【タル空】ひとつまみの悪戯

タルタリヤと箸の練習をする空くんのお話です。

同時に、練習と称して普段やられっぱなしなのでそのお返し的な意味で料理を振る舞う空くんのお話でもあります←

・タルタリヤの箸の扱いに関しては、弊ワット設定全開
・空くん乙女度マシマシ&猫舌設定
・ファデュイの使節事情や璃月料理などに自己解釈あり

参考資料
・鍾離先生のエピソード動画
【原神】エピソード 鍾離「想定外の支出」
箸に戸惑うタルタリヤのシーン

・魔神任務 璃月編の瑠璃亭を離れる前のタルタリヤの箸の練習シーン


食べ物の好き嫌いは誰にだってある。
これは至極当然のことだ。

また、好き嫌いに限らず、体質的に受け付けない食べ物がある者、やむを得ない事情によって一部の食べ物を食べない、もしくは食べられない者だっている。

そんな時、仲間への思いやりに満ち溢れる空は、食べ物を振る舞う時に様々な工夫を施すのだ。

ある時は、体質的に受け付けない食べ物を使わない料理を出したり。
またある時は、全く別の料理を出す、あるいは味に工夫をしたり…。

そうした気遣いも含めて、空は料理上手、という評価を仲間達や周囲の人々から貰っている。


しかし、それが食べ物以外にまつわることが原因となって、食べられないのだとしたら?


場合にもよるが、それに該当するであろう人物に対しては、空はこんな行動を取ることにしている。


塵歌壺内の邸宅のリビングにて。


テーブルにずらりと並ぶのは、璃月料理の数々である。

椒椒鶏にピリ辛蒸し饅頭、山辛の麺や黒背スズキの唐辛子煮込みなど璃月特有の香辛料を効かせた料理が、美味しそうな匂いを漂わせている。

「………。」

そんな芳しい湯気を立ち込めながら並べられている料理を、椅子に座って苦々しい表情で見つめるメッシュの入った柔らかな茶髪に存在感ある仮面が特徴的な青年が居た。本来であれば、その美味しそうな見た目と匂いにつられて料理を見れば笑顔を浮かべるものである。だが、青年にとっては料理そのものではなく"あるもの"が視界に映っていることによって、青年の普段はにこやかな笑みを浮かべているであろう表情を硬くさせているのだ。

「どうしたんだ? タルタリヤが俺の料理を食べてみたい、って言うから腕を振るったんだぞ。」

そんな何とも言えない表情をしている青年…、もといタルタリヤに向けて声を発したのは、テーブルの向かいにある椅子に座る長い金髪を三つ編みにした少年であった。少年…、空は箸を持って今にも料理を食べ出しそうな構えをしながら、再度彼に呼びかけた。

「うん。嬉しいよ。嬉しいんだけどね…。」

「けど、なんだ?」

空の言葉に顔を上げたタルタリヤは、困ったような笑みを浮かべている。苦笑いに似て非なるそれは、彼の胸中に渦巻く複雑な気持ちを表していることが何となく推測できた。そんなタルタリヤが戸惑いながら発した言葉、その続きを待った。

そうして、紡がれた言葉は…


「空…。

せめて、箸を使わないで、食べられる料理は無いのかな…。」


タルタリヤが苦々しい表情で見つめていたもの…。

それは箸である。

その視界に映る箸と並べられた料理。それぞれを交互に見つめた後、様子を伺うように空を見た。その表情は、ますます困惑したものとなっていた。

「何言ってるんだ? お前が箸の練習をしたい、って言うから用意したんだぞ?」

空が言うように、今こうしてテーブルに料理が並べられているのにも、タルタリヤが困惑しているのにも、理由があった。


それは、タルタリヤの箸の練習の為である。


彼の出身であるスネージナヤでは、銀世界が日常の基盤となっている。その為、ボルシチなどといった身体の芯から暖まる料理が日常的に出ることが多い。当然ながら、スプーンやフォークを使うことが基本だ。

だからこそ、璃月に来てから箸を使う料理ばかりで大層驚いた、ということを前に話で聞いていたことがあった。それを聞いた空は、少しばかり同情の気持ちを抱いた。

璃月料理は、基本的には箸を使うことが多い。無論、箸を使わずに食べられる璃月料理もある。だが、スネージナヤな使節の役割を担うことがごく稀にある、というタルタリヤの言葉から察するに、仕事の関係上、会食の機会が多いはずだ。

