エラ・ヤング自伝『花ひらく黄昏』|錦繍
わたしたちが住んでいた家はユグノーのフランスの伯爵が建てたものだった。天井の高い広い部屋べやと、塀に囲まれた庭と、何人かの幽霊を擁していた。妹のエリザベスは暗がりにほの白く背の高い人影が動くのを見た。母は夜中の物音で眠れず、わたしの部屋にはときどき、話しかけられるのを待っているがけっして答えを返すことはない、ものしずかな幽霊が訪れた。
夜中にふいをうたれたように目を覚まし、だれかが部屋に立っているのを感じる。ベッドの足元のほうにほっそりした影が――わたしに気づいてもらいたがっており、わたしを目覚めさせただれかがいる。そのだれかは話をしたくて、でもできないでいる、そう思われた。毎晩起こるわけではなく、いつも同じ時間ともかぎらなかった。それでも、つねに影はものしずかな執拗さでそこにおり――待っていた。
とうとうわたしは勇気をふるって暗闇の中で身を起こした。
「父と子と聖霊の三位一体の名において、話しなさい! わたしは聞くのをおそれない」
彼女は話さなかった。いつも待っていたように、そこで待っていた。それから小さくため息をついて、そっと部屋を出ていった。彼女が動くにつれて、そのあたりで絹のスカートが衣擦れの音をたてた。
その後も彼女はあらわれた。おし黙り、どことなく期待するように。たぶん、もっと断固として命ずるべきだったのだろう。もういちど試しはしなかった。わたしの声はあまりにおおきく、うるさく――威嚇的にさえ――響いたように思えた。会話を始めるのにピストルを撃つようなものだ。
きっとこの貴婦人にまつわる物語があったにちがいないが、わからずじまいだった。彼女は鏡台とベッドの間に立っていることもあった。鏡を覗いて自分の姿を見ることもできたはずだが、思うに、彼女は心ふさがれるあまり、それどころではなかったのだろう。
夜の残りの長い時間、のろのろと過ぎるたいくつな昼の時間、彼女はいずこをさまよっていたのだろう。薔薇であふれんばかりの庭園を、塀の外の野放図なまでの緑の草地を、彼女は歩いただろうか? バロー川が黒い蛇のようにくねる草地は、あえて散歩するような場所ではなかったが、夕陽が川を赤く染めるころ、あるいは霧がなかば川を隠し、銀色に変える明け方に、高い窓から見下ろすぶんにはいい眺めだった。
日暮れ時や暁に、大地は眠れる者のように身じろぎし、秘密を思い出す。生に別れを告げ、肉の重荷を下ろした者たちも、ときにはため息をつき、追憶するのだろうか。
SILK ATTIRE
Ella Young
館野浩美訳