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【小説】フェイブル・コーポレーション 第二話

 翌日から、龍介は神戸中の不動産屋を駆けまわった。
 拓海は同行しなかった。彼の仕事である裏メンバーには、シフトがない。スケジュールは不定期。店から呼ばれると、すかさず飛んでいき、カモをいたぶる。優秀な裏メンである拓海は、そうやって店から規定以上の報酬をもらっているため、一時も断ることはできない。
 拓海にとっては旦那衆との高レートセット麻雀も仕事のひとつだった。旦那衆の機嫌を損ねないことを念頭におく。勝ちすぎない。常に少し勝つだけ。それでも土台レートが高いので一晩で何万、時には何十万という金にありつける。
 一週間あまりが経ったころ、北野坂にいいマンションが見つかった。治安はわるいが、立地条件は申し分ない。要は神戸であれば問題ないのだ。
 部屋を見せてもらった。3LDKで、和室もある。エレベーターに近い。五階建てマンションの最上階。大家も住んでいないし、部屋は孤立している。当初、拓海が提示した賭場にする部屋の条件を満たしていた。
「いいじゃん、ここ。ここに決定!」
 一人で内見に行った龍介は、ひと目見て気に入った。しかし、拓海が疑うので、最終確認のために二回目は二人で行った。彼も文句はないようだった。
 不動産屋の店舗にもどった。テーブルにむかって座る。
「気に入っていただけたようでよかったです」
 対面した不動産屋の担当者も安心したように笑みをうかべていた。
「で、担当者さん――」龍介はテーブルに両肘をつき、担当者に顔を近づけた。「家賃は十万までしかだしたくないんだけどさ、どうなるかな」
 この博打会社計画――当たるか転ぶか、皆目見当がつかない。やるにあたっては、なにかと出費もかさむだろう。せめて家賃だけは、できるだけ安く抑えたいところである。龍介と拓海はその点に関しては同意し、家賃は十万まで、と予算を決めていた。
 担当者は顔を伏せた。
「もとが十五万の物件なので……」
「十万! おねがい、このとおり!」
 龍介は両手をあわせた。
「……じ、十三万くらいにはなるかと……」
「あんたの力で十万にしてくれよ。ここだけは譲れねえんだ」
「……交渉してみます」
 龍介と拓海は不動産屋をでた。
「あんな態度を取ったら失礼だろ」
 先ほどの龍介の横柄な態度を、拓海は責めた。
 龍介は豪快に笑い飛ばした。
「下手にでたら負けだ。こっちは真剣勝負なんだぜ」
 三日後、拓海の携帯に不動産屋から連絡があった。十万にさげるのは無理だ、という返事だった。
 龍介は不動産屋にむかった。拓海が慌てて引きとめようとするが、聞かない。
「担当者をだせ!」
 店に入るなり、龍介は叫んだ。スタッフたちの動きがとまる。
「バカ、龍介!」
 拓海が後ろから龍介を羽交い締めにする。
 龍介は担当者の姿を視界に認めた。拓海を振り切って、担当者に近づく。胸倉を掴む。
 担当者は短い悲鳴をあげた。
「こ、交渉しました……だめだったんです。十三万までしか――」
「やり方がまずかったんじゃねえのか。おれたちは真剣勝負してんだぞ」
「し、真剣勝負……」
 担当者はつぶやいた。
「そうだ、日本一の賭場をつくるんだ!」
 その場にいる全員の顔が青ざめた。興奮していたが、龍介もすぐに自分の失言に気づいた。
「こんちくしょう!」
 もはや収拾がつかなくなり、わけがわからなくなった龍介は担当者にむかって拳を振りあげた。
 そのとき、振りあげた右腕に、拓海が飛びついた。右腕に拓海の全体重がかかり、龍介は尻餅をついた。
「こんなところで警察の世話になりたいのか!」
 龍介はわれに返った。
「うーん……たしかにそうだな! バッカみてぇだ」
 ふたりは店をでていった。スタッフたちは終始、唖然としていた。