そうなってくると、また話は違ってくる。箸を使えない、というのは相手の信頼を損なう可能性もおおいにある。だからこそタルタリヤからしてみれば何としても克服したいことなのだろう。

そこで、箸の練習に付き合って欲しい、と頼まれたので、料理の練習がてら、こうして振る舞っているのだ。

(確かに、瑠璃亭に来た時も箸の練習をしていたな…)

思い出すのは、鍾離を紹介された時のことであった。

その時の場所は瑠璃亭で、話をしている最中、料理を振る舞われたりもした。そして、話が終わってから、空は鍾離と共に席を立ったが、その時、タルタリヤはその場に残って箸の練習をしていた。あの時も箸に苦戦していたが、どうやらまだまだ練習が必要なようだ。

(ファデュイの執行官が箸が苦手だなんて…)

タルタリヤは、執行官としての実力を充分兼ね備えている人物だ。1番苦手な弓を用いながらも、水元素を纏った槍で以って敵を制圧する。その最中も物凄く楽しんでいるほどの戦闘狂である。そんな彼との実力差は、空も痛感していることだ。

それなのに、そんなタルタリヤの意外な弱点が、まさか日常的に使う箸であるとは…。

そのことを知った今でも、驚きを隠せないほどである。

「そうだけどね…。いきなり箸を使う料理だけなのは、流石に…。」

まだ困惑を滲ませるその声色で言葉を紡いだタルタリヤの言うことも尤もである。何しろ空が作った璃月料理は、箸を使わないと食べられない料理を中心としたもので、箸以外にスプーンやフォークなどの食器も用意されていない。

空の配慮により使節中での会食を想定した上で作られたそれは、まさにタルタリヤの箸の練習にもってこいの状態である。しかし、それが、タルタリヤにとっては少々厳しく感じたようだ。

「何事も練習あるのみだ!! ほら、早く食べないとタルタリヤの分まで食べるぞ?」
ヒョイパクッ
ヒョイパクッ

そんな戸惑ってためらう様子を見せるタルタリヤを急かすように、空はどんどん料理を箸で摘んで次々と食べていく。

「あっ!! ちょ、早ぁっ!!?? 空、箸の扱い上手すぎない!?」

もぐもぐ
ゴクン
「慣れっこだからな。」

「流石だね…。」

少しずつだが量を減らしていく料理に、空の箸の手馴れっぷり、それらを見せられて圧倒されたタルタリヤは驚きの声を上げた。その反応に、食べ物を飲み込んでから空が何でもないように答えたので、タルタリヤは感心半分と困惑半分の色を滲ませた声を出すのだった。

テイワット大陸に来るまでに訪れた世界で、様々な食器を時に器用に扱い、時に練習を積み重ねてきた空にとっては、箸の使い方など造作もないのだ。

「ほら、早く食べないと冷めるぞ?」

「うぅ。分かったよ。」
スッ
プルプルプル

(危なっかしい手つきだな…)

覚悟を決めたのか、とうとう箸を手に持ってタルタリヤは料理に狙いを絞るように構える。その手があまりにも震えているので、空は心配そうに見つめる。少々スパルタ気味に畳み掛けてしまったのは、そうでもしないと料理に手をつけようとしないのではないか、と気が急ってしまったのもあった。

元々は、練習に付き合って欲しい、と言われると同時に、空の手料理を一度でいいからいっぱい食べたい!というタルタリヤの要望を通した結果であった。

最初は恥ずかしいことを言うな、とぶっきらぼうに答えてしまっていたが、料理を準備している時は、食べてくれたらどんな反応をしてくれるだろうか、とか、いつも新月軒や瑠璃亭のような高級料理などを食べていそうな印象だったから、自分が作った平凡な料理(と空は思っているが、充分プロレベルの味の料理である)は口に合わないのではないか…。そんな何だか不思議とそわそわした気持ちで作っていた。しかし…

(箸ひとつでこんなに反応が違うなんて…)

料理を見て嬉しそうな表情をしたのは一瞬で、箸を見た瞬間、タルタリヤの表情は一気に強張ったものになった。そんな刹那に起きた表情の変化、それが目に焼き付いて離れない。

