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「ニール・オキャリー」ダグラス・ハイド訳

ダグラス・ハイド編集・翻訳のアイルランド民話集から、医者になろうと思いたった不器用な男と、道端で出会った不思議な男の道中の顛末。

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 てんで不器用なやつだった。奥さんに向かって、鍛冶屋に行って医者の道具を手に入れるつもりだと言った。つぎの日、鍛冶屋のところに行った。
「今日はどこへ行くのかね」鍛冶屋がたずねた。「医者の道具を作ってもらうつもりさ」
「どんな道具を作ればいいのかね」「クラムシュキーンとギャルシュキーン(*1)を作ってくれ」鍛冶屋が作ってくれたので、家に帰った。
 朝が来て――つぎの日のことだ――ニール・オキャリーは起き上がった。医者としてやっていく準備をして、出かけた。どんどん歩いて行った。街道のわきに赤毛の若者がいた。そいつはニール・オキャリーにあいさつした。ニールもそいつにあいさつした。「どこに行くんだい」赤毛の男がたずねた。「お医者になるつもりさ」「そりゃけっこうな商売だ。おれを雇うといいよ」「給料はいくら欲しい?」「またこの場所に戻ってくるまでに稼いだ金の半分だ」「いいだろう」ふたりは歩いていった。
「王さまの娘がいてな」と赤毛の男が言った。「死にかけてる。出かけていって、治せるかどうか見てみよう」ふたりは門まで行った。門番が近づいてきた。門番は、どこへ行くつもりだとたずねた。ふたりは、王さまの娘を見て、治せるかどうか試すつもりだと答えた。王さまはふたりを中に入れさせた。ふたりは入った。
 ふたりは娘が寝ているところへ行った。赤毛の男が進み出て、脈をとった。男は、ご主人が骨折りのお代をいただけるなら、娘を治せるだろうと言った。王さまは、なんでも望みの褒美をやろうと言った。「この部屋におれとご主人さまだけにしてくれたら、そのほうがいい」王さまは、そうさせようと言った。
 男は長い柄つきの鍋に水を入れて持ってこさせた。鍋を火にかけ、ニール・オキャリーにたずねた。「医者の道具はどこだ」「ほらここに、クラムシュキーンにギャルシュキーンだ」とニールは答えた。
 男はクラムシュキーンを娘の首にあてた。娘の頭を切り取った。ポケットから緑色の薬草を出し、首にこすりつけた。血は一滴も出なかった。男は頭を鍋に入れ、ひと煮立ちさせた。耳をつかんで鍋から取り出した。首に頭を押しつけると、もとのとおりにくっついた。「気分はどうだい」「すっかりよくなったわ」と王さまの娘は答えた。
 大男がおおきな声を出した。王さまが入ってきた。王さまはたいそうよろこんで、三日のあいだふたりをひきとめた。いよいよ出発するというとき、お金の詰まった袋を持ってきた。王さまは袋の中身をテーブルにあけた。ニール・オキャリーに向かって、これでじゅうぶんかとたずねた。じゅうぶんどころか多すぎるから、半分でいいとニールは答えた。王さまはぜんぶ持ってゆくようにと言った。
「べつの王さまの娘が、おれたちが行って見てやるのを待っていますから」ふたりは王さまに別れを告げて、べつの王さまの娘のところへ行った。
 ふたりは娘を見に行った。娘が寝ているところへ行って、ベッドの中の娘を見て、前と同じように治した。王さまはよろこんで、どれだけお金をやってもかまわないと言った。王さまは三百ポンドをくれた。ふたりは家に向かって出発した。
「かくかくしかじかのところに王さまの息子がいるが、そいつのところへは行かないでおこう。いまある金を持って家に帰ろう」と赤毛の男が言った。
 ふたりは家に向かった。王さまは十頭の牝牛もくれたので、一緒に連れて帰った。どんどん歩いていった。ニール・オキャリーが赤毛の男を雇ったところまで来ると、男は言った。「はじめておまえに会ったのはここだったな」「そうだな」とニール・オキャリーは答えて、「おう、金をどうわけようか」と言った。「半分ずつだ。そういう約束だった」「おまえに半分やるのは、やりすぎじゃないか。三分の一でじゅうぶんだ。クラムシュキーンとギャルシュキーンはおれのものだが、おまえは何も持っていない」「半分もらえないなら、おれは何もいらない」ふたりはお金のことで仲たがいした。赤毛の男は行ってしまった。
 ニール・オキャリーはギャラーン(去勢した牡馬)に乗って家に向かった。牝牛の群れを追い立てていった。日差しが暑くなってきた。牛たちは、あっちへこっちへふざけまわった。ニール・オキャリーは群れをまとめようとした。一、二頭を捕まえたと思ったら、戻ってきたときには残りがどこかへ行ってしまっているという具合だった。ニールは木の枝に馬をつないで、牛を追いかけに行った。けっきょく、みんなどこかへ逃げてしまった。どこへ行ったかわからなかった。馬とお金を残していった場所に戻ると、馬もお金もなくなっていた。ニールはどうしてよいかわからなかった。息子が病気だという王さまのところへ行ってみようかと考えた。
