしむかしのおおむかし、よい身分のだんな方がダブリンからロッホ・グリンに狩りや釣りをしにやってきた。ちいさな村には宿もなかったので、一行は司祭さまの家に泊まった。
 一日め、狩りに出かけて、ドゥリミナッハの森に入り、しばらくすると野ウサギを追いたてはじめた。鉄砲玉をたくさんうちかけたが、なかなかしとめられなかった。追いかけていくうちに、森の中のちいさな家に野ウサギが入ったのが見えた。
 戸口まで行くと、おおきな黒犬がいて、中に入れようとしなかった。
「そいつに玉をうちこんでやれ」とひとりが言った。そうして玉をうつと、犬は口でうけとめ、くちゃくちゃかんで、ぺっと地面に吐きだした。もういっぺん、もういっぺんとうってみたが、おなじことだった。それから犬はありったけの声で吠えだして、まもなく家の中から老婆が出てきたが、その歯はどれもトングのように長かった。「うちのちびになにをするんだい」と老婆は言った。
「あんたのうちに野ウサギが入っていったんだが、この犬が中へ入れようとしないんでね」
「ちびや、伏せ」と命令して、老婆は言った。「来たけりゃ入るがいいよ」みなおじけづいたが、ひとりがたずねた。「家には、ほかにだれかいるのかい?」
「妹が六人いるよ」「それは、ぜひとも会ってみたいものだね」狩人たちが言うが早いか、六人の老婆が出てきたが、どのひとりをとっても、残りに負けず劣らず長い歯をしていた。狩人たちも、こんな見ものははじめてだった。
 森を先へゆくと、一本の木に七羽のハゲワシがとまって金切り声で鳴いていた。みなで鉄砲玉をうちかけたが、いくらやっても一羽もうち落とせそうになかった。
 そこへ白髪のおじいさんがとおりかかって、こう言った。「あれは、あっちの小屋に住んでいる長歯の鬼婆ですよ。魔法がかけられているのがわかりませんか。もう何百年もあそこに住んでいて、犬がいるのでだれも小屋には入れません。湖の底にお城を持っていて、よく七羽の白鳥に姿を変えて湖に行きます」
 夕方になって戻った狩人たちは、見聞きしたことを司祭さまに話したが、司祭さまは本気にしなかった。
 つぎの日は司祭さまも狩人たちといっしょに行き、小屋に近づいてみると、おおきな黒犬が戸口にいた。司祭さまはお祈りの道具を首に下げていた中から、本を取り出してお祈りを唱えはじめた。犬がうるさく吠えだした。鬼婆たちが出てきて、司祭さまを見ると、アイルランドじゅうに聞こえるほどの金切り声をあげた。司祭さまがお祈りを唱えるうちに、鬼婆たちはハゲワシに姿を変えて、家の上まで伸びた高い木に舞い上がった。
 司祭さまはあとすこしというところまで犬に詰め寄った。
 犬は司祭さまに飛びかかり、四本足でどうと押し倒した。
 助け起こされた司祭さまは耳も聞こえず口もきけず、犬は戸口からどかなかった。
 みなは司祭さまをつれ帰り、司教さまにおいでを願った。やってきた司教さまは、話を聞いておおいに嘆かれた。
 村人が集まってきて、鬼婆たちを森から追いはらってほしいと司教さまにうったえた。司教さまはこわくなったが、そうとも言えず、どうしてよいかわからなくて、こう言った。「いちど戻らねば追いはらうてだてがないが、月の終わりにまた来てそやつらを追いはらおう」
 司祭さまはひどく体を痛めていたので、何も言えなかった。おおきな黒犬は鬼婆たちの父親で、ダーモッド・オマルーニーといった。実の息子に殺されたのだが、それは息子の婚礼の翌日に、嫁といっしょにいるところを見つかったせいで、さらに息子は、自分のしわざを告げ口されるのをおそれて、姉妹たちも殺したのだった。
 ある夜、司教さまが寝ていると、長歯の鬼婆たちのひとりが部屋の扉を開けて入ってきた。司教さまは目を覚まして、ベッドのわきに鬼婆が立っているのを見た。あんまりおそろしくてなにも言えずにいると、鬼婆が口をひらいた。「こわがらなくていいよ、悪さをしに来たわけじゃない、ただ忠告があるのさ。あんたは、ロッホ・グリンの村人に、長歯の鬼婆をドゥリミナッハの森から追いはらいに行くと約束したね。もし来たら、生きては帰れないよ」
 司教さまはようやく口がきけるようになって言った。「約束を破るわけにはいかん」
「わたしらはあと一年と一日しか森にいない。それまで村人を遠ざけておけばいい」
「おまえたちは、なぜそのように森にいるのだ」
「兄がわたしらを殺したのさ。それで天の裁判官さまのところへ行ったら、二百年のあいだ、こんなふうでいるようにとのお裁きだった。湖の底に城があって、夜はいつもそこへ行く。わたしらは、父さんが犯した罪のせいで苦しんでいるんだ」そして老婆は、父親が犯した罪について話した。