それほどまでに苦手なのか、と思うと同時に、料理を食べるのを戸惑わせるだけでなくタルタリヤを苦戦させる箸に些か腹が立ってくるような気がしてならない。だが…

(でも、困っているタルタリヤ…、何だろう…)


震える手。

いつもの余裕さが無くて、焦る表情。

頰に掻く汗と真剣そうに料理を見つめるアンバランスさ。


そんなタルタリヤの状態を作り出している元凶とも言える箸を持つ姿を見ていると、何だか、無性に…


(見ていて何だか気分が晴れるな!)


そう思わざるを得ないのだった。

それは、腹立たしいと思っていた箸のことさえ気にかけなくなるほどのものであった。

いつも余裕そうに笑うタルタリヤとは一味違う様子に、空は心配する以上に湧き上がってくるどこか高揚感がある名も無き感情にうずうずしていた(恐らくそれは嗜虐心と呼ばれるものであろうが、今の空には、高揚感による気持ちに支配されてそれを気付かない)。

タルタリヤの箸の練習…。

それは目的の大半の理由である。

その僅かに残ったうちの理由、それはいつもからかわれたり悪戯されたりとやられっぱなしなので、その報復も兼ねているのだ。

流石にやりすぎただろうか…、と少し罪悪感を抱いていた空であるが、今のタルタリヤの様子を見ているうちに、その気持ちも吹っ飛んでしまった。

(それに、料理も食べてもらえ…、って何考えているんだ俺は!!)
ブンブンブン
パクッ

そんな高揚感に酔いしれながらも頭に浮かんだ考えを振り払うように、素早く首を横に振った後、再度料理に(タルタリヤの分を残すようにしながら)控えめに手をつけるのであった。


(折角、空が作ってくれたのに…)
プルプルプル
ポトッ

その一方で、タルタリヤは震える手で箸を持って、ゆっくりと料理を掴んで恐る恐る口に運ぼうとしていた。だが、失敗して皿に落としてしまう、その一連の動作を繰り返し行っていた。その度に、大変もどかしい気持ちを味わっていた。

しかし、味わいたいのは空の作った料理である。

料理上手な空の料理を本格的に味わうのは、タルタリヤにとってこれが初めてのことだ。頼んだ時は、ぶっきらぼうにしていた空であるが、断らずにこうしてきちんと作ってくれることが、空の優しさを現していた。


そんな空の作っ料理を食べたい。

だけど、箸に対する苦手意識。

それと合わさった箸を持つことに慣れていない手つき、それによる手の震え。


ツルッ
(あっ…)
ポトッ

気持ちと行動が伴っていない、一種のジレンマがより一層タルタリヤを焦らせる。そして、それによって折角摘んだ食べ物も、またしても皿に逆戻りする、という悪循環に陥っていた。そのせいで、タルタリヤはまだ少ししか空の作った料理を口にしていないのだった。

(空、箸の使い方上手いな、……あれ?)

箸と格闘しながら、ふと、空が箸で器用に食べ物を摘んでいるのを見た。改めて、箸の使い方の手馴れっぷりに再度感心していたその時、タルタリヤはある違和感に気付いた。

(空、全然食べてないな…)

先程、タルタリヤを急かした時の勢いと比べて、空の食べるスペースが大分ゆっくりになっているのだ。それも湯気がたっていない少々冷めた料理を口にしている。

ピーンッ!
(そうだ!!)
ガタッ

それを見たタルタリヤは、頭の中に何かが閃くのと同時に椅子から立ち上がった。


「ん? どうしたんだよ??」

ガタッ
「何でも無いよ。そうだ、これあげるよ」
スッ

椅子から立ち上がったタルタリヤは、空の左隣の椅子に座った。その顔は、先程の戸惑っていた表情から一変して、いつもの余裕そうに笑う表情になっていた。席を移動したことに疑問符を浮かべていた空は、その表情の変化に気付いて戸惑ってしまう。まるで、先程のタルタリヤとの立場が入れ替わったようだ。

