原ふたお

仕事を定年退職後、第二の人生として芸術大学の通信教育を受け卒業しました。退職後に本を書…

原ふたお

仕事を定年退職後、第二の人生として芸術大学の通信教育を受け卒業しました。退職後に本を書き、これまで著作は『人の世の物語』と『ブロンズの母』があり、さらに『孫のおあいて』が近く発刊の予定です。noteでは、いずれ今構想している時代小説を書いてみたいと思っています。

最近の記事

【連載小説】バックミラーの残影 5の2

            残影の3(後編)  翌年になって、橙太は、仕事のほうもようやく慣れてきて、何とか一人でこなせるようになった。文書作りは、相変わらずあまり上達はしなかったけど、関係合議先を回っていくうちに適当な訂正が入り、決済時には何とかまともな文書に仕上がっており、ほっと胸をなでおろしたことが何度かあった。  そんな訳で、仕事は何とか回りだしたのだが、何しろ机に座っての時間が多いことから、どうしても運動不足という問題が生じた。宿舎は、食事付きの独身寮に入れてもらって

    • 【連載小説】バックミラーの残影 5の1

                                                  残影の3(前編)  訓練所の訓練を終えて、郵便局に復帰したその一年後に、橙太には、管理部門の仙台郵務管理局への勤務希望はないかの打診が届いた。 「お父さん。仙台の郵務管理局で仕事しないかとの打診が来ているんだけど、行ってだめですか」  桜があちこちで美しく咲いている四月中旬に、仕事から帰ってきて、夕食を食べた後、橙太は、囲炉裏であぐらをかいてキセルをすぱすぱ吸って煙を吐いている父親の

      • 【連載小説】バックミラーの残影 4

                      残影の2  大阪から帰ってきた翌月の四月から、橙太は、新社会人となって郵便局に通い始めた。一週間程度、仕事のやり方の机上訓練を受け、その後、郵便窓口につき、実地の訓練を受けながら、独り立ちを目指した。とにかく、何もかも新しい経験で、しどろもどろの日が続いた。  進学できなかったという心の傷は消えた訳ではないが、当面は、新しい環境に慣れるのが精いっぱいで、そんなところではなかった。それでも仕事ができるようになり、心に余裕が出てくると、その無念さがじ

        • 【連載小説】バックミラーの残影 3

                        残影の1  今から六十年余り前に、橙太は、山形県庄内地方のある村に家族六人と暮らしていた。あまりにも遠い昔のことで記憶も曖昧なところがあるが、家族の構成は、両親と姉と妹、それに弟二人の七人だった。当時は、どの家庭でも子沢山で大家族が一般的となっていた。  この地方は、日本有数の米の生産地で、どの農家も田んぼで働く多くの人手を必要としていた。農作業は、人力に頼るところが大で、特に春の田植え期と秋の収穫期は、猫の手を借りたいほどの繁忙を極めた。非農家

        【連載小説】バックミラーの残影 5の2

          【連載小説】バックミラーの残影 2

                      見えない道程  退院してからしばらくの間は、澄子は、ベットに寝たきりの状態で、夜中も橙太と息子の雅之がベットの近くに寝て様子を見守った。家で暮らすようになって二日三日は、澄子も家に戻った安心感からか穏やかな状態だったが、そのあとは次第に自我をあからさまに表すようになっていった。  病院の先生からは、認知の状態が幾分低下していると言われていたが、確かに、今日は何日で曜日はというようなところで、分からなくなることが散見された。ちょっとした物忘れとは違うよ

          【連載小説】バックミラーの残影 2

          【連載小説】バックミラーの残影 

                     ラストチャレンジ  人には誰にも、大小の違いはあるものの、心にぽっかり空洞が開いているように思えてならない。その空洞には、軽重があり人によって色々だが、広くても軽かったり、狭くとも重かったりする。空洞ができた原因はというと、数え上げればきりがないのだが、卑近な例でいえば、大学受験に落ちて志望校は諦めたとか、希望のところに就職できなかったとか、詐欺にあって親子代々の財産を無くしたとか、はたまた失恋したとか、友人に裏切られたとかで、これらは、ほとんどが自己

          【連載小説】バックミラーの残影 

          【短編小説】目明かし丹治の捕物帖 3

                       救いの神  雨の季節が過ぎて、本格的な夏が来た。朝から灼熱の太陽が照りつけ、昼過ぎには真上に来て、四方に熱気を放射する。遠い西の空には入道雲が湧き立ち始めたが、雨になるかは分からない。街中を縦横に結ぶ道路は乾ききって、時折吹き渡る風に砂ぼこりが舞う。  ここ仙台城下の米問屋まんぷくの主、佐平治は昼飯の後、奥の居室に横になり、団扇でじっとりと汗のにじみ出る顔を煽いでいた。縁側から見える小さな池には水が張られ、金魚が泳いでいる。その周りには形の良い庭

          【短編小説】目明かし丹治の捕物帖 3

          【短編小説】目明かし丹治の捕物帖 2

                      おあしは回る  初夏のさわやかなそよ風が吹き付け、屋敷森の淡い緑色の若葉がカサコソと微風に揺れている。仙台城下の北側にある村の肝煎(名主)、太次郎の館でも田植えが終わり、ほっとした空気が漂っていた。空は青く、所々に白い雲がたなびき、周りの田んぼには、一面に水が張られ、植えたばかりの稲の苗が整然とどこまでも続いていた。  この日の昼過ぎ、肝煎館の奥の間で、娘、お鈴が着る結婚衣装の品定めが行われていた。仙台城下の反物屋、きさらずの主、藤七が手代の菊三に

