【超・超・短編小説】ペーパーバックライター
ぼくは1999年にアメリカ西海岸のシアトルで生まれた。
父は日系アメリカ人。母は日本人。
生まれた瞬間のことをはっきりと覚えている。
ママの脚と脚の間から、
ぬめぬめっとしたレモンイエローの世界が現れた。
性格は明るい。嘘がつけないタイプだ。
つけないタイプどころか、
生まれてから一度だって嘘をついたことがない。
7年生になってはじめてできたガールフレンドに、
「あたしのことあいしてる?」と聞かれて、
「それほどじゃないけど、キスさせてくれたから」
とひどいことを言ってしまったあとに、
大事な話があるんだと打ちあけた。
ぼくは嘘がつけない病気なんだ。
なんですって?
それってただの阿呆じゃない。
ゴキブリだって死んだふりをするっていうのに。
じゃあ、あたしに愛してるって言えないっていうのね。
今、私は嘘をついている。
シアトルなんて世界中で一番興味がない。本当の出身地である兵庫県の尼崎より天気がいいんだろうと思っているくらいだ。もちろんクォーターでもなければ、1999年生まれでもなければ、男の子でさえもない。何もかも、この台詞の一言一句が真っ赤な嘘だ。一挙手一投足がフェイクだ。あっという間につじつまが合わなくなるだろう。
いや、つじつま以前に。
私のような、顔を墨で真っ黒に塗った、色ばかりが極彩色の薄汚い重ね着に、素っ頓狂なポニーテールの老婆が、バス停のベンチに腰掛け、あやふやな身振り手振りで「ぼくはアメリカ西海岸の・・・」などと、けったいなメロディがついた、一瞬ラップなのかと耳を疑うような独り言を言い始めたとしたら。
心優しいひとが、ぽつりと足元にコインを置くだろう。
(おわり)
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