そして、タルタリヤは、ピリ辛蒸し饅頭を箸に挟んで空に近付ける。

ビクッ
(や、やばい…!)
「え、いいよ。食べろよ。」

「遠慮しないで、ホラ。」
スィッ

「むぐっ?!」

危機を感じて身体を揺らした空は、断ろうとするが、タルタリヤの素早い動きによって口の中に熱々のピリ辛蒸し饅頭が詰め込まれてしまう。中に具材が詰め込まれて熱さが閉じ込められている分、中々冷めにくい食べ物だ。

もぐもぐ
(な、なかなか上手くできた、はずだけど…)

味と出来栄えを再確認する空であるが、それ以上に深刻なことが起きている最中なので、早く飲み込めるように必死に口を動かす。

「……。」

ゴクン
「どうしたんだよ? 箸を見つめて。」

何とか飲み込んだ空は、驚いたように深い青の瞳を見開いて箸を見るタルタリヤに尋ねた。すると…

「空……、


いい練習法を思いついたかもしれない…!!!」
ニコニコ

何かを思いついたらしいタルタリヤは、それはそれはとてもいい笑顔を浮かべていた。

「な、何だよ…。」

その笑顔に何か嫌な予感を感じて、空は恐る恐る尋ねた。そして…


スッ
「俺が、空に、食べ物を食べさせれば、箸のいい練習になる!!」
ポン
グッ!


「なっ?!」

タルタリヤはとんでもない提案をした。ご丁寧に、箸を置いて自身を指差してから、空の肩に手を置いて、反対の手でグッドポーズをする。その仕草は、まるで"このアイディア、画期的じゃない?"と得意気にしているようだった。

「そうすれば、空は料理を食べられて、俺は箸を練習できる…。まさに一石二鳥だ!!」

グイッ
「いや、俺は別に食べたいわけじゃ…。」

嬉々として喋るタルタリヤに、肩に置かれた手をどけながら、空はしどろもどろに答えた。

「駄目、かな?」

「う…。」

「今までで一番効果が出そうな練習法だと思ったんだけど…。」
シュン

「うぅ…。」

空が乗り気ではない返事をしたことによって、タルタリヤは眉を下げて声のトーンを落とした。項垂れるその姿は、まるで叱られた大型犬が落ち込む姿を彷彿とさせる。心なしか、力無く垂れる耳やしっぽの幻覚が見える、ような気がする。その珍しく落ち込む姿に、どうやら本気で箸を使えるようになりたいようだ。


そんな彼の意欲を削ぐのはよくない。

何よりそれでは今回の箸の練習に関して、本末転倒になってしまう…。


そう考えた空は…、

「わ、分かったよ…。」

パァッ
「ありがとう! 空!!」

渋々ながら返事をした。それに、勢いよく顔を上げたタルタリヤは、輝くような笑顔を浮かべてお礼の言葉を紡いだ(その時、今度はしっぽをブンブンと振りまくる幻覚が見えたような気がしたが、気のせいだろう)。

(何だか、上手いことのせられているような…)

スチャッ
「じゃあ、早速…。」
ヒュッ
スィッ

「むぐっ??」
もぐもぐ
(さっきより早くなってないか?!)

タルタリヤの様子に、どこか手のひらで転がされているような気がする空である。だが、それに構わず箸を構えたタルタリヤは、摘んだ熱々の料理を空の口に運ぶ。そのスピードは先ほど不意打ちで食べさせられた時よりも早くなっているような気がした。

ゴクン
「ちょっと、早くないか?!」

「え? 本当に??! 早速、練習の成果が出てるんだね!!」
パァァァッ

(こ、断りづらい…)

必死に口を動かして飲み込んだ後、焦ったように空は言葉を紡いだ。その言葉にはやめてもらおう、という意味も込められていたが、あまりにも嬉しそうにするタルタリヤに、その意図に気付く隙はない。それに、ますます笑みを浮かべる様子に、空自身もやめてもらおうという意志が揺らいでしまう。

ヒョイ
パクッ

ヒョイ
…パクッ


ヒョイ
……パクッ

そうして、暫くタルタリヤが空に食べ物を食べさせ続ける、という一連のやり取りが続いた。このことが余程効果的だったのか、回数をこなしていくうちに、タルタリヤの箸を持つ手は震えが止まり、スピードが速くなっていた。

