偉大なる長田弘さん

今日、あなた空を見上げましたか。
空は遠かったですか、近かったですか。
雲はどんなかたちをしていましたか。
風はどんな匂いがしましたか。
あなたにとって、
いい一日とはどんな一日ですか。
「ありがとう」という言葉を、
今日、あなたは口にしましたか。
窓の向こう、道の向こうに、
何が見えますか。
雨の雫をいっぱい貯めたクモの巣を
見たことがありますか。
樫の木の下で、あるいは欅の木の下で、
立ち止まったことがありますか。
街路樹の木の名を知っていますか。
樹木を友人だと考えたことがありますか。
このまえ、川を見つめたのはいつでしたか。
砂のうえに坐ったのは、
草のうえに坐ったのはいつでしたか。
「うつくしい」と、
あなたがためらわず言えるものは何ですか。
好きな花を七つ、あげられますか。
あなたにとって
「わたしたち」というのは、誰ですか。
夜明け前に啼きかわす
鳥の声を聴いたことがありますか。
ゆっくりと暮れてゆく
西の空に祈ったことがありますか。
いまあなたがいる場所で、
耳を澄ますと、何が聴こえますか。
沈黙はどんな音がしますか。
じっと目をつぶる。
すると、何が見えてきますか。
問いと答えと、
いまあなたにとって必要なのはどっちですか。
これだけはしないと、
心に決めていることがありますか。
いちばんしたいことは何ですか。
人生の材料は何だと思いますか。
あなたにとって
あるいはあなたの知らない人びと
あなたを知らない人びとにとって、
幸福って何だとおもいますか。
時代は言葉にしている
あなたは言葉を信じていますか。

「最初の質問」長田弘


 私淑する長田弘さんの詩です。はじめて長田さんの作品に触れるきっかけになり、今でも一番好きな詩です。長田弘さんは詩だけではなく、エッセイや絵本など幅広く手掛ける作家で「言葉の魔術師」とも言われる方です。    長田さんの言葉から学ぶことはたくさんありますが、そのなかでも大きなものは二つあります。
 一つ目は日常に何より”今”に注目すること。長田さんの文章はいつも何気ない日常の風景から始まります。いつもの風景も深く観察することで見え方が変わり日常が豊かになります。
 二つ目は言葉にしていくことです。長田さんの風景描写や感情を掬う言葉はいかに自分が多くのものをただ通り過ぎているかに気づかされます。
 観察すること言葉にすること。それぞれを繰り返しているとそれらは独立しておらず一続きであることに気づきます。
 観察し言葉にし、言葉を観察しまた言葉にする。関係がないと思われたものがつながり自分のなかに一つの考えが生まれるときは何よりもの歓びです。

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