「つらい定めだな。だが、天の裁判官のお考えには従わなければならぬ。わしはおまえたちを邪魔するまい」
「わたしらが森からいなくなったら、話がゆくだろう」そう言って、鬼婆は出て行った。
 つぎの日の朝、司教さまはロッホ・グリンへ行った。知らせを出して人を呼び集めた。そうして村人たちに向かって話をした。「天の王のお考えにより、あと一年と一日のあいだ、魔法の力は追いはらわれないから、おまえたちは森に入ってはいけない。ダブリンから狩人たちが来るまで、おまえたちが鬼婆どもに会わなかったのは不思議だ。――狩人たちも来なければよかったものを」
 一週間ほどたったある日のこと、司祭さまはひとりきりで部屋にいた。よく晴れた日で、窓は開いていた。赤い胸のコマドリが、ちいさな薬草をくわえて飛んできた。司祭さまが手を伸ばすと、鳥は手に薬草を置いた。
「もしかすると、神がこの薬草をくださったのかもしれない」司祭さまは心の中で言い、薬草を食べた。するとたちまちのうちに、すっかり具合がよくなった。「その力は魔法の力よりも強い神に、千回も感謝いたします」
 するとコマドリが言った。「二年前の冬に世話をした、足を痛めたコマドリをおぼえていますか」
「もちろん、おぼえているとも。夏が来たら行ってしまったが」
「わたしがそのコマドリです。あなたの親切がなければ、わたしはいま生きていなかったでしょうし、あなたは一生、耳が聞こえず、口もきけないままだったでしょう。わたしの言うことをお聞きなさい、もう長歯の鬼婆に近づいてはいけないし、わたしが薬草をあげたことは、だれにも言ってはいけませんよ」そう言うと、コマドリは飛んで行った。
 お手伝いさんが来て、司祭さまがしゃべり、耳も聞こえるようになったのを知って驚いた。司祭さまは司教さまに知らせを出し、司教さまがロッホ・グリンにやってきた。司教さまは、どうしてそんなに急によくなったのかとたずねた。「それは秘密です。ある友だちがちいさな薬草をくれて、そのおかげで治ったのです」と司祭さまは答えた。
 それからは、たいしたこともなく、その年が過ぎた。そしてある晩、司教さまが部屋にいると、扉が開いて、長歯の鬼婆が入ってきた。「わたしらは一週間後に森を出ていくって知らせにきたよ。ひとつ頼みがあるんだが、やってくれるかね」
「わしにできることなら、それに神の教えにそむかぬことなら」
「一週間たったら、森のわたしらの家の戸口に七羽のハゲワシが死んでいるだろう。森とバリグラスのあいだにある石切り場をお墓にするように言いつけておくれ。頼みっていうのはそれだけだよ」
「わしが生きていたら、そうしよう」それを聞くと鬼婆は出て行ったが、司教さまもなごり惜しいとは思わなかった。
 一週間後、司教さまはロッホ・グリンに行き、つぎの日、村人を連れてドゥリミナッハの鬼婆の家まで行った。
 戸口におおきな黒犬がおり、司教さまを見ると一目散に駆けだして湖に入っていった。
 戸口に七羽のハゲワシが死んでいたので、司教さまは村人に言った。「それを持ってついてまいれ」
 村人たちはハゲワシの死がいを持って、司教さまについて石切り場のふちまで行った。「石切り場に死がいを投げ入れよ。これで鬼婆たちも終わりだ」
 村人たちが死がいを石切り場の底に投げ入れると、雪のように白い七羽の白鳥が舞い上がり、飛んでいって見えなくなった。司教さまも、この話を聞いた人もみんな、白鳥は天まで飛んでいったのだと、そしておおきな黒犬は湖の底の城に行ったのだと考えた。
 ともかく、それからというもの、長歯の鬼婆も、おおきな黒犬も、二度と姿をあらわさなかった。

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この話は、Eadbhard Loingseach Blácach (Edward Lynch Blake) という語り部から聞いた話としてダグラス・ハイド編 “Leabhar Sgeulaigheachta” (1889) に収められ、”Beside the Fire” にハイドによる英訳が収められた。
舞台のロッホ・グリンは、ロスコモン県の町キャッスルレイの北西数マイルにあるLoughlinnだという。

THE HAGS OF THE LONG TEETH
ダグラス・ハイド Douglas Hyde 編・訳
Beside the Fire: A collection of Irish Gaelic folk stories より

館野浩美訳