「もの言わぬやからの十字架」フィオナ・マクラウド
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「もの言わぬやからの十字架」フィオナ・マクラウド

とおいとおい昔、アイオナのクリスマス

ある暮れ方、そぞろ歩きの聖コルンバが
敬虔なもの思いに沈んで浜辺を歩いていた
そのとき天使にゆき遭うたのだが
その姿はなんとみすぼらしい男のものだった

尊い聖者はたいそう驚き、
この寂しい島にまれびとがと訝しんだが、
男がくたくたに疲れきっているのを見てとると
笑みを浮かべて呼びかけた

「われらが寂しきアイオナの島は人里を離れ
風すさぶ灰色の海原に横たわり、
この老いぼれの眼もめったに
巡礼のひざまずく姿を拝みませぬ……

だがようこそ……ようこそ……旅のおかた
わしと一緒に来なされ、さすれば
鹿皮を敷いた暖かい房で休み
われらの食卓でもてなしをうけられよう……

だがあの砂丘を越える前に教えてはくださらぬか
どうやってこの離れ小島に来られたのかを
潮路に揺れる小舟もなければ
浜辺にも一艘とて見あたらぬのに」

疲れた巡礼は頭を上げ
聖者を見つめてほほえんだ「遠くから
さすらうわたしの足はここへ導かれた
輝く星の栄光によって……」

聖コラムは深く頭を垂れた
「もうよい、これ以上お尋ねはすまい
さだめし沈黙の誓いに
先から縛られておいでなのでしょう

来てそのくたびれた衣と
粗いサンダルをお脱ぎなさい
聖なる兄弟たちは喜んで
われらが庵にあなたをお迎えするでしょう」

連れだって祈りの石室のあいまを抜け
小枝を編んだ丸屋根の下より
晩祷の鐘が嫋々と響くかたわらを過ぎ
そうして聖コラムは客人を連れ帰った

タイムの香る灰色の露に濡れた牧場から
雌牛たちは尾を振りつつ戻り
空高く舞うカモメの群は騒がしく
手桶に屈む僧たちの頭上で鳴き交わした

煙がひとすじたちのぼり
凍てつく空にあやかしのように凝る
三人の年若い僧が来て
雌牛と子羊たちを囲いにいれた

くすんだ緑の砂丘に、小径の通う草地に
紫色のたそがれが忍び寄り
鳩の胸のような夕暮れにおし包まれ
あらゆるところに平安があった

天井の低い食堂に
ささやかな聖徒の一団が座し
兄弟たちが瞑想のうちに食んでいると
旅人が立って口をひらいた……

「おおアイオナの島のコラムよ
そして神の平安のしろしめす処の者たちよ
海峡を越えてあなたがたのもとに来る前に
わたしはキリストのお顔に天国をかいま見た」

これには聖コラムも驚いて
身なりも哀れな男を見やった
巡礼の客は狂者であったかと
兄弟たちもうたがいのまなざしを送った

「海の中の神の教会のコラムよ
そして十字架の兄弟たちよ
主なるキリストがわたしにある夢を賜り
あなたたちに糧としてもたらせと命じられたのだ」

「目を上げてゆくえも知れぬ雲を見よ
また静まることなき深みを見るがよい……
汝が縁なき者とて捨ておきたる同胞《はらから》の
あてどなきためいきを聞かずや」

そう言うと客人は頭を垂れて祝福を唱え
厳かな沈黙のうちに房へと下がった
聖コラムは客人の言葉に思いを巡らせ
兄弟たちは驚きにおし黙った

深更に高僧は足を忍ばせ
疲れた旅人の眠る房を訪れた
「お聞かせください、あなたの尊い御名を……」
――言い果てず、聖者は膝をついて涙を流した……

聖者は大いなる驚きと畏怖にうたれ
心は孤独な野生の獣のようだった
ふいに無垢なおさなごのうたう
賛美歌が聞こえたのだ

いまこそ客人の素性を知った
われとわが同胞のごとき人の子ではない
至福の宮にすまい
永遠の子をあがめる炎の翼持つ者であると

粗末な房をみたした光は
七人の熾天使が日ごと夜ごとに
天の無窮の壁より垂らして揺らす
揺れる月から放たれる光

羊歯の葉を編んだ敷物に
疲れた旅人の姿はなく 膝をついても
跡も見えず ただ灰色の薄明に
はるか彼方で言祝ぎの聖歌が響くのを聞いた

