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今更ながら、家は賃貸か購入かを考えているうちに、別のことも考えた
これまで家を買ったことがない。
車を超えた大きな買い物をしたことがないのだ。
家を買わない、というための理屈はたくさん考えてきた。
「転勤するかも知れないし、基本的に、仕事をやめたら今いる場所にいないかも知れない」「家族構成が変わる可能性が高い(子供たちは一人立ちする)ので、人数が減ったらよりフレキシブルにもう少し狭い住居に移りたくなるのではないか」といった理屈である。
そのような理屈の背景に、実は明確には言ってこなかったことがある。「縛られたくない」ということだ。
家を買うには、基本的に借金をする必要がある。借金をする、ということは、その返済が終わらないと最終的に自分のものにならない。借金を返済しないと、住み続けることができない。ということは、返済するまで働き続けなければならない。
それが「縛られる」ということだと感じていたのである。
ただ、最近はそう考えなくてもよいのではないか、と思えるようになった。
逆に、借金をせずに現金で家を買えば、働かなくてもいいのか、と考えたときに、いや、そうでもないだろう、と思うようになってきた。
家の購入に所持金すべてを使ってしまうと、その後の生活が成り立たないのであるから、結局のところ、借金をしようがしまいが、生活をするためには働かないといけない。いや、厳密に言えば、生活をするためには収入がないといけないのであり、収入を得るために働かないといけない、ということだ。
ところが、とまた考えるのである。収入を得る、ということと、働く、ということは必ずしも同義ではないのではないか。世の中には、特に一般的なサラリーマンに代表されるような「働き方」をしないで収入を得るひともいるのではないか。
ということは、である。働かないといけないか、働かなくてもいいか、ではなく、収入を得る手段があるのか否か、ということが問題なのだ。
不動産を保有してそこからの賃貸料をもらう、だったり、株式等を保有して、そこからの配当金をもらう、という「投資家」生活であれば、少なくともある。一般的なサラリーマンのような「働き方」をしないで収入を得ることができる。
自分は、「収入を得る」ことと「サラリーマンとして働く」ということを全く同義として考えてきたように思う。そのために、ある意味で「視野狭窄」になっていたのではないかと思うのである。
FIREということが叫ばれている。FIREとは「Financially Independent, Retire Early」の頭文字であり、経済的に自立し、早期に退職する、という生き方のことである。自分の時間を切り売りする、一般的なサラリーマンのような「働き方」を「早期に」やめる、ということを目指す生き方である。子供の頃に「宝くじで1億円当たったら、金利収入で食べていけるかな」(昔の宝くじの一等は1億円だったのです。。。)と思ったことがあるが、同様に一定の資産をあらかじめ作り、その運用益によって生活費を賄うことを目指す、ということのようだ。
世の中には、早い段階で、このような生き方を模索する人もいれば、サラリーマンとして会社勤めをすることが、収入を得るための唯一の手段と考えてしまう、という人もいるだろう。もしかしたら、それは、親からの教育であったり、周囲の見方に引きずられたりした結果かもしれない。
ただし、収入を得る手段によって、自分を「縛る」ことがないように、複数の収入源を確保するか、あるいは働くことが「喜び」であって自分の「縛る」ものではないものにすることが必要だろう。
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