エラ・ヤング自伝『花ひらく黄昏』|暗い水
とてもいい感じで松の木にふちどられたあの三角の湖でだれもスケートをしないのはなぜなのかしら? 新参者であるわたしたちはそう言いあったが、思いがけないかたちで答えを知った。幾晩も凍てつくように冷えこんだのち、みなが湖で滑っているという話が聞こえてきた。妹たちとわたしは湖にいそいだ。かくれた湧水があって氷に一見わからない穴があいていたりするかもしれないと、率先してためす気にはなれないでいた。しかし、この日はだれもが滑っていた。わたしたちもみなといっしょに滑った。暗くなるころ、とつぜん、だれもが湖からひきあげ、わたしと妹たち以外だれもいなくなった。わたしたちは氷から離れがたかった。わたしは大胆に真ん中へ滑りだした。ともあれ、湖を独占できるならそのほうがよかった。よかったのだろうか? だれかが音もなくわたしの後ろを滑っているような気がした。ふりかえって見たがだれもいない、なのにやはりだれかが後ろを滑っていた。そのだれか――不可視の存在をふりきることはできなかった。技でも知恵でも打ち負かされ、わたしは岸に向かった。スケート靴を脱いだとき、離れた場所にいたジェニーとモードも靴を脱いでいるのに気づいた。かけよって理由を訊いた。「ここにはいられない」ふたりは言った。「湖でなにかがすごい水音をたてたのが聞こえなかったの?」「水音なんて聞こえなかった」わたしは答えた。「湖はかちかちに凍ってるのよ」「そうだけど。でも水音がしたんだもの。おおきな動物が堤の向こうを走っているのが音でわかった。それが堤に跳び乗ったんだけど姿はぜんぜん見えなくて、それから水音がしたの。もう家に帰ろう」わたしたちは三人そろって家に帰った。
なぜあの地方にはあんなにも妖しげな水辺があったのだろうか。バロー川はわが家の庭を囲む塀の外に広がる草地のすそを流れていた。そのあたりで川はおおきな黒い淵、おそるべき淵をなしていた。わたしは草地を夜に歩いてみることもあった。草地は淵のほうまで、ぜんぶうちのものだったけれど、淵には絶対に近づかなかった。怖かったのだ。ほかのみなもそうだった。みな夜に淵のそばを通ろうとはしなかったが、これといっていわれがあるわけではなく、ただアイルランドの古い伝説で、何百年もむかしに邪悪な獣がバロー川に飛びこんだと言われているだけだ。
昼間でさえ人をおびえさせる小さな森があった。とても美しい森だった。春にはヒヤシンスの青に彩られたが、みなそこを通るときは連れだって、長居をしようとはしなかった。
DARK WATERS
Ella Young
館野浩美訳