練習は順調、に思われたが…

「〜〜〜っっ。」
ガクッ

ピタッ
「空? もうお腹いっぱい??」

その後も何回か繰り返したが、少しスピードが緩んだタイミングで、空はテーブルに突っ伏してしまう。その様子に箸を止めたタルタリヤは、お腹がいっぱいになってしまったのかと思って声を掛けた。

ムクッ
「…い。」

「え?」

口元を抑えながら起き上がった空は涙目になりながら、何とか言葉を紡いだ。あまりにも途切れ途切れに、小さな声で紡がれたので聞き返す。

そして…


「あ、熱くて…、舌…、いたひ……。」
スッ…


「!!」

空はゆっくりと口元付近を指差すと同時に、舌を出しながら、タルタリヤに向けて言葉を紡いだ。

その様子を見たタルタリヤは、何故か深い青の瞳を見開いて固まってしまう。


実を言うと、空は猫舌だったのだ。


食べ物は勿論のこと飲み物も息を吹きかけて冷ましてからでないと口をつけられない。

先程、タルタリヤを急かすように食べた時に取った料理も何種類か作っていた熱くない璃月料理であった。それに、熱い食べ物を意図的に避けていたのも、冷めるまで待ってから食べようとしていたからだ。

しかし、それを悟られたのか、そうでないかは分からないが、タルタリヤによって熱々の食べ物を口に運ばれ続けたことで、熱さに弱い空の舌はとうとう限界に達したのだ。

(調子に乗ったせいかな…)


困るタルタリヤを見て少しの間でも優越感に浸ってしまった。

これは、そのことによる空自身に対しての天からの罰なのかもしれない…。


そう思った空は、ヒリヒリとした舌の痛みで以ってそのことを思い知りながら落ち込んでしまうのだった。


(まさか、空が熱いものが苦手だったなんて…)

その一方で、タルタリヤも完全に予想外のことが起きたことに動揺していた。

いい練習になる!と意気込んだ気持ちは本当である。何しろ今まで練習していた中で、あれほどまでに、スムーズに、的確に、箸を扱えたのは初めてと言っても過言ではないからだ。それに、空が自分で作った料理なのに、それをあまり食べていないのを見て、手助けになれたらいいと思ったのだ。

無論、自分だって食べたい気持ちはある。だが、もしかしたら、箸の扱いが上手くいかずに折角作ってくれた料理が残ってしまうこと、それだけはどうしても避けたかったのだ。

それに、もしかしたら、空のガイドであると自慢げに言うあの不思議な妖精に残った料理を食べられてしまう気がして、尚更食べさせたくない、と独占欲が出たのもある。


それが、まさかこんな事態になるとは思いもしなかった。


それに…

(何だか…、いけないことをしているみたいだな…)

後ろめたさ以上に、今の空の姿を見てしまうと自然とそう思ってしまうからだ。


空の小さな舌は、舌先が他の部分と比べてほんの少し赤くなっている。

熱さによる痛みによって、弱々しく下がる眉に、潤んだ大きな琥珀色の瞳。

それは、自然と上目遣いになってタルタリヤを見つめている。


そんな痛々しくもどこか愛らしさを感じるその姿に、タルタリヤは不思議と胸の高鳴りと庇護欲を掻き立てられていた。

「?」

ハッ
「そ、そうだったんだ。気付かなかったよ…。」

自然と見惚れてしまっているタルタリヤの様子に、空は首を傾げる。そして、その視線に、自分が数秒のほど見惚れながら固まっていたことに気付いたタルタリヤは、慌てて言葉を紡ぐと同時に目を泳がせる。

キッ!
(だから、待って欲しかったのに…!!)

涙目で睨む空…。

だが、まだ舌が出しっぱなしであり、そのやや幼く見える姿が、まるで舌をしまい忘れた猫のような愛らしさを放っている。


それを目を泳がせるのをやめてから見たタルタリヤは、ますます心が揺らぐのを感じた。

(そんな目で見ないでくれよ…)


ポツリ…
「じゃないと、我慢できなくなる…。」


スッ…
「? 何か言ったか??」

「何でもないよ。」

つい漏らしてしまった心の声を無かったことにしてタルタリヤは答えた。


(気のせい、だったのか?)