 ニールは王さまの館に向かった。息子が寝ているところへ見に行った。脈をとり、治せるだろうと王さまに言った。「治してくれるなら、三百ポンドやろう」「すこしのあいだ、ふたりきりにしてくれますか」王さまは、そうさせようと言った。ニールは水を入れた鍋を持ってこさせた。鍋を火にかけ、クラムシュキーンを取り出した。赤毛の男がやっていたように、頭を切り落とそうとした。ごしごしやったが、なかなか切り離せなかった。血が出てきた。ようやく頭を切り落とした。鍋に入れて、ひと煮立ちさせた。じゅうぶん煮えたと思ったころ、鍋から頭を取り出そうとした。左右の耳をつかんで持ち上げた。頭はドボンと落っこち、耳だけが残った。血が盛大に出てきた。血は流れ落ちて、扉の外まで広がった。王さまは血が流れてきたのを見て、息子は死んでしまったのだとわかった。王さまは扉を開けさせようとした。ニール・オキャリーは扉を開けさせまいとした。扉が壊された。王さまの息子は死んでいた。床は血だらけだった。ニール・オキャリーは捕まえられた。つぎの日、しばり首にされることになった。しばり首の場所に連れて行くまで、兵隊が見張りにつけられた。つぎの日、ニールは連れて行かれた。しばり首にする木のところまで、歩いて行った。叫んだがやめさせられた。そこへ裸の男が大急ぎで駆けてくるのが見えた。あんまり力いっぱい駆けているので、男のまわりには湯気がたっていた。みなのところまで来ると、男は言った。「おれのご主人さまに何をする」「この男がおまえの主人でも、違うと言ったほうがいい。さもなければ、おまえも同じ目にあうぞ」「罰を受けるべきなのはおれだ。遅れたのはおれだ。ご主人さまはおれに薬を取りに行かせたのだが、間に合わなかった。ご主人さまを放せ。ひょっとして、まだ王さまの息子を治せるかもしれない」
 ニールは放してもらった。みなで王さまの館に戻ってきた。赤毛の男は死人がいる部屋に行った。鍋の中の骨を集めはじめた。ぜんぶ集めたが、ふたつの耳が足りなかった。
「耳はどうしたんだ」
「知らないよ。あんまりおっかなかったんで」
 赤毛の男は耳を見つけた。すべてをひとまとめにした。ポケットから緑の薬草を取り出して、それを頭にこすりつけた。皮ふが張って、髪の毛も元どおり生えてきた。それから頭を鍋に入れて、ひと煮立ちさせた。頭を元どおり首にくっつけた。王さまの息子がベッドの中で体を起こした。
「どんな具合だ」
「大丈夫だよ。ただ弱ってるけど」と王さまの息子は答えた。
 赤毛の男は、また大声で王さまを呼んだ。王さまは息子が生きているのを見て大喜びした。その夜はみなゆかいに過ごした。
 つぎの日、ふたりが出発しようとしたとき、王さまは三百ポンドを数えあげた。王さまはニール・オキャリーにそれをやった。足りなければ、もっとあげようと言った。じゅうぶんだから、これ以上は一ペニーだっていらないとニール・オキャリーは言った。おいとまを願い、達者を祈って、家に向かって旅立った。前にけんか別れした場所まで来ると、赤毛の男が言った。「おれたちが仲たがいしたのはここだったな」「そのとおり、ここだとも」ニール・オキャリーは答えた。ふたりはすわって、お金をわけた。ニールは半分を赤毛の男にやり、もう半分を自分に取っておいた。赤毛の男はさよならを言って去っていった。しばらく行って、戻ってきた。「また戻ってきたよ。気が変わったから、金をぜんぶおまえにやろう。おまえのほうこそ気前よくしてくれたのだからな。墓場のわきを通りかかった日のことをおぼえているか。墓場に人が四人いて、棺桶に死体がひとつ入っていた。ふたりは死体を墓に埋めようとしていた。死んだやつには借りがあった。貸しがあるふたりは、死体が埋められるのに文句があった。四人は言い争っていた。おまえはそれを聞いていた。おまえは入っていって、貸しはいくらだとたずねた。ふたりが言うには、貸しは一ポンドだと、棺桶を運んでいるやつらが、いくらかでも借金を返すと約束しないうちは、死体を埋めさせないと、そういうことだった。おまえはこう言った。『おれは十シリング持っている。おまえたちにやるから、死体を埋めさせてやれ』おまえは十シリングをやって、なきがらは埋められた。あの日、棺桶の中にいたのは、このおれだ。おまえが医者になろうとするのを知って、うまくゆかないだろうとわかった。おまえが困ったことになったのを知って、助けに行った。金はぜんぶおまえにやろう。さいごの日まで、二度と会うことはないから、家に帰れ。生きているかぎり、もう一日だって医者はするなよ。すこし歩いたら牛とギャラーンを捕まえられるだろう」
 ニールは家に向かった。それほど行かないうちに、牛の群れと馬が見つかった。何もかも一緒に家に戻った。おかげで、それからというものニールも奥さんも、一日たりとも暮らしに困ることはなかった。
 こっちは浅瀬を渡り、あいつらは飛び石を渡った。あいつらは溺れ、こっちは助かった。

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*1 原注によれば、語源からするとクラムシュキーンは「曲がったナイフ」ギャルシュキーンは「光るナイフ」

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この話は、ドニゴール県グレンコラムキルの語り部からハイドの友人 Larminie 氏が聞き取ったものとしてダグラス・ハイド編 “Leabhar Sgeulaigheachta” (1889) にアイルランド語で収められ、”Beside the Fire” にハイドによる英訳が収められた。
唐突に始まり、短い文を重ねていく語り口は、この語り部独特のものであり、ほかに例を見ないとハイドは記している。

NEIL O'CARREE
ダグラス・ハイド Douglas Hyde 編・訳
Beside the Fire: A collection of Irish Gaelic folk stories より

館野浩美訳

Image: Skillet by William Frank