「ブレイクスルー・ハウンド」119

●    ● ●

 外資系企業の、存在しない階数の地下にその執務室は存在する。一般人が踏み入ることは今回を除いて絶対にない部屋だ。その奥、高級木材製の執務机を前に、部屋の主であるダリルが腰かけていた。
 彼は血相を変えていた。ダリルはここまで状況を見守り、あるいは干渉してきたCIAの工作担当官(ケースオフィサー)だ。歴戦の猛者として知られ、組織内における生き字引と現場の者には尊敬の念を寄せられている。
 鷲鼻に鋭いまなざし、巨躯ではなにが長身で衰えることなく引き締まった体を維持していた。
「連中は人間兵器を使う気か」
 いえ、と電話の向こうから分析官が興奮をなんとか抑えながら応じる。
 彼らは人的情報源(ヒューミント)、通信情報(シギント)などによって祐たち攘夷機関白虎隊の“兵器”が国内のローンウルフ型のテロリストの組織化にあると掌握していた。。物(ブツ)など存在しない、欺瞞(フェイク)に過ぎないとということも。あるのはリストだ。これを元に符丁を送れば、リストにいる人物たちがテロを開始するという寸法だ。つまり、人間こそが生物兵器として扱われるのだ。それでとりあえずの仮称として、これを人間兵器と名づけていた
「そうか、交渉のカードとして使う肚づもりか」
「しかし、キロ(北朝鮮)と連中は手を切ったんだろうが」
「連中は無法者の集まり、クライアントは誰でも」
 そうか、とダリルはひとつの国の名を脳裏に思い浮かべた。
「キロとなぜ手を切ったかと思っていたが、よりいい商売相手を見つけたからか。考えれば当然の理だな」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?