          【短編小説】目明かし丹治の捕物帖 2

          【短編小説】目明かし丹治の捕物帖                                    

                      酒樽は笑う  梅雨時になって、毎日、しとしとと雨が降り続き妙に暑苦しくうっとうしい。時には激しく降ることもあり、仙台城下を流れる広瀬川は、いつもよりは水かさが増し濁っていた。今日は梅雨の晴れ間で、時々日も差し、どこの家の庭先にも洗濯物が干され風に揺れていた。時は江戸時代、五代将軍綱吉の治世で、仙台は四代藩主綱村が治めていた。  この日の朝早く、仙台の酒問屋さえもんの手代、駒吉が酒樽二つを積んだ荷車を丁稚の音松にひかせ、お城に向かっていた。橋を渡るた

          【短編小説】目明かし丹治の捕物帖                                    

          風の吹くまま、気の向きままに 9 (自著『学園の事件簿』から)

           創作大賞に応募しようと思って、ミステリーと思しき短編の七作目を書き終えました。この辺で区切りをつけようと私なりに評価反省をしてみました。大まかに分類すると、学園の美術品の亡失、損壊事件が『家族のきおく』と『消えた名画』の二作で、生徒の所有物に絡むものが『秘密のペンダント』と『私が本当のゆりえ』の二作です。後の三作は生徒の行為にかかわるもので『ボールのゆくえ』と『先生たち江戸を走る』それに『にんぎょの海』です。   事件については、学園ということもあるので大それた犯罪とはし

          風の吹くまま、気の向きままに 9 (自著『学園の事件簿』から)

          「短編小説」学園の事件簿 第7話

          第7話       にんぎょの海 あらすじ 仙台にある私立高校の二年生が沖縄に修学旅行に出かけた。初日にひめゆりの塔を見学したが、翌朝早く一人の女子生徒が宿から失踪した。家族にも連絡し、少ない手がかりから見当をつけ、指導教員と担任が生徒を探すため、人魚像のある東海岸の村に向かった。その挙句、明らかとなる女子生徒の境遇と悲哀。 本文  沖縄の海は、群青の大空の下で、透明で淡い薄色のブルーが一面に広がり、岸辺では、海底の薄茶色が丸見えの無色の水となり、強い太陽の光の下で目に

          「短編小説」学園の事件簿 第7話

          「短編小説」学園の事件簿 第6話

          第6話     先生たち江戸を走る —三毛猫の慕情— あらすじ 仙台の私立高校二年の男子生徒が、逃げる三毛の飼い猫を追うと、猫は稲荷神社の境内で消え、生徒も消えて、江戸にスリップした。そこで大店の娘の誘拐事件に巻き込まれ、現世から高校の指導教員と担任の応援を求め、娘を救いだした。その中で昔と今をつなぐ生徒と娘の因縁が明らかとなる。 本文  六月になって雨が降った。雨は降ったが涼しくならず、高温多湿の中で、竹本成久は寝不足気味で学校に登校した。仙台の私立高校で二年生となっ

          「短編小説」学園の事件簿 第6話

          【短編小説】学園の事件簿 第5話

          第5話         本当は私がゆりえ       あらすじ 仙台の私立高校で、女子生徒が公園に置き忘れのブローチを持ち帰り交番に届けるが、その日からブローチの悪夢に襲われる。指導教員と担任が、持主の他校生徒の母親から事情を聴くと、その生徒も悪夢に苦しみ、ブローチは女子生徒にあげるという。終にブローチに潜む奇妙な話が明らかになる。 本文  月日の経つのは早いもので、今年も五月中旬になった。さわやかな五月のはずが、薫風とは夢物語なのか、早くも真夏の到来のようで、二十度を

          【短編小説】学園の事件簿 第5話

          【短編小説】学園の事件簿 第4話

          第4話        ボールのゆくえ あらすじ 仙台の私立高校で、野球部の部員同士の練習試合中に死球事故が発生した。控え組の投手がバッターに立ったエースの投手に球を当てたのだ。わざととの噂もある中、調査を進めると、横暴なエースピッチャーへの部員たちの怨恨の情が明らかになっていく。 本文  今年は九月になっても暑さがだらだらと続き、一向に秋風が吹いてこない。まるで季節を忘れたように太陽はギラギラ輝き、体中に汗が噴き出て、体内から途切れることなく水分を空中に拡散する。田沖浩

          【短編小説】学園の事件簿 第4話

          風の吹くまま、気の向くままに 8  (志賀直哉『清兵衛と瓢箪』から) 

           小説の神様と言われた明治生まれの作家、志賀直哉が大正元年に発表した短編です。話の筋はシンプルで、小学生の清兵衛が勉強そっちのけで瓢箪づくりに現を抜かす物語ですが、つくるといっても栽培ではなく、器をつくる話です。  それは中途半端な凝りようではなく、とにかく本物で、生の瓢箪の口を切り、中身を抜き、栓をつけ、磨き上げとすべてを一人でやり遂げてしまうのです。学校から帰ってきても、他の子供たちと遊びもせず、そのことだけへの熱中でした。   この尋常でない子供の所業に父親は、苦々

          風の吹くまま、気の向くままに 8  (志賀直哉『清兵衛と瓢箪』から) 

          【短編小説】学園の事件簿

          第1話      家族のきおく あらすじ 仙台の私立高校で、図書室の置物が壊された。男子生徒一人と女子生徒二人 が壊したと名乗り出た。指導教員と担任が三人から事情聴取したが誰が壊したか判じかねた。そんな中、置物は模造品との話が出て、美術の先生も加わっての本物探しとなり、十三年前の大津波で両親を波にさらわれた女子生徒とからむ悲話の真相が明らかになる。 本文  四月になったと思ったら、もう十日が過ぎてしまった。この月は寒暖の差が激しく、一日ごとに十度の差がある日もあった。六

          【短編小説】学園の事件簿