ようやく熱さが和らいでいくのを感じるのと同時に、舌をしまった空は聞き取れなかった言葉について尋ねる。だが、タルタリヤは知らん顔をした。この様子から見るに、聞いても答えてくれなさそうなので、そのままスルーすることにした。

フゥ…
「せめて冷ましてから食べさせてくれよ…。」

「冷ます、ってどんな風に??」
キョトン

熱さから解放された安堵によるため息を吐いてから、空は辟易しながら提案した。

「だから、こうやって…。」
カチャッ
スッ

疑問符を浮かべて尋ねるタルタリヤに、空は言葉を紡ぎながら置いていた箸を掴んだ。そして、椒椒鶏がある皿に箸を伸ばしてひとつまみ摘んでから、口元へ持っていった。そして…

ふぅ…
ふぅ…
「こんな感じで…。」
スッ

(って、これじゃまるで、あーん、みたいじゃないか!!)

息を吹きかけて、少し冷めたのを確認してから、料理をタルタリヤに差し出すように持っていった。そうしてからこの動作が何を意味するのかに気付いた空は、慌てて引っ込めようとする。だが…

パシッ
「!?」
ギョッ

その気配を察知したタルタリヤによって、手を掴まれてしまったので、それは叶わなかった。驚きに目を見開く空を置き去りにするように、タルタリヤが近付く。

そして…

パクッ

モグモグ
ゴクン
「うん、さっきよりも美味しいよ!」

口に含んでから数回動かした後、飲み込んだタルタリヤは笑みを浮かべた。

(〜〜〜〜っっっ)
カァァァッ

結果として、"あ〜ん"が成立したことと手を掴まれていること。その両方に対して、空は次第に顔が熱くなっていくのを感じた。

パッ
「あれ? どうしたの?? 顔が赤いよ?」
ニマニマ

「! な、何でもない!!」
バッ

むぐっ

手を離したタルタリヤは、料理の美味しさによるものなのか、または、空の反応に対してなのか、あるいはその両方なのか、にやにやとした笑みを浮かべている。それを誤魔化すように、空は箸に摘んだピリ辛蒸し饅頭をタルタリヤの口につっこんだ。

モグモグモグ
「ひょりゃ、ひっふひふふひゃはいは。」
(訳:空、びっくりするじゃないか)

熱々のピリ辛蒸し饅頭を食べながら、もごもごと喋るタルタリヤは余裕そうである(口に食べ物を入れながら喋るのは少々行儀悪いが、それを指摘する余裕は空には無かった)。

(またやられた…!!)

熱い食べ物が平気そうなタルタリヤの様子を見た空は、まだ余韻を残す熱さにより舌のヒリヒリとした痛みと、たった今ピリ辛蒸し饅頭を摘んでいた箸を見ながら悔しさを噛み締める。

普段、悪戯だったり、からかわれたりして、やられてばかりだったので今度こそ優勢な立場になれたと思った。

それなのに、弱点を知られた上に、からかわれてしまった。

これは、困っているタルタリヤを見て喜んでいた自分に対する罰かもしれない。

そう思っていたが、それにしても、代価があまりにも高い気がするのは、空の気のせいではないかもしれない。

だな…

(………次は、ちゃんとスプーンとかフォークとかを準備しよう)

まだ悔しさを感じながらも、まるで波のように反省の気持ちが強く押し寄せてくる感覚になって、次にこうした機会がある時にやることを考え始めている空は知らないだろう。


(次は、ちゃんと冷めてから料理を食べさせてあげよう…!)


タルタリヤが、またも良からぬことを考えていることに。


そんなトラブルが置きながらも、2人は残りの料理を食べるのだった。


-END-


あとがき

タル空好きとしては一度はやっておきたいネタ(と私が思っている)、タルタリヤが箸の扱いが苦手、ということをテーマにしたお話でした!

鍾離先生のエピソード動画で箸が苦手故に、たじたじなタルタリヤが可愛すぎたので思いついたお話でもあります。


というか、ギャップがズルいんだよ、タルタリヤァァアアア!!!(心の叫び)


何でもこなしそうな雰囲気醸し出しながら、箸が苦手って…

しかも、何だよ、鍾離先生のエピソード動画の時の戸惑った顔&声は…!!!


ありがとうございます!!←おい


書いていてめっちゃ楽しかったです!!
ここまで読んで頂きありがとうございます!

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