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そろそろ見えそうな“オンリーワン”

自分に出来ること

自分にしか出来ないこと

“オンリーワン”

探せば探すほど見つからなくて

やろうとすればするほど辛くなって

“オンリーワン”って何なんだ


結局みんな似たもの同士で

歴史だって何万年、何億年ってあるから

“オンリーワン”なんて無いんじゃないかって

何億人もいるんだから

“オンリーワン”なわけないんじゃないかって


生まれた意味を
生きる意味を探してきました




「私に出来ることって何だろう」

「私がやりたいことって何だろう」

「私は何のために生きているんだろう」

親のため、家族のため、友達のため、
好いてくれる人のため

いつか出会う運命の人のため



希望なのか理想なのか

目的に縛られて

いつの間にか重荷になって苦しんで

なんで目的は、夢は、理想は
気付けば義務で重荷になってしまうんだろう

好きで
やりたくて
始めたはずなのに

目指したはずなのに




“ナンバーワンにならなくても良い
元々特別なオンリーワン”

なんて、歌詞もありますが、

私が目指してるのはナンバーワンなのか

オンリーワンなのか

先日読んだギャルを飼う本には
逆のことが書いてあって

みんなそれぞれのナンバーワンだよ

って

「私は何のナンバーワンなんだろ」

そう思いました



無職になって、
だらだらした堕落した生活を送ってます

朝方に寝て、昼間に起きる

適当にYouTube流しながら、メッセージ返して
気づいたら夜

何もしてないから
何も出来てないから

不安と恐怖に襲われます

仕事が決まっても続く気持ち


トラウマ含め過去を引っ張っちゃって

結局“今”も楽しめてない


「あーなんて私は…」
「やっぱり私は…」

落ち込んでネガティブになって


でも、昔と違って
私は本格的に潰れる前に決断出来た

良くも悪くも
自分を見つめて向き合う元気がある

踏ん張る元気がある

成長してることに気づきました



前の職場の人、友達

話してみると
周りの人も分岐点にいると感じます



転職、退職、出会い、別れ、出産

変化する中でも
継続する中でも

みんな葛藤して、頑張って生きてるんだなって
思います


「すごいよ」「羨ましいよ」

昔は素直に聞けなかった言葉も
やっと聴けるようになってきた気がします



どんな選択をしても間違いがなくて

私は私の人生で

あの人はあの人の人生で

あの子はあの子の人生で

“テンプレ”なんて無いんだなって思いました



今まで
“こうしたらこうしなきゃ”
“こうならなきゃ”


正解を探して、

無難な大多数から批判されない
外れない

最適解を探して生きてきたけど

これがやっぱり完璧主義で
減点方式なんだなあと気付きました


すでに決まっている運命に
選ぶべき運命に沿って生きなきゃ

何もわからないのに“正解”を選び続けないと
生きられないんだって

なんか勝手にそう思っていました


中学生の不登校だった時、

面倒を見てくれた先生と
議論が白熱した運命論

“運命が決まってるか否か”

どちらの立場を取って
どんな話をしたかは覚えていないけど

今は“大枠は決まってるけど、決まってない”と
思います


最終的にはなるようになるけど、
決めるのは自分なんだなあと感じます

多分、悩んだ時の選択肢全てに未来があって
その組み合わせの連続が運命なのかな

同じ選択肢でも
数学の組み合わせ、確率では
選択肢が多いほど奇跡に近づくわけで

それが“オンリーワン”なのかなと思いました



同じ人間で、同じ選択肢で

みんな同じで特別じゃないけど

人間として生まれて

この両親から生まれて

この姿形で生まれて

人生を歩んできて

1日3万5,000回の決断を
何十年も続けてきて

それがきっとすでに“オンリーワン”

何をしても

何を選んでも

“オンリーワン”


「この世は3次元」って言葉も
私の中で響いてて

出来る・出来ない
良い・悪い

2択、2面性で考えがちだけど、

3次元に生きてるから

立体的で3択以上はある

グラデーションで考えられると

余計幅が広がって“オンリーワン”なはず





なんかそう思いました(  ˙༥˙  )

まだまだですが、
徐々にグラデーションを理解して

もっと人生楽しみたいなって思います

今までも良かったけど、
大枠しか白黒しか見えてなかったから

これからはもっと楽しい世界なはず

もう少し勇気を出して!
外に出る!
もっと色んな景色を見ていきたいです⸜(๑⃙⃘'ᵕ'๑⃙⃘)⸝⋆︎*

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