 それからも自分の提示する条件が却下されるたびに、龍介は店員に殴りかかりそうになったが、なんとか堪えつづけた。
 二週間ほど、毎日怠らずに家捜しをしている。いい部屋が見つからない。相方の拓海は、近ごろは裏メンの仕事や接待麻雀に出ずっぱりで、完全にすれ違っている。が、いまのところ、それが拓海の仕事なのだ。そう理解はしていても、龍介は憤懣が溜まる一方だった。
「――くそお! ぜんっぜん、うまくいかねえ!」
 ある夜、龍介は投げやりになって、ひとりで神戸のジャズバーやキャバクラを飲み歩いていた。すっかり酔いがまわっている。
 南京町という中華街に、龍介は千鳥足で入っていった。赤々としたネオンが夜に映えていた。立ち並んだ出店では、外でも食べられるような中華まんや団子を売っている。そのため、この一角は大勢の人でいつも賑わっている。
 人ごみの中、龍介はタバコを一本くわえた。ポケットに手を突っこむ。
「ん? あれぇ、火が……火がない」
 ポケットをまさぐりながら歩いていると、ドン! と通行人と肩がぶつかった。ヤンキー風の、龍介とは年恰好のかわらない男たちが三人、立ちどまった。
「おい、気ぃつけろや」
「ああ!?」龍介はヤンキーたちに喰いさがった。「じゃあ、おまえはおれのタバコに火ぃつけろ」
「……舐めとんのか」
「火をつけたら、いくらでも舐めまわしてやるぜえ、ホモ野郎」
 先頭のヤンキーの拳が龍介の頬をとらえた。衝撃でよろける龍介。口はまだタバコをしっかりとくわえている。
「へっ……殴られたんだから、殴り返していいよな、拓海……」
「なにブツブツゆうとんねん、こいつ。酔いすぎやろ」
「おらあ――ッ!」
 龍介はヤンキーたちにむかって殴りかかっていった。
 十分後――。南京町は野次馬であふれかえっていた。三人いたヤンキーのうち、二人が伸びている。龍介は最後の一人に馬乗りになっていた。ヤンキーは涙目になって、
「や、やめろ、おれが悪かった」
 と許しを請うている。
「うるせえやい……いい加減、おれのタバコに火をつけやがれぇ……!」
 龍介は拳を振りあげた。その龍介の手を、何者かが掴んだ。
「なにやってんだ!」
 拓海の声だった。
「拓海……帰ってきたのか」
 振り返った龍介の顔に、拓海が平手打ちをした。龍介の口からタバコが吹き飛ぶ。
 いまがチャンスとばかりに、ヤンキーたちは南京町から逃げていった。しだいにあたりを囲っていた野次馬が、おもしろくなさそうに消えていく。
 道に尻をついている龍介の前に、拓海は立ち尽くした。
「なにをやっていたんだ」
「……拓海にはわかんねえんだ、ひとりでやってるおれの気持ちなんてよ!」
 拓海は静かに眼鏡を指で押しあげた。
「……わるかった」
 そういって、拓海は顔をそむけた。
「僕が、ずっとひとりだったからかな。おまえもひとりでやらせておいて大丈夫だと、勝手に思いこんでいたのかもしれない」
「……拓海、おまえ……」
 龍介は思いだした。
 拓海の家は、母子家庭だった。拓海が幼いころ、父親が女をつくったことで、両親は離婚した。だが母親も、拓海が高校生のころに男をつくった。シングルである母親が彼氏をつくるのは、べつに文句がいえないはずだったが、そのことで拓海は母親を激しく嫌悪したらしい。高校を卒業すると、家を飛びだして、自活をはじめた。大学の学費も自分で払って、独力で生きているのだ。
 拓海は龍介に手を差し伸ばした。
「今日で、雀荘ジャムを辞めるよ。接待麻雀もだ。僕も、おまえといっしょに行動する」
 龍介は照れくさくなったが、拓海の手をしっかりと握って、立ちあがった。

 不動産めぐりをはじめてから、一ヶ月が経ったころだった。
 その日も、龍介と拓海は、神戸にある不動産屋をおとずれていた。ふたりは店をでた。
 龍介は立ちどまり、拓海の肩を、手で掴んだ。
「な、なんだよ」
 龍介は手を離そうとはしなかった。やがて、ぷるぷると身震いしはじめた。
「……ぃよっしゃあ――ッ!!」
