あまいおくりもの

バレンタインの日に、もし、ディオナが猫と同じようにチョコが食べられないとしたら、どう過ごしているのかな?と思っていたら思い付いたネタです。

・割と長め…?←
・安定の荒さ
・テイワットは、個人的に文化に寛容で多彩、と思っているので、それにちなんで、バレンタインには、チョコ以外の甘い物もあげていい、というホワイトデーと混合したような解釈で書いています
・ディオナが普通の猫のようにチョコが食べられない設定

※初出 2022年2月14日 pixiv


キャッツテールに続く階段にて。

たしーん!
たしーん!!

「にゃあぁぁ…。なんで今日に限って出勤なのにゃ…。」

不機嫌そうにしっぽを地面に叩きつけるのは、三つ色模様が特徴的な猫耳としっぽを持つディオナだ。階段に座り込んで両膝に両肘を置いて、頬杖をついている。その表情も眉を寄せてふっくらとした頬をさらに膨らませている。

今日は、バレンタインデーだ。多くの人にとって楽しむイベントであるこの日は、ディオナにとっては1年の中で、1番不機嫌になる日である。というのも、カッツレィン一族という猫の耳と尻尾を生やした稀人の血を引くディオナは、体質が猫と同じ部分が多い。

そのひとつとして、チョコが食べられないのである。

以前、ドゥラフに絶対食べてはいけないものとして教わったそれに、最初は興味を持ったものの食べたらお腹が物凄く痛くなるんだ、と言って瞬間にディオナの意識は変わった。お父さんでも!?と問えば、ああ、俺でも敵わない相手だ、と答えたので、ディオナは衝撃を受けた。

ディオナにとって尊敬する存在であるドゥラフでも敵わない…。そのような存在があることに、驚きと同時に苛立ちが募ったのだ。

お父さんを苦しめるなんて、許せにゃい!!

そう思ったディオナはそれ以来、チョコを忌むべき存在として認識するようになった(ドゥラフからしてみれば、娘が危険な物だと認識して口にしないのであればそれでよかったのだが、これはこれで結果オーライだ、と思ったそうだ)。

しかし、世間はディオナの想いとは裏腹に動いていくものだと、改めて認識した。

この日になれば否が応でもチョコの匂いが鼻を掠める。流石に他人の行動を制限するまでではない為、耐えるしかなかった。その為、バーテンダーの仕事にも支障をきたしたので、キャサリンに事情を話してこの日だけは有給を取っているのである。

しかし、今年はそうもいかなかった。

どうやら仕込みの準備が遅れているので、半日でいいから手伝って欲しいと泣きつかれたのだ。そう言われて断るディオナではないので、しぶしぶ承諾して現在に至る。

幸いにも、この休憩後に、あとほんの少しだけ残っている準備が終わったら上がっていいと言われた。それに気分が晴れたのも束の間で、店を出た瞬間、漂うチョコの香りに急激に不機嫌になったディオナはこの階段下にいるのである。幸い香りを嗅ぐだけであれば問題ないが、常人より鼻が効く分、ディオナはますます不機嫌になるばかりだ。

(やっぱり、断ればよかったにゃ…)

だんだん気分が沈んでいくのと同調するように俯いてしまう。キャサリンには申し訳ないが、やはり正直な気持ちを言えばそう思ってしまうのだ。何故なら…

(あたしだけ、仲間はずれみたい…)

チョコを囲んで楽しそうにする街の人達を見る度に、それを味わえないことに疎外感を感じるのだ。その気持ちが、ますますディオナのチョコに対する苛立ちを助長させていた。

(こんな日、無ければいいのに…)

ますます落ち込むディオナの俯いた視界に映るのは、ピンク混じりの紫色のポンポン飾りがついた靴に、白い靴下と包帯、それからお札に覆われた足だった。

(この足は…)
ぱっ

「…こんにちは。」

見覚えのある足、その持ち主を確認する為に、見上げたディオナの視界に映るのは、キョンシーの少女、七七であった。控えめに挨拶をするのが七七らしい。

「七七ちゃん! こんなところでどうしたにゃ??」

「…これ、あげる。」
すっ

「これは、ハスの花パイ? あたしにくれるのにゃ??」

「………。」
こくん

七七は持っていた包みをディオナに渡した。中には、璃月の点心の一種、ハスの花パイが入っていた。

「ありがとにゃ!!」

こくん
「……じゃあね。」
たっ

「えっ?! ちょっと!」
たたっ

ディオナがお礼を言うと、満足そうに頷いて控えめに走り去って行った。追いかける為に小走りで行くが七七の姿は無かった。

「…行っちゃったにゃ。………まぁ、いいにゃ! 後で食べよっと…。」
くるっ

そう呟いて、階段下に戻ろうとすると…

ぬぼ〜ん…

そこには、大きなむじなに似た丸い置物があった。

びっくぅ!!
「にゃーーー!!!??」
ぶわっ

急に現れた置物に驚いたディオナは、叫び声を上げながらしっぽを膨らませた。ちなみに、ディオナがだるまを見るのはこれが初めてである。しかし、ただのだるまではない。

ドロン
「…落ち着け、拙だ。」

「さ、早柚ちゃん!? 驚かせにゃいでよね!!」
どきどき

現れたのは早柚だ。先程の姿は、早柚が得意なむじむじだるまの変化の術である。未だ心臓をバクバクとさせるディオナは、胸を押さえて早柚に言った。

「む、すまない。次は気をつけよう。」
ゴソゴソ

「にゃにゃ??」

「こちらを主に…。」
スッ

「なぁに、これ??」

「三色団子だ。拙の国で食べられる菓子だ。」

「にゃあ! お菓子!! いいの??!」
きらきら

早柚から貰った三色団子の色合いとお菓子だということに、ディオナは瞳を輝かせた。

コクン
「あぁ。拙が作ったから味の保証はないが…。」

ぶんぶんっ
「絶対美味しいにゃ!! ありがとにゃ!!」

「そうか。…では、さらば。」
ドロン

「あっ! って、行っちゃった…。」

(何だか、今日はいっぱい貰う日だにゃ…?)

