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妖精郷の音楽

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イギリス・アイルランド幻想訳詩集
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記事一覧

「野の花」エラ・ヤング

ほの白いあかつきを 明るませる星のよう いばらの上 色褪せる花のよう 太陽のとおり道に 落ちた雪のひとひらのよう 酬いが死である場所で 舞う白い蛾のよう 命とはそのようなもの、いとしき者よ 生が終わるときには "Flower of Grass" by Ella Young 館野浩美訳 *** エラ・ヤングはアイルランドとアメリカ、ふたつの国に生きた詩人・作家・神秘主義家。 妖精国の音楽を聴いた天性の語り部ともいうべきヤングの自伝的エッセイ『花ひらく黄昏』、アイルラ

「価値」エラ・ヤング

薔薇について、なにが言える? ひとひらひとひら散ってゆく 塵とともに渦巻いて 剣については? 殺められた騎士のかたわらで 錆の囚縛を受く それなら言葉は、 詩人の歌、それとも鳥の歌は? 沈黙は王なり 天の青いアラス織の 星については、 炎は障りになるだろうか? 蛾《ひむし》に訊け! "Values" by Ella Young 館野浩美訳

「咒術」エラ・ヤング

影深い森の中を馬に乗り 三人の女王がわたしの佇む 花咲くねじくれた茨の脇を通っていった 一人目の女王は言った「黄金は麗し」 風に舞う彼女の髪はまばゆい陽光の金 二人目の女王は言った「血汐は赤し」 彼女は死んだように蒼ざめていた 三人目の女王は言った「永き眠りぞ良き」 そうして三人の女王は森の中を通っていった 朝まだきのこと Grammarye by Ella Young 館野浩美訳 Image: “La Belle Dame Sans Merc

「The Enchantress」 シェーマス・オサリヴァン

きみがぼくの隣を歩いていたから、さらりと撫でつける きみの明るい髪を風はなびかせて 時はつぎつぎと不滅の翼をひろげて飛びたち 散る花も永遠のものに見えたんだ きみがぼくの隣を歩いていたから、そっと触れている 白く咲き誇る林檎の花よりもその指は白く 木の間の道は永遠の陽の光に満ちて 芝生を歩めばそこは妖精の国のようだったんだ きみがぼくの隣を歩いていたから、くすくすと笑って 音の波紋を静寂の岸辺にひろげ 悲しみはぼくの胸から永遠に飛び去り 故郷の沈黙へと永久に飛んで

「バンドゥルイ」 フィオナ・マクラウド

緑色のわが衣  星を連ねたわが冠―― その緑は草  その星はひな菊 小さな湖や小川の上を  わたしの息吹は清しく渡る…… きれいな青い湖  山の早瀬 わが胸のうちの歌が  鳥たちの歌 わが胸のうちの風が  牛たちの啼き声 わが眼の光と  わが口の息吹が 春の空の雲と  南の便り (春のそよ風たち) 汝が口より出ずる草の緑 美し南の便りよ! バンドゥルイとは、字義的には女ドルイドすなわち女魔法使いであり、緑の貴婦人すなわち春の詩的表現である。 The Bandr

「闇の暁」A.E.

ひたひたと大地の小さな子らは丘の隠れがより来り 薄闇に輝く喇叭水仙《ダフォディル》はもの憂いこうべを垂れる 足下の谷間の芳香をついて漂う 震える小さな歌の滴は野を越え生け垣を越えてゆく すべては彼方の山なみの薄青いマントの下 昼を追って飛び去る黄昏の髪がなびく 夜が来る やがてただ空想のみが去りぎわに悲しげに目を遣るところ 黄昏の炎の塵、光の足よりふり落とされ 無慈悲な壁をなして無垢なるもの、善きもの、真なるものよりわれらを隔て 涙下る目がそれらを求むとも、けしてふたたび見