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◆ 話のネタ ◆ No.11 『やってはいけない? 還暦同期会』

 5年前、還暦を迎え中学の同期会を8月に地元のホテルで開催しました。 卒業以来、本格的な同期会は、50歳の時に開催し、恩師も招き大いに盛り上がりました。 その時『10年後の還暦に、みんなで集まろう!』ということで、還暦同期会を開催したのですが、『もう2度と同期会は、開いてはいけない!!』と、心に強く決意することになりました。
 
 当時人口20万人の市で一番大きな中学校、1学年8クラスあり330人位でした。50歳の時は、名簿作りから実施し、非常に困難を極めましたが、同期150人と恩師7名の参加となり大いに盛り上がりました。
 
 それに比べ、還暦同期会の案内をしてからの出席回答は、集中豪雨でJR線も不通となっており非常に悪く当初は、30名程度でした。 今回は、恩師もほとんど鬼籍に入られましたので、生徒だけの同期会でした。
 
 集まりが悪いので、幹事ではなかったのですが、地元を離れている私も50件程度、電話して勧誘しました。 その中で、50歳の時と比べ還暦同期会に参加できるということは、大変幸せだということが分かりました。 
電話をすると本当は、参加したいが、体調が悪く参加できない、親の介護があり無理、お盆も仕事、夜間勤務で日中は仮眠中、等々で、50歳の時には聞かれなかった理由が沢山あり、参加できることが、いかに幸せかということを痛感しました。
 
 なんとか皆で頑張って、80人を集め幹事が企画して同期会が開催されることになりました。 私達の中学は、何故か運動会で中3だけが、男女でフォークダンスを踊ることになっており、めちゃくちゃ恥ずかしい思いをして、女子と手をつなぎ、照れ隠しの為オーバーアクションでフォークダンスをした記憶がありました。 それを、な、なんと!幹事の悪乗りで、還暦同期会で、フォークダンスを踊ることになったのです!
 
 ホテルで、15時開催でしたが、幹事や手伝いの私は、13時に集合して会場設営・受付準備をしていました。 14時から、幹事全員と会を仕切っている女性のTさんの指導のもとに、フォークダンスの練習をして、本番に備えることになっていました。
 
 会場は、最寄りのJR駅から距離がありホテルが、マイクロバスを往復させて参加者を運んでくれることになっていました。 ちょうど14時に第1便のマイクロバスがホテルに到着して、参加者が順番に降りてくるのを、Tさんは出迎えに行っていました。 
 
 順番に懐かしい顔が下りてくる中で、超巨体となっていたM君が、バスのステップを何故か後ろ向きに降りて来て、足を滑らせ、慌てて握り棒をつかもうとして失敗、そのままバスのステップから後ろ向きに倒れ、歩道の縁石に後頭部を強打してしまいました。
 
『ゴ~ン!』 みんな、びっくりしてM君を助け起こしたのですが、後頭部から大量出血、即、救急車となり、Tさんが、救急車に乗って、血だらけのM君を病院に連れて行きました。
 
 その事を幹事とともに知り、私もビックリしたのですが、「そうや、Tさんがいなくなったけど、フォークダンスの練習をしとかんといけんのじゃないんか?」と私が、言うと、女性幹事のCさんが、「大丈夫よね! みんな覚えとるわいね!」と言い放ったので幹事手伝いの私としては、それ以上なにも言えませんでした。
 
 15時の開始時間には、Tさんは、戻って来れました。 M君の様子は、頭にグルングルンにターバンのように包帯を巻かれ、レントゲン他、脳の検査をされ、M君は、「絶対、還暦同期会に行く!」 「何言ってるんや、頭強打しとるから、今日は入院して経過観察!」と医者にこっぴどく叱られ、そのまま入院となったのでした。
 
 同期会は、予定どおり始まりメインイベントのフォークダンス
”オクラフォマミキサー” の曲がかかり、2列になり輪になって、男女向かい合って、手を握ることもままならず、右回りか? 左回りか? どのタイミングで1人づつどちらに移動するのか? 45年後の少年、少女には、分かるはずもなく、はるか昔に聞いたことがある陽気な曲が流れる中で、ただただ、ひたすらオロオロしつづけ、10分踊るはずが、3分間 前にも後ろにも進まないジジ、ババの集団・・・そのまま終了となってしまった。
 「もぅ、Cさん、昔からaboutな性格だったが、45年経っても一緒じゃった、残念!」
 
 その後、同じ会場で、2次会があり10年前の幹事が個人で当時の同期会の30分のDVDを作成しておりそれを見て、みんなで大いに盛り上がりました。
 
 18時となり、2次会も閉会、その後、幹事が繁華街にあるスナックを貸し切っており35人位が参加して、カラオケ大会となった。 そこでも、めちゃくちゃ盛り上がり、Tさんをはじめ女性の幹事は、水割りを作ったりで、ひたすら接待役をつとめていました。
 
 22時となり、3次回のスナックもお開きとなり還暦同期会は、終了したのでした。 私は、3Fのスナックから階段で降りて、歩道で他の人が出てくるのを待っていたのですが、みんな酔っ払っていて随分出てくるのに時間がかかっていたので、幹事に挨拶してタクシーで実家に帰りました。
 
 その後、Tさんを始め幹事は最後まで接待役で、ほとんど飲まず食わずの状況だったので、みんなでラーメンを食べに行こうということになり、他の幹事が少し離れた歩道でTさんを待っていたそうです。
 
 「Tさん、来ないなぁ~」と言いながら待っていた時、救急車がサイレンを鳴らしながら猛スピードで通り抜けて行ったのでした。 そして、Tさんは、来なかったのです。
 
 後で、分かったのですが、Tさんがスナック前の歩道で、最後の参加者が階段を下りてくるのを待っていたところ、しこたま酔っぱらったO君が下りて来て、フラフラしながら歩道に立ったそうです。 そして次の瞬間、顔面からそのまま手もつかず道路に頭突をするがごとく倒れ、『ゴ~ン!』という音がして、O君の額が割れ顔中血だらけとなり、Tさんは、本日2回目の救急車同乗、昼間とおなじ病院に向かったのでした!
 
 幸い、M君もO君も大事には至りませんでした。
 
 みんなは、「今度は、70歳になったらまた同期会をしょうね!」と言っていますが、声を大にして「絶対、やったらダメ! 今度は、何人も死人が出るぞ!!」と私は、言い続けています。

 後日、Tさんに電話して「本当に、最初から、最後まで、大変じゃったねぇ! えらい目にあったね!」と慰めると、「ううん、私の事は、何でもないのよ、あれはね、M君とO君がみんなの厄をとってくれたのよ!!」 「・・・なんとポジティブ、素晴らしい!!」と感激しました。
 
◆ 65歳になった今年、なんと9月に同期会が開催されることになり現在、着々と準備中とのこと・・・・私は、参加しませんが、神様、どうか、無事に実施できますように・・・・・

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