【上演台本/自作官能小説朗読会】爪/椿/卓球 ほか 全6篇
# 1「むっちゃんと先生」
だって、先生と映画見るのよ。あたしが電話で誘って、そしたら、まだ見てないって。 一緒に見ませんか?って言ったら、「ああ、いいよ」って。 ね? いい? 「ああ、いいよ」なんだから。 あのね、「ああ、いいよ」が、あんなに似合う男は世界中探しても絶対、いないと思う。
だって、先生と映画見るのよ。口から心臓が飛び出しそうとはこのことだわ。 頭に血がのぼって、もうこのままじゃダメだ、と思ったから、 目の前にあった献血車に飛び乗って「400CCでお願いします」って。 大丈夫ですか、男性の量ですよって言われたけど、もう、ぜんぜんいいです! バイトが終わったのが待ち合わせの2時間も前だったから、こんなことになってしまうのよね。 思いのほか時間かかっちゃって、貧血起こしそうになりながら思いっきり走って、 ちゃんと先に来ていた先生の隣の席に、はあはあ言いながら座ったら、 映画はほんのちょっと始まってて「静かにしなさい」って。 先生、あたし、先生のために血を抜いてきたの。
# 2「ミサ子のエプロン」
「東京銘菓、草加せんべいでございます」新幹線の細い通路を、裸にふざけたピンク色のエプロンをつけたミサ子が通り過ぎた。 だいだい色の柿の形をした饅頭に、鳩サブレーという名前がついていることにさえ気づかずに生きていくこと。 ホーラ、もうあんなに紅葉していますよ、あの人たちは。 赤いほっぺたのヒステリーの子供の黄色い声が響き渡るたびに、 ピクッピクッと痙攣しながら眠り続ける年老いた若い男は セーターを着ているけれどサラリーマンとわかる姿でこれから先、列車が走り続ける限り、 いっそ、目を開かずに、いっそ。片道なら1万5千円。「うちが決めた値段じゃないから」午前三時。壁にかかった、白い草の絵の額縁がやや左に傾いて、斜線。 マンガ家、舞台中央よりやや下手。愛妻家、舞台中央よりやや上。そのままずっと、 上へ上へ上へ、退場。
お世辞にも若いとは言えない、口がさけたように大きいコンシェルジュに「黙ってお飲みなさい」と言われて、紙コップに入った生ぬるいセメダインを渡される。 だからこんな蒸し暑い夏の夕方には 「ミサ子、ミサ子、やんな。ミサ子やんな」と、やたら馴れ馴れしいもの言いで、ギター弾きの指があらわれる。どこまでも追いかけてきてFだけ代わりに弾いてくれるって言ったのに。嘘つき。
# 3「爪」
かゆい
かゆい
かゆい
かゆい
その届かないところに あなたを置いて
その爪の先が ひとかきするその瞬間
私は くうにも舞うでしょう
けれども
それであなたが
やあ ひと仕事を終えたというふうで
ちょっと斜め上でも見ようものなら
私はあなたの手首をひっ掴み
もどかしくも届かぬところへと
もう一度 引っ張っていくのです
そうして ひやっとしたあなたの指先が届くとき
ああ
もっと掻いて!