夜明けとともに朝課の鐘が
冷たい銀の楽を奏でたとき
静まりかえった僧房のひとつひとつに
またすべての囲いと家畜小屋にむかい

聖コラムは僧侶たちに呼びかけ
ともに来てかれの手が
もの言わぬやからの大いなる十字架を立てる
聖なる島の浜辺に集えといざなった……

「なぜならわしは海の深みより
そして空の灰色の野より
縁無き者とてわれらが捨て置いた兄弟を
もの言わぬ荒々しき眼の同胞を呼び集めるからだ……

見よ、このキリストの生誕の朝に
神はおんみずからの掟を寛くなされる
またひとつの奇跡を生ましめんとて――
なぜなら見よ、客人は御使であったのだ……

主なるキリストはかれに夢を賜り
キリストの日の糧としてわれらにもたらさせた
その夢は賛歌を湧きおこさせ
花のように十字にかかるであろう……」

かくしてみなが驚きの眼で見守るなか
聖コラムは聖なる十字を掲げた
みなはキリストの日の歌をうたいつつ進み
浜辺の尽きる海のきわへと至った

聖コラムは両手を高く上げた……
「おお、汝ら翼あるすべての者たち、
空の野より来よ
来てすばらしい知らせを聞け」

応えて空の野生のやからが
翼を並べて雲霞のごとく飛びきたった――
ミサゴや威勢の良いミズナギドリがいれば、
ウミツバメはもつれるように輪を描き、

泡のごとく白いカモメ、緑なす黒い羽のウ、
餓えたタカ、嘆きの声をあげるアジサシ、
ショウドウツバメから
孤独なサンカノゴイやサギに至るあらゆる鳥がいた……

聖コラムは懇願するかのごとく手を天に伸べ
海の牧場を祝福した
「来よ、なべての生き物たち、
来て聖なる十字架を見よ」

応えて波の冷たきやからが
滴と逆巻く波としぶきとともにあらわれた
おのおの海藻に覆われた光なき洞穴を後にして
光に盲いたまなこを恐ろしげに剥いた

ポラックはわれさきに殺到し
巨体のタラが斑のバスが
泡立つ潮路に乗って急ぐ
ニシンの群はガラスのようにきらめいた

サバと小ザメが走れば
ホワイティング、モンツキダラが跡を追った
大きなカレイが身をくねらせて浮かびあがり
獰猛な眼のアナゴとヘイクもつづいた

大きなものも小さなものも
ひそやかな淵や潮路を後にして
蝟集する群となって海から伸びあがり
聖コラムの顔を見つめた

「聞け」聖者は厳かな声で言った
「聞け。汝ら深みの民、
汝ら空の民、喜べ!
もはや魂なき故の恐れを抱くな

なぜなら見よ、主の遣わされた使いが
われらの過ちを示したのだ――
さればいまこそ慎んで主の御言葉をなそう
そして汝らを同胞、知己縁者と呼ぼう……

もはや世界をわれらのものとは呼ぶまい
そして世にあるすべてのものも――
この日、キリストの日に、無限の力が
至福をわかちあえと命じるのだ

われは知らず、あらたに目覚めた魂が
わが眼に映るすべてのものの胸にきざしているが
この十字の意味するところの
はるかな目的地に至るやいなやを……

されど、おお空のもの言わぬやからよ、
道なき海の一族よ、
あらゆる蔑みと憎しみを心より追い払い
汝らにただ愛と平安のみを願う」

かくして、そのかみのクリスマスの日
聖コラムはいにしえの呪縛を解き放った
千年の時が過ぎ去り
いまは……〈由なき奇跡〉

海の深みの一族よ、
風と雲のやからよ、
ともに神の子供であるなら……なにゆえ主は嘆かれよう
かの日には喜び誇っておわしましたものを

The Cross of the Dumb by Fiona Macleod
館野浩美訳

Image: Celtic cross, iona by Brian Grateicke
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ファンタジー好き翻訳者。共訳書『ダフォディルの花 ケネス・モリス幻想小説集』(国書刊行会) 9/16 刊行。 Web サイト「影青書房」http://far-blue.com/