【テレビコラム】アナザーストーリーズ「豊田商事事件」

―もう食傷気味だった
だけど、いい意味で大いに期待を裏切られた。

昭和の重大事件を特集する特別番組では必ずと言っていいほど永野一男会長の刺殺シーンが出てくる。豊田商事事件に関しては、被害者側の視点から描いたドキュメンタリー番組も数多く作られた。会長の刺殺事件は、謎事件の扱いを受け、様々な番組で取り上げられ、同じような意見を繰り返し聞かされてきた。

よって、最初に述べた通り、食傷していたのである。昨日(6月23日)、BSプレミアムで放送された「アナザーストーリーズ」も、またかという感じで勝手に“ながら見”を決め込んでいた。「アナザーストーリーズ」は、当たりとハズレの落差が大きいからだ。番組は3部構成されていた。

◇第一部 永野会長 刺殺の真相
・西村秀樹さん(元毎日放送報道局記者)
・吉川譲さん(元写真週刊誌「FOCUS」カメラマン)
◇第二部 “怪物”はなぜ生まれたのか
・吉岡忍さん(ノンフィクション作家)
◇第三部 被害者の金を取り戻せ
・三木俊博さん(弁護士)

第二部ではノンフィクション作家・吉岡忍さんから、事件直後より永野一男の足跡を追った経緯が語られる。いかにして、永野一男が豊田商事永野会長となっていったのか。先述の通り、豊田商事のことは様々なカタチで取り上げられてきたが、永野視点のものはあまり見たことがなかったため興味深いものがあった。

第三部では、担当弁護士であった三木俊博さんから、様々なところに掛け合った苦労や、被害者の会の運動(国税局前の街頭活動など)が語られる。このあたりは、「プロジェクトX」をはじめ、中坊公平さん関連のドキュメンタリー番組でよく取り上げられてきた。ただ、改めて感じたことは中坊さんが持つ、揺るぎない信念の強さである。

番組では国税局との話が一例として取り上げられていた。以前観た番組では、豊田商事がテナントに入っていたビルの管理会社、電力会社、電話会社などにも返金要請が及んでいたという話であったと記憶している。「人を騙して悪いことをして儲けた金」というのが中坊さんの一環した主張である。非常にタフな交渉力が必要となることは想像に難くない。

今回最も印象的であり、また時間が割かれていたのが第一部である。刺殺事件は、永野会長のマンション前にマスコミが詰めかけている、衆人環視の中で犯行がなされた。劇場型とも言われ、黒幕説も色々と囁かれた。先述した食傷しているのは、まさにこの辺りの話である。

事件の後、メディアは大いに批判された。最近は少し行きすぎた批判が逆に問題視されることもあるが、この批判に関してはもっともだと思う。ただ、未だメディアスクラムという言葉が根付いていなかった時代のことでもある。

吉川譲さんは「当時のカバンとか、当時の服とかジャケットも、30数年前のをそのまま着てきました」と少しおどけた感じにも見て取れる感じで登場した。ただ、一種のパフォーマンスだったのか、自らを鼓舞するためであったのか、事件の話になると終始苦悩の表情を浮かべていた。

西村秀樹さんは眉間にしわを寄せ、終始苦悶の表情で語っていた。幾度となく自問自答を繰り返したのだと思われる。ひねり出すように語られる言葉には、ズシリと響くものがある。同じメディアの世界で生きるインタビューアーとの間に流れる緊張感。ヒリつく感じが画面越しも伝わってくる。

特にいちびりに来たという話にリアリティがあった。つまり、犯人は本気ではないと考えていたとのこと。実際、戦後最悪の人質事件と言われる「三菱銀行人質事件」においても、義憤に駆られたカタギらしからぬ人間が、警察に詰め寄ったという話もある。

西村さんは1つ隣の人へ110番要請をしたことも語っていた。実行犯を警察に引き渡す任も西村さんが担わなくてはならない状況となり、

「おまわりさん、この人や」
「逮捕せいよ」
「はよ せいよ」

と、緊張感と少し違和感のある関西弁で警察に訴えかけている。すると実行犯は

「お前やいやい言うなや。俺もちゃんと○▼※△☆してるやろ」

と言い放つやいなや、西村さんの顔面をはたいた上、耳を引っ張るなどの暴行に及んでいる。現場に響く様々な怒号を含め、一見の価値ありの非常にスリリングな映像である。実行犯からすれば、まさに“何いちびっとんねん”という話だったのであろう。

つまり、西村さんも出来ることはやっていた。西村さん以外にも、ドアを開けて助けようとする人もいたとのこと。決して黙って見過ごしていた訳ではない。ただ、結果として衆人環視の下で殺人が行われたことは間違いなく、無過失だとは言い難いことも事実である。

吉川さんも西村さんも、もっと色々なことを語っていたと思う。完全版を見てみたい。最近、リサーチが不十分なためか、ドキュメンタリー番組でもヌルいインタビューが散見される。こういった、ヒリヒリ感のあるインタビューは見応えがある。

このnoteはブックレビューをメインコンテンツにしたいと考えている。“なぜ、本を読むのか”と問われれば、それは、新しい発見や価値観と出会うためである。自らの常識の枠外にあるものを希求していると言ってもよい。ただ、日常生活では、ある程度、常識の枠を設けていないと生きづらいことも事実である。

常識の想定内を期待して日々の生活を送っている。ただ、あまりに想定外のことが実際に目の前で起こると反駁する気持ちよりも、思考停止が起こったり、身体がこわばってしまうことがある。それが、現場にいたマスコミの人たちにも起こっていたのではなかろうか。

これは誰にでも起こり得ることで、まさに豊田商事の詐欺もそうであろう。オレオレ詐欺、カルト宗教、ブラック企業などに通底している問題なのだろうと改めて思う。

BSプレミアム7月2日 午前8:00 ~ 午前9:00に再放送される予定となっている。興味のある方は是非!!


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