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オーケストラの舞台設営

 オーケストラで使用する椅子と譜面台の設置が苦手な人は意外と多い。いつも使用している学校内の音楽室とかでも、綺麗に並ばないどころか、いくら時間がたってもぐちゃぐちゃにしかできない人が多い。いつも使い慣れている音楽室なら短時間で並べられても、環境の違うホールで並べるとなるとまた一段とハードルが上がるようである。

 椅子並べを苦手としているのはスクールオーケストラの生徒だけではなく、社会人のアマチュアオーケストラでも同じ現象がおきている。プロの世界でも椅子並べはステージマネージャーの仕事であり自分達で椅子を並べることはあまりないのでプロ奏者でも苦手としている人は多い。けれども、全員が完璧に椅子並べをできなければならないということはなく、団の中の数人がきれいに整えられれば問題ない。

 セッティングをする時は、舞台設営図をA3サイズに拡大コピーして指揮台の上に置いておくといい。置いておく設営図は各セクションごとに椅子と譜面台の数を数字で書いておくとわかりやすい。最近はスマートフォンを見ながらセッティングをしている学生が多いが、印刷された配置図を見ながらの方がいい。小さい画面では見づらいし、拡大してしまうと、全体を見渡せなくなってしまう。セッティング図のうちの一部である自分のパートのみを拡大して気にしていると、隣のパートとの椅子の奪い合いとなることが多い。隣のパートがきれいに椅子並べを終えていても、その椅子を自分のパートのものだと思って動かしてしまう人が非常に多い。特にバイオリンパートはその傾向が顕著に高い。各個人が持つセッティング図はA3である必要はないが、B5あるいはA4のサイズで印刷された図面を持っておくべきである。

 セッティングは、「ひな壇→椅子→譜面台」の順番に行う方が速い。椅子や譜面台が乗っている台車の舞台への運び込みも、そのタイミングに合わせて行うのがお勧めである。順序を考えずに片っ端から全部ステージに台車ごと運び、すぐに台車から椅子や譜面台を降ろしてしまったり、空になった台車をステージの中に置きっぱなしにしたりするのは良くない事であり、作業スピードが落ちる原因である。作業がなく暇になってしまうと、どうしても心理的に簡単にできそうな作業を見つけてやりたくなってしまう。順序を考えて動くべきである。ひな壇を並べている最中に椅子や譜面台が広げられてしまうと、大きな台を運ぶのに邪魔である。椅子を並べている最中に譜面台も並べ始めると、個数がわかりにくくなるし、椅子と譜面台をぶつける原因となる。ひな壇が完全に組み終わるまでは椅子や譜面台は台車から降ろすべきではなく、椅子もほとんどが並べ終わらない限り譜面台には手をつけない方がいい。

 ひな壇は一度設置してしまうと後からは変更しにくいので慎重に行わなければならない。ひな壇を運ぶ際は軍手を使用した方がいい。アマチュアオーケストラでもスクールオーケストラでも素手でひな壇設営を行ってしまうことがほとんどであるが、木のササクレに引っかかることもあるし、隙間に手が挟まれてしまうこともある。軍手をしていればケガを少しは防ぐことができる。

 ひな壇を設置したら次は椅子を並べるが、椅子を重ねて保管している台車を移動させる関係上、ひな壇上の管楽器や打楽器の椅子を先に並べて弦は後とした方が効率いい。弦の椅子並べは、まず中央の縦(奥向き)のラインをおき、その後1プルトの8席を並べ、次に左右(両翼)を並べ、その後、間を埋めるようにする。この時点では、椅子の位置はまだ仮置きと考えておいた方がよく、後で位置を調整しなおす。椅子の仮置きが終わってから譜面台の配置となる。椅子と譜面台の設置の順序をあべこべにすると舞台上が混雑するので時間が余計にかかる。譜面台を出すのは後回しにすべきである。椅子と譜面台を仮置きで並べた後に位置を調整する。実際にその椅子に座りながら調整するのがコツである。ほとんどの人は立ったまま並べているが、立ったままでは感覚をつかみにくい。各椅子に座ると前後左右の距離感をつかみやすくなる。そうすれば自分の楽器でなくても何となくわかるはずである。最終的な調整は奏者全員が座った状態で行う。その際は、隣の人とぶつからないかどうか、指揮者やパートトップが見えるかどうかなどについても確認する。弦楽器後方の座席の人はどうしても前が見にくくなってしまうがそれはしかたがないことである。どうしても前が見えない場合は後方のプルトを平台に乗せることもある。