と めいれいするのです
ひとかき
ふたかき
みかき
よかき
いつかき むかき
ななかき やかき ここかき とかき
かきむしるほどに
むしるほどに
皮膚は熱を帯び
ほころび
ほろほろと剥がれ落ちても
なお
引き返すことなどできないのです
やがて
あなたが
あ
と声をあげて手を止めるまで
一筋 糸のように血が滲むのを見たからでしょうね
そうして
私はというと
見知らぬような世界に放り出され
しんと静まりかえる心地になって
それはそれは
清らかな歓びを感じているのです
痺れるような ヒリヒリとした痛みとともに
えも言われぬ 後悔に襲われるまでの
束の間
# 4「椿」
誰にも言うたらあかんで。言わんといてな。顔洗うときな、石けんに、唾も一緒に混ぜるんや。猫でも何でも、唾でケガもなおすし、きれいにするやろ。人間も同じや。おかげでほらな、肌きれいやろ。なあ。あんたもやり。なあ。あんたもやり。でも、こんなことは絶対に誰にも言うたらあかんよ。あんたと私だけの、秘密や。
# 5「ハチ子の夏」
ト書き
あかるい日差しの差し込む部屋。ハチ子が引き戸を開けて入ってくる。
しかし物語は、いつまで待っても始まりません。
ハチ子は日差しに焼けていきます。鼻の頭を赤くして、
畳の上でじんわりと焼けていきます。
なんや ぼんやりした気持ちになってきて始まりません。
話し始めてもう かれこれ10分にもなろうというのに、官能とは程遠い寝言みたいなことばっかり。
そこへ一人の男が現れて、こう言うのです。
そうですね、ありきたりかもしれませんけど、やはり私は ら行が好きです。
ラロリレルリルラ・・・・ほら、なんだか楽しい気持ちになってくるじゃありませんか。
それから、ハチ子の大きな尻に、でこをつけて一節歌いました。
my shit is ice-cream !
ハチ子が答えて歌います。
your shit is ice-cream?
my shit is a banana !
your shit is a banana?
my shit is lovely baby!
your shit is lovely baby?
my shit is devil-man !
your shit is devil-man ?
作り事などいりません。
本当のことはたいしたことでもありません。
今日もいつの間にか陽は落ちて、ミュージカルは終わりました。
# 6「卓球」
夢に出てきた人に、昨日夢に出てきたよ、っていうと、たいてい ギョッとされます。
卓球をしていました。
私はサーブがとてもうまいから雨林さんは一度も返せない。雨林さんは悔しそうに本気出してサーブしてくるものだから私も一度も返せない。野々木さんが淡々とそれを見ていた。その前には確か、私と野々木さんは白いシーツの、広いベッドの真ん中に横たわっていた。ちなみにこの野々木さんは仮名にしなくてはいけないくらいの知り合いだった。腕やら脇腹やらに、温かさを感じて、なんだかおかしなことになってないかな、とは思いながら私の方から滑らかな頰に頰をつけた。引き寄せられたけど、じっとしていた。野々木さんは、あれ?と、ちょっとおどけて見せてから、体を離した。それから、ベッドの端と端に、あんまり仲のよくない2匹の猫のように別々に丸まった。雨林さんが、何か片付けものでもするように、のろのろとベッドの周りを歩きながらそれを見ていた。
そうして次はトイレだ。私はトイレに行くためにベッドを降りで中庭へ出た。明るい昼間だった。トイレは、円柱形のポットのようなもので、底が抜けていて、そこから覗くと宇宙のような広い空間。そんなところに排尿する勇気が出ない。野々木さんと雨林さんが、私がトイレに行ったのを、待つともなしに待っている気配がした。私は、排尿をしたのか諦めたのかわからない。尿意も覚えていない。部屋に戻って、さっきの卓球台だ。
明け方にね さっきまでみていた夢の話を 耳元でしてもいいですか ほんとうのことをいうとね 相手は誰でもかまわない
「トイレの夢は、愛情やセックス、排泄に関することを暗示します。壁のない丸見えの空間だったり、ガラス張りのトイレで用を足したりするという夢は、性的な欲求を他人に見られたいというフェチ願望です」
ってネットに書いてありました。
おしまい
(終)
作・出演 緑ファンタ
2017 @大阪千日前・味園ユニバースビル「barプラセボ」
# 1「むっちゃんと先生」は、2013年「wonガク祭」@FLOATにて、
チェロ奏者トリスタン・ホンシンガー氏とのセッションでパフォーマンス上演しました
応援いただけたらとても嬉しいです。