 龍介は天にむかって叫んだ。
「決まりだ! あそこで決まりだァ!」
「……うるさいやつだ」
 龍介の手を振り払った拓海だったが、頬には笑みがうかんでいた。
「場所は南京町! おれたちにお似合いの、ド派手な舞台だぜ!」
 長安門から入ってすぐのところにある、中国人が持っている雑居ビルの地下の一室を、押さえることに成功した。管理費込みで十三万だといわれていたところを、龍介がゴリ押しして、十万まで下げさせた。それがつい三日ほど前のことだった。
 賃料が十万にさがったところで、龍介と拓海は賃貸保証人代行サービスに連絡をつけた。代行サービスには、一万円プラス賃料の六割の六万円、計七万円を入金した。すると、瞬く間に保証人の個人情報を手に入れることができた。
 今日はこの保証人の個人情報を持って、不動産屋を納得させに来たのだった。もう話は大方ついた。
 ふたりは電車に乗って、上新庄にある拓海の家に帰った。
「祝杯あげようぜ!」
 家にあがるなり、龍介は帰りしなに買ってきたビール缶をテーブルの上に並べた。
「そういやあ、この家はどうすんだ?」
「引き払う。場主は片時も賭場を離れるわけにはいかない」
「へへっ、そうだよな。おれたちは賭場に住むってわけだ。なんか興奮するぜ」龍介はビール缶を手に取った。「客たちも、おれたちのギャンブル・コーポレーションに住んじまったりしてな!」
 それを聞いた拓海が鼻で笑った。
「おーい? なにがおかしいんだよ」
「そのギャンブル・コーポレーションってのは、なんだ」
「え、なにって、博打会社だろ。英語でいったほうがさ、恰好いいじゃん」
 拓海は声にだして笑った。
「博打会社をやるからには、社名も考えないといけない」
「まァ、そうだけど――」
 龍介は唇を尖らせた。が、すぐに口を開いた。
「会社名、〝クレージーパイナップル〟なんてどうだ!?」
「バカ。サツにパクられたいのか……」拓海はあきれた表情になった。「おまえ、案外センスないな」
 クレージーパイナップルとは、ポーカールールのひとつの名称だ。そんな名前にしてしまっては、賭場をやっているということを周囲に晒すことになる。
「ギャンブル・コーポレーションか」ふてくされた龍介をよそに、拓海が顎に手をやった。「なにか、ジャズの曲名から名前を拝借するというのもいい」
 ふたりはジャズが好きだった。行きつけの賭場にカモが集まる時間まで、ジャズ喫茶にたむろするなんてことはよくあったものだ。ジャズを聞くのは、もともと拓海の趣味だったが、龍介もいっしょに聞いているうちにジャズが気に入ったのだった。ただ、龍介は拓海とちがって、理屈はわからないから、フィーリングだけで聞いている。
「おっ」龍介は指を鳴らした。「あれ……なんだっけ? ブルブル・オオ・モーダス……みたいな曲あったじゃん」
 拓海は眉間に皺を寄せて、眼鏡を指で押しあげた。
「〝フェイブルズ・オブ・フォーバス〟のことをいっているのか」
「そうそう!」
 ジャズ史上に名を残すチャールス・ミンガスというベーシストが、人種差別行為を犯したフォーバスというアメリカ知事に対して憤慨し、人種差別への激しい抵抗をあらわした名曲が、『フェイブルズ・オブ・フォーバス』だ。龍介のお気に入りの一曲である。
「前に、おまえにはこの曲の意味は教えたよな」拓海はため息まじりにいった。「博打会社計画を、まさかフェイブル(寓話)にするつもりじゃ――」
「え? 意味は〝反逆〟だろ? おれたちにピッタリじゃねえか!」
「反逆……まあ、それはそうだが」
 普段は知性的なピアノトリオなどを聞く拓海は、龍介がハマるような自己主張の激しい曲は、あまり好まない。それもまた、拓海をためらわせている要因のひとつかもしれない。
 拓海にむかって、龍介は手を差しだした。
「博打打ちってのはな、レールから外れたアウトローなんだ。おれたちは、とっくの昔からアウトローだ! だけどよ、なにも後悔はしていないだろ。これは、くだらねえ世の中に対する、反逆なんだ! ちがうか!?」