あっという間に、早柚が去ってしまうのを見届けたディオナは首を傾げた。

七七からは、ハスの花パイ。
早柚からは、三色団子。

(何でくれたのにゃ?)

「ディオナちゃ〜ん!!!」
だっだたー

ますます首を傾げるディオナに、後ろから元気な声が聞こえてきた。

くるっ
「クレーちゃん! それに旅人さん!!」

その声に聞き覚えがあって振り返れば、クレーと空が駆け寄って来た。そして、ディオナの前で急停止したクレーは何かを差し出した。

「はい、これ!!」
すっ

「これは、クッキー?」

「うん!! 栄誉騎士のお兄ちゃんに教えて貰って作ったんだ!!」

「クレーちゃんが? 凄いにゃ!!」

「えへへ。」

ディオナが褒めれば、クレーは照れくさそうに笑った。

スッ
「これは俺から。キャッツテールにいる猫達の為に、砂糖抜きで作ったクッキーだよ。」

「旅人さんも…! ありがとにゃ!!」

「どういたしまして。」

クレーに続くように、空はキャッツテールの前にいる猫達の為に作ったクッキーを差し出した。ディオナにとって、友達である猫達に渡してくれるのは自分のことのように嬉しいことだった。

お礼を言うと、いつの間にかそばに寄って来た猫数匹が、ふすふす、と鼻を動かしてクッキーが入った袋の匂いを嗅いでいる。袋越しでもいい匂いがするのが分かるのか、にゃあん、と鳴いて、袋を持つディオナの手に擦り寄った。まるで食べたいよぅ、と言っているようだった。

「でも、どうして皆、あたしにあげるのにゃ?」

「皆??」
こてん

「さっき七七ちゃんと早柚ちゃんも来て、お菓子くれたにゃ。」

「…そういうことか。」

ディオナが疑問を抱いていたことを口にすると…

「え? だって今日は…

大切な人にお菓子をあげる日だもん!!」
ぴょーーーんっ

「うにゃっ? 」
きょとん

それに答えるようにクレーはジャンプしながら元気に答えた。それに、目を瞬かせたディオナはさらに言葉を紡いだ。

「でも、チョコ以外は作っちゃいけないんじゃ…。」

「え〜?? そんなことないよ〜!! いろんなお菓子いっぱいがあった方が、クレー嬉しいもん!!」

「ディオナ、チョコ以外も作ってあげたりしていいんだよ? だから、クレー達にアドバイスしたんだ。」

「えっ??」
ぱちくり

「うん! ディオナちゃんが、チョコを食べられない、って聞いたから、栄誉騎士のお兄ちゃんに食べられそうなお菓子を教えて貰って作ったの!!」

ますます元気に答えるクレーに、補足するように空が答えれば、ますますクレーが言葉を紡いだ。それにディオナの疑問の答えが詰まっていた。

「そうだったのにゃ…。」

「だから、ディオナちゃん! 一緒に食べよ!!」
ぎゅっ

(!!)

ようやく納得したディオナに、両手を握ったクレーは満面の笑顔でそう告げた。その言葉に、ディオナは胸の内が、ほわぁ…っと温かい何かで満たされていくように感じた。

はっ
「ま、まだ休憩中だから、後でならいいにゃ!」
ぱっ

しかし、とっさに我に返ったディオナは、クレーの手を離してそう告げた。

「え〜?? そうなの??」

「クレー、仕事なら仕方ないよ。また後で来よう?」

「栄誉騎士のお兄ちゃんがそう言うなら…。じゃあ、ディオナちゃん!! また後でね〜。」
ひらひら

「またにゃあ…。」
ひらひら

残念そうにするクレーを宥めるように、空は言葉を告げた。その際に、ディオナに目配せをした。どうやら、ディオナの意図が分かったらしい。それに、内心ドキリとしながらも、ディオナはクレーに手を振った。

「………。」

すたすた
ぽてっ

2人が去ったのを確認したディオナは、再び階段下に腰を降ろした。そして…

「………ふにゃぁああぁ〜…。」
ゆらぁ
ゆらぁ

小声でそう呟きながら、思いっきり破顔した。その表情は、先程階段下に座っていた時よりも笑顔である。幸せそうに目を閉じて、ほっぺたを赤くして両手を当てている。まるで、幸せを噛み締めているようだ。その気持ちに同調するように、耳がちょっと外向きに向いて、しっぽが大きくゆらゆらと揺れている。

余程、クレー達の行動と気持ちが嬉しかったようだ。今までは、この日に限っては、気遣われたり、腫れ物扱いされたりすることが多く、それがまたディオナの苛立ちを助長させていた。しかし、今はそんな気持ちはちっとも起こらない。何故なら…

大好きな友達からたくさんの気持ちを貰ったから。

(今まで、1番幸せな日だにゃ…)

そう思いながら、貰ったお菓子達を見つめるディオナは、立ち上がって、キャッツテールの中に入っていった。

その後、仕事を終わらせたディオナは、約束通りクレーと空、それにいつの間にか合流していた七七と早柚と共にお菓子を食べ合った。

今年は、ディオナにとって、とても幸せな日だったようだ。

その後日。

クレー、七七、早柚をイメージした色のドリンクを、れ、練習がてら作ってみたから飲んでみたら??と照れくさそうに言うディオナの姿が見られたという。

-END-

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