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諦めることと諦めないでよいこと

今日はオカルティックな話しです。

昨日、ポッポの師匠
もとい細美武士さんの発言
「諦めない」に関しての文章
書き終えた後
しばらくして

フジロックで、
なぜあの時
「諦めない」という言葉に
こだわったかという
理由に気がついた。

それは、フジロックの一週間前からは、
かのイベントが

楽しみすぎて、
そわそわして、

仕事をしていても
イスからお尻が数センチ
浮いている状態だったので
忘れていたけれども。

それまでの数ヶ月間、
ずっとその「諦めること」について
考えていたからだと
思い至った。

数年前に
マドモアゼル・愛先生の
人は必ず欠損を持って
生まれてくるという
「月理論」を知り、
少しずつ理解を
深めつつある状態であり。

その上ここ数週間、
神経症の本を読む中で、

子供の頃に受けた
心的外傷の影響や
それがための犯罪者の心理を
過分析した研究を知り、
心が重苦しくもあった。

それらと相まって、
それまでに見聞きしてきた
理不尽な制度や
不条理な世の中、
地球の成り立ちについての
陰謀やオカルトの話しなどを
総合して考えた結果。

まとめると、
どうやらこの地球に
生まれついた人間は
誰一人残らず、
余すことなく、
罰ゲームの人生を送ることに
なっているなのではないか
という結論に、今の所至った。

それは、
ディープステイトの人々や
全世界で、たった4人だけの
ダイヤモンド採掘権を持つ
ユダヤ人も、
どこぞのゲイツさんでも
漏れることなく適応される。

その人が劣等感を持ち、
喉から手が出るほど欲しているものは、
一生をかけても
決っして手に入る事がないように
決まっているという事を、

どうあがいても
決して幸せになれることはない、ということを

明らかに見て、
諦めた時、

その人の人生が
初めてスタートするのではないか
という事を考えて
数ヶ月過ごしていたから、

細美さんの「諦めない」大切さに
引っかかったのだと思う。

「諦める」のは
ひとつで良い。

あとは諦めなくて良いのだと
希望が持てたきっかけが、

細美さんの言葉であり
Foo Fightersの
さえぎるもののないステージを
見られた事であったのだろうと思う。

意識とか、占星術とか
ニンゲンの成り立ちとか
隠された真実だとか
記憶装置としての
水の役割だとか。

これからまた
考えが変わってくるかも
しれないけれども、
今の時点での考察がどうか
これからも考えて
自分も含め
よく世界を観察して行きたい。

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