 指揮台は目安として最初に置くが、奏者の椅子を一通り並べた後に位置を正式決定する。最初に指揮台を置き、そこから順に並べるのはあまりお勧めしない。ひな壇を使用しないなら指揮台に近い椅子から順に並べて行く方がいいが、オーケストラのセッティングでひな壇を使用しないことはほとんどない。指揮台を置く際は、センターの位置と指揮台の前後の向きに注意しなければならない。センターは、マイク等のソケットが埋め込まれていればそれを頼りに位置を決める。ステージの床板が縦方向になっているなら、中心となる床板があるはずなのでその板を探すようにする。指揮台には前後(表裏)がある。落下防止の柵を立てるための穴があれば、そちら側が客席の側となる。また、運ぶためのソリがついているなら、ソリの側はオーケストラの側になる。前後の違いがない場合はどちらでもの向きでも大丈夫である。
 セッティングでよくある失敗が、指揮台の位置を最初に決めてしまい、その位置に固執することである。舞台設営図が正確に描けていればそのような問題はおきないが、指揮台から順に並べていくと管と弦の間が足りなくなったり逆に余ったりしがちである。それよりも、ステージ奥から手前に向けて順に並べてきて最後に指揮台とするのが楽である。このようにして決まった指揮台の位置はセッティング上の都合でしかないので、指揮者や団員の希望により調整しなければならない。

 ステージ上の反響板の位置にも注意してセッティングを考えるべきである。反響板がないような前方にまで奏者がでてくるのは望ましいことではない。左右の端の方は音響がよくないことがある。スペース的に余裕があるなら、そのような音響的なことまで考えてセッティングを調整するのが望ましい。また、舞台前方の端では照明が当たらず暗くなることがある。ステージにはスピーチ用のマイクのコネクターが埋まっていたり頭上には様々な種類のライトや緞帳が吊り下げられたりしている。それらの位置もセッティング上の端の目安となる。そのようなことにも配慮してセッティングを行えば客席から見て違和感なく、また音響的にもデッドではない配置となる。

 舞台上のセッティングはあまり大勢で行わない方がいい。団員全員でセッティングとしている団もあるがそれはいいことではない。適切な数以上の人がステージ上にいると運搬するのにぶつかったり混乱したりする。ひな壇を運ぶには5~10人くらい必要である。電動せり上がり式のひな壇の場合はひな壇セッティングにほとんど人は必要ない。椅子並べも10人程度で十分である。奏者が60人とした場合、10人もいれば一人6個しか椅子を運ばないことになる。プロのステージマネージャーの場合は、アシスタントを含めて数人でセッティングを行っている。そのことを考えれば10人というのは十分な人数である。椅子並べに30人も参加したら、逆に烏合の衆となってしまう。
 舞台設営が終わってから楽器を出すのが鉄則である。設営中に楽器を傷つけないようにするためである。しかし、運び込みやすさを考えてティンパニーや大型の打楽器を椅子よりも先に運び込むこともある。特に電動の迫上がり式ひな壇を使用している場合は、ひな壇をせり上げる前にティンパニー等の大型楽器を乗せ、それから迫の高さを上げるという手順とすると楽である。また、椅子の間をぬってティンパニーを運ぶことはできないため、ステージや袖の広さを考慮して椅子並べの前に大型楽器を置いてしまうこともある。搬入口からの距離や楽器搬入の順番の影響でそのような手順をとれないこともある。臨機応変に対応してもらいたい。

 舞台設営は、慣れていれば30分もかからない作業である。普段の音楽室とは違いひな壇の設営という段階が入るが、普段の練習時の椅子並べに10分もかけることはないはずである。しかしながら、演奏当日のタイムスケジュールを組む際はセッティングに1時間ほどの時間を確保しておく。ホールによっては、舞台設営時は舞台袖から搬入しやすいように反響板を上げて置き、設営が終わった後で所定の位置に下すことがある。反響板の移動には30分近くかかることもある。その間は安全確保のために誰も舞台内に入ることはできない。また、奏者が操作することはほとんどないが、舞台でのセッティングは、照明やマイクなどの位置調整も含まれるのでそのための時間も必要である。

 椅子等を並べ終わった後時間が空いた時は、楽器のウォーミングアップ時間として考えておけばいい。ステージ上で音の響きを入念に確認できる数少ないチャンスである。ホールの響きに合わせて弾き方を調整することもあるし、チェロではエンドピンを刺す位置の調整で音ががらりと変わることもある。特に初めてホールで演奏する人は、自分の音の聞こえ方が普段と違うので違和感を持つはずである。ホールという音響に慣れる必要もある。もし、順調にセッティングが進んでリハーサル開始まで30分以上も時間が余っているなら、リハーサル開始時刻を早めるのもいいことである。早めるときは、表回りの受付等のセッティング状況やその他全体のことを判断して決めなければならない。単にステージが出来上がったからという理由だけで判断してはならない。

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