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自己紹介

私の戯言に付き合ってくださる方々へ

私の現状

私は30代の男性

妻子有り、住宅ローン有りのサラリーマンだ


以前仲良くしていた先輩が突然私の事を誹謗中傷

する様になり、上司にも理解が得られず2年弱の

時を過ごす中で鬱病を発症した

今は傷病手当と理解ある妻の働きでなんとか食い繋ぐ生活を送っている

週の半分以上はぐったりとしており

noteは可能な限りで投稿する為不定期になってし

まうが、読み手のいない戯言なのであまり気にし

ないで書こうと思う

気付き

仕事では人一倍努力した

毎年毎年必ず何かしらの成果を残し

それらを評価してもらって高い報酬を得たい

その為の努力は惜しまなかった

サボる人
実力も無いのに他人に間違った指示をする人

私はこれらとは違う

私はちゃんと仕事をしているのだ

私を評価してくれ

その反面、仕事から帰れば家族に甘え
ご飯を作ってもらい
子供のお風呂も妻に任せ
明日仕事が早いから先に寝させてもらう

稼ぐ事と認められる事が全てで承認欲求の固まり

ほんとに自分本意で偏った価値観だ


嫌気がさす


キッカケは妻と話していた時だった

最近の私の言動に違和感を感じていた妻が
病院へ行く様に勧めてくれたのだ

咄嗟に『何故病院?』と言いながら
目には大量に涙が溢れた

妻からの『大丈夫』という言葉に
堪えて来た物全てが崩壊したかの様だった

意を決した私は初めて自分の意思で現状と向き合う事にした

診断の結果は

重度の鬱病

だった

価値観の変化

その日以来私は家のリビングで過ごしている

初めのうちは何も考えられず

薬の効果でただボーッとしていたが

日々家族と過ごす中で

気付いた事があった

『妻は相当に忙しい』

稼ぐ事しか頭に無かった私は

日々の生活に目が向いていなかったのだ

朝誰よりも早く起きて洗濯をする
子供達の朝食を準備
1人づつ起こしながら着替えをさせる
学校のイベントを確認しながら持ち物を確認
子供達の食事と歯磨きを済ませて通学団へ送る
自分の朝食も早々に末っ子の幼稚園の準備
着替えやイベントを確認して
車に乗せて送って行く

そこから仕事に向かうのだ

それを毎日、私に文句も言わず

恥ずかしながら罹患してやっと
妻の偉大さと私の不甲斐なさを痛感した

そんな日々の中で私にも少し変化が起きた

スーパーの買い出しをお昼に終える
妻が帰ってくるまでに洗濯物を取り込む
子供の宿題とおやつの準備
晩御飯を作りながら妻の帰りを待つ
妻が帰って来た後は

私は『何をしたら良いか』と尋ねる
これは恥ずかしいから自分で気付ける様になりたい

妻 『もう十分だよ』

とだけ答える妻

敵わない

これだけやったのだからと、大した事もしていないのにちょっと得意げになる私に微笑む妻の

懐の深さにさっきまでの自分を恥じる

これらは妻が毎日こなしていた事なんだ

それから私は家族の為に出来る事を

可能な限り行おうと努力する様になった

生活の中心は仕事ではなく家族だと

決断

先行きが見えない療養生活の中で
収入の壁にいつかはぶつかる

決して良くなる事を諦めていないのだが

体はなかなか応えてくれない

そんな中妻が

『扶養を抜け、私が正社員ではたらく』

と言ってくれた

おそらく今取れる最善の策だと思うが
妻の負担が大きくなる事が怖い

日に幾度となく襲ってくる不安と希死念慮

その中で調子の良いタイミングだけ

お手伝いをしている私は

妻にとっては突然動き出しては止まる

電池切れかけのオモチャでしかない

あっ!動いた

止まった

自分が信用出来ない

だが、このままでは住宅ローン破産する

現実を見て、妻が正社員で働く選択をする事に
なった

妻が仕事でいない間
私がこの家を守る

だから私はまだ死ねない

そう決断した

以外な事実

罹患してから早2ヶ月程度で1番の驚きは

調子の良い時は驚く程

フツー

と言う事だ

調子の悪い時は重力は2倍に感じ
日の光は煩わしく
体調はインフルエンザが完治した翌日の怠さ
と言った具合だが

その数時間後にはスーパーに買い物に行けるほど回復している事がある

今なら働けるのではと思う程で
何も苦痛が無い

なんなら遊びに行くことだって出来る
医師にもリハビリを兼ねて遊びに行きなさいと言われた意味がなんとなく分かる

しかし、いざ仕事に向かうと決意して日にちなど

を考え出すと小さなストレスにぶつかる

そこからモヤモヤとした感情に流され始め

最終的には寝床で小さくなって動けなくなるのだ

多分元気な時に知人に会えば

鬱であるとは気付かれないだろう

それがあらぬ誤解を生む原因になっているかもしれない

きっと罹患した人にしか理解出来ない部分だと思う

心支え

紛れもなく妻と子供達が最高の支えになっている

この人達の為に私はまだやる事が有る

だから死ねない

だがそれだけでなく

鬱を患った私に

連絡をくれる同僚がいる

年の離れた後輩や

少し上の先輩

趣味の仲間等

小学生からの幼馴染

遊びに誘ってくれたり、ご飯に連れていってくれるとは思ってもみなかった

職場の先輩にお前(私)の事を皆が嫌っていると吹聴され、強くストレスを受けていた私は

とても多くの人に支えられている事に気付いた

全てが敵に見えていた環境から

少し離れてみたら、こんなわたしを思ってくれる

仲間がいた

それが強い心の支えとなって

不安と戦う事が出来ている

今後について

今の私の記録を残そうとnoteに綴り始めたが
今では辛い時の逃げ場所になっている
感情がまとまらない時に文章に起こす事で頭が少し整理される気がするのだ
回らない頭で書き殴る私の文章は決して読みやすくも無いし、誰の為にもならないと思う
だが同じ境遇の方に少しでも届いて
支え合えたらと素直に思っている

完治を目指して
私は決して諦め無いし
孤独な時はnoteに綴り続ける

更新が続く限り私は大丈夫だ

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