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私の人生8

私がタクシーの乗務員になってからやっと妻も働くようになった。
 しかし働くようになると態度も大きくなった。
 母のこともあり色々と家ではギクシャクしている。
3女ができてもいつでも別れることは考えていた。

タクシーという仕事も大変でなかなか母親の見舞いにもあまり入ってねいなかった。
病院にまかせっきりで何もしていなかった。
朝早く病院から電話があり もう危険な状態と連絡があった。
また慌てて病院まで行ったが 死に目には会えなかった。
 義理の母の葬式とは違い 私の母の葬式は直葬で行った。
 私重い孫を大事にして頑張ってきた父や母に何もしてやれなかった。
悔やんでも悔やみきれない。
孫に何一つも買ったことのない義理の母親に大きな葬式をあげて 
私の親は直葬だ。

くそじじいは相変わらず元気で あれだけ酒を飲んで遊んでるのに体はどこも悪くない。
妻が小さい頃は愛人もいたそうだ。
 と言うかその兄弟みんな愛人がいてる
一緒に仕事していたからよく知っている
 こんな馬鹿な兄弟が楽しく世の中を過ごしている

この日本に法律がなければ私に理性がなければ このくそじじいはもう生きていない。
 ただ飯を食ってもう何年になるだろう
ホームレスよりもたちが悪いホームレスと言っても自分で食いぶちは探してくる

ここの爺はすごい神経の持ち主だ
 仕事をしなくなってからもう今で25年はなる 56歳から全く仕事をしていない。
 年金もかけていなかったため年金もない。
 答えはひとつしかないと思う
分かってるけどほっとく 何を言っても聞くような奴じゃない。

それにしてもどこへでもついてくる
長女と次女はもう結婚しているが 
旅行などに行く このじじいもついてくる。
こんなんやから長生きできるんだと思う
 私にも孫がいる できることはいろいろして生きてるつもりだ。
 父が私の孫を抱いていると睨みつけて取り上げてる。
 孫にも何もしてやれずひ孫にも何もしてやれず子供に迷惑をかけて生きてるだけで幸せな男だと思ってくれ!

結局借金もみんな子供たち私たちが納めて 弟と一緒に無罪放免
ありえない 
ここまでが私の過去の話だ
 次公開するときはこれからの私だ。
ここにこれを乗せたのは共感してもらうつもりはないです
 こんな男の人生があったと言うことです。
 またつまらないことがあったらこちらに公開したいと思います
 最後まで読んでいただいた方ありがとうございます

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