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うちわ

 父の散歩へ行く。今日は、曇り空だ。太陽が照ってない。
細い川の土手まで行った。
舗装されている、細い川だ。車イスでも行ける。
いつもなら、どこかの子ども達が、ズボンをまくりあげ、川で遊んでいるが、今日は誰もいなかった。
 父と二人、川の流れを眺めている。
風が吹いてきた。
「ええ風やなあ」
父に話しかける。返事がない。下を向いている。
子育てをしているみなさん。お子さんの、心理も微妙ですが、お年寄りの心理も微妙ですよ!
父がなぜ、下を向いているか、わからない。父は、失語症だ。
「どうしたの?」
と聞いても、返事ができないのだ。
「お父ちゃん?」
うちわを向け、あおいでみた。
「うぁ?」
と顔をあげた。
「今日は、二人だけで、寂しいな!」
父は、なにも言わず、どこか、向こうの方を見上げる。
「行こか!」
舗装された、土手からあがってきた。
信号を渡った。
父が持っていた、車イスからうちわを落とす。
車が止まって、待ってくれているが、急いで、すみませーん、と頭を下げ、取りに行く。お父ちゃん。うちわも、しっかりと持ってられへんようになっちゃって。
「ちゃんと、持っといてて言うたやん。左手貸して!」
父は、右片麻痺なので、左手しか使えない。
父の左手を持ち
「こう!」
と、うちわを強く握らせる。

雲行きが怪しい。いまにも、雨が降りそうだ。
「帰ろ!お父ちゃん!」
木陰のある道を狙って、施設へ急ぐ。
ポツ、ポツ、と雨が降ってきたようだ!ヤバい。車イスだと、雨のふさぎようがない!
 足早に車イスを押し、ヤバい、ヤバい、と言いながら、なんとか施設に着いた。父のズボンは、雨の水滴がついている。
「雨、降りそうですねー!」
と施設のひとに言われ
「いえ、実は、もう、降ってきまして」
と答える。


施設内は、やはり、涼しかった。施設の外から来ている、デイサービスのひとたちが、帰る用意をしていたが、そこの間をすり抜け、エレベーターで二階まで上がる。
二階に上がった先は、ろうかが続いている。スタッフのかたとすれ違うたびに、ただいまでーす!と頭を下げ、エアコンの快適な涼しさを羨ましく思ってみたりして。


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