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かっちゃん

その人は神出鬼没で、会うと必ず口笛を吹いていく不思議なおじいさんだった。


その人は子ども達の間では

「かっちゃん」

と呼ばれ、ちょっとした有名人だった。
だが、その他の詳細は一切不明。


「子ども好きのおじさん」、「本名はカツヤマなんとか」「実は不審者なんじゃないか」等あらゆる噂がたっていたが、どれが真実でそうでないかなんて誰も分からなかった。


「かっちゃん」の存在を知ったのは私が小学生の頃。友人らの間でちらほら話題になっているのを聞くようになってからだ。

なんでも、60〜70代のハゲ頭のおじいさんで、身長は小柄。子どもを見ると口笛を吹いてみせる人物とのこと。

友人らは不審者扱いしており話題にしては怪訝な顔をしていたが、私はそのベールに包まれた謎のジジイに好奇心を抱いていた。
なんだ、その人?一度見てみたい。



そして、ついに遭遇する日がやってきた。


確かあれは母とスーパーへ出かけた時だった。どこからか小鳥のようなさえずりが聞こえるではないか。

例えるなら、歩行者信号で流れるヒヨコの鳴き声に近い。

「ピューピュー! ピューピュー!」


音の聞こえる方へ目をやるとそこには
ハゲ頭の老人がニコニコしながら口笛を吹いていた。

あ、あれはもしや…!?!?


間違いない。子ども達の間でトレンド入りしているジジイ、かっちゃんだ。

私は母の裾を引っ張り、
「ねぇねぇ、あれ!かっちゃんだよ」と
コソコソ伝える。母も私からのかっちゃん情報を聞いており、「どれどれ」と見る。

親子で彼をチラチラ見ているのに気づかれたのか、かっちゃんはこちらを見ながらニコニコ(というかニヤニヤに近い)してさらに口笛の音を大きくしてみせた。

これが初対面だったと記憶する。


それからというもの、母と買い物に行くと
たまにかっちゃんを見かけるようになった。私達もちょっとした有名人のご登場にニヤニヤ、向こうもニヤニヤしながらあの口笛を披露する。直接の会話はもちろんないが、お互い奇妙なコミュケーションができていた。


ある時、弟、母、私の3人で買い物をしていた時のこと。例のかっちゃんがスーパーで手ぶらでウロウロしているのを発見した。

すると、私達を見るやいなや突然彼は

「おい!鬼太郎!」

と目玉おやじのマネをして見せた。

これにはさすがに吹き出した。

そのまま、いつものように通り過ぎていく彼。
一体何だったんだ。


かっちゃんとのエピソードはこれくらいしか覚えていないのだが、どうも子どもを見かけるとあのように小ネタを披露するようだった。

でも、私が小学生からやがて中学生へと進級する頃にはめっきり見かけなくなり、その存在も次第に忘れるようになっていた。


それから年月が流れ、私が高校生だかくらいにかっちゃんは既に亡くなった、との噂をまことしやかに聞いた。事実かどうかは分からなかったが、どこまでも謎に包まれたユニークなじいさんだったなぁと少しだけ淋しく思った。



結局、直接対話することは叶わなかったが、私はかっちゃんとのおかしな非言語コミュケーションの思い出を忘れることはないだろう。

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