 じょじょに拓海の顔が笑いのかたちに歪んでいった。負けたよ、とでもいうように、拓海は龍介の手を握った。
「フェイブル・コーポレーション、文句ないな!」
「――まあ、語呂はいいんじゃないかな」
 握手をほどくと、ふたりは高みにむけて、缶ビールを持った右手をかかげた。

 不動産屋からあずかった契約書を、代行サービスに送った。すると、一週間も経たないうちに、返信がきた。どこぞやの保証人の、印鑑証明書、所得証明書まで、きちんと添付されている。
 完璧に仕上がった契約書を持って、龍介と拓海は不動産屋へとむかった。
「契約完了です。むこうの大家さんの口座に敷金を振りこんでおいてください。確認できましたら、来月の一日から鍵をお渡しできます」
 世話をしてくれた担当者に、ふたりは礼をいった。頭をさげ、店をでる。
「おい、ついにだぜ。フェイブル・コーポレーションのはじまりだ」
 龍介は落ちつかず、小躍りをはじめた。
「能天気なやつだ」拓海はさして表情をかえなかった。「まだ、なにもはじまっちゃいない。ギャンブル用品、テーブル、椅子、ソファまで、あとはドリンク類、タバコも常備させなくちゃならない」
「クールなやつだなー! わかってるって! いまから買いに行くとすっか」
 その足でホームセンターへとむかった。
 ダイスは簡単に買うことができた。丁半博打に使用するツボも、似たようなものを購入する。テーブルやソファ、カーテンといった日用品は翌月の一日に南京町に開く賭場に届くよう配達を頼んだ。
 問題はホンビキにまつわる道具の支度であった。龍介と拓海はちょっとした相談をして、薄い木の板と大量の花札セットを買うことにした。
 上新庄の拓海の家に帰った。ホンビキ用品の創作に取りかかる。
 木の板を、彫刻刀で六つの長方形に切りわける。できあがった六つの板それぞれに、一から六までの数字、あるいは記号を筆ペンで丁寧に書いていく。
「おい、拓海、慎重に頼むぜ!」
 龍介は拓海の顔を覗きこんだ。
 いわれなくても慎重に作業をしている拓海は黙ってうなずいた。
 神経を使う図画工作だ。大雑把な龍介では務まらないだろう。まだ三月で肌寒いというのに、拓海は額に汗をうかべていた。
 一から六までの数字を意味する六つの長方形の板、これらを「目木(めもく)」という。ホンビキで胴のツナ(だした数字)の前後関係をあらわすための必需品だ。
 胴が使用する「繰り札」、張り子が使用する「張り札」も作成する。ホンビキにおいて、胴は常にひとりなので、繰り札はひとり分の六枚をつくればいい。張り子は何人集まるのかわからない。とりあえず、一組の繰り札と、十五組の張り札をつくることにした。一から六までの絵柄を紙に描き、それらを一枚一枚、買ってきた花札に貼りつけていく。なぜ花札を用いたのかというと、花札くらいの大きさがちょうどいいためだ。注意すべき点は、繰り札と張り札を、同じ大きさ、同じ絵柄で揃えないこと。メーカーのちがう花札を使いわけて、大きさを区別した。
 三時間近く作業はつづいた。ようやくホンビキの道具はこしらえた。
「即席の手づくりでも、味がでてるじゃん」
 龍介は満足そうに鼻から息を漏らした。
 博打道具をあらかた揃えた。ふたりは息をつき、ちゃぶ台の前に腰をおろした。
 龍介はタバコに火をつける。対面に拓海が座る。部屋の隅にほうってあった賭場の間取り図を、拓海が机上にひろげた。
「間取り図、見てないだろう。僕だけじゃなく、おまえの住まいでもあるんだぞ」
「おれは住む場所には関心がないんだよねェ――あれ、だれかさんも同じこといってたっけ」
 拓海は舌打ちをすると、話をはじめた。
「玄関を入ると、カウンターがある。左手の洋室は仮眠室にでも使えばいい。ここには金庫、博打道具もおいておく。カウンターの右手には廊下が伸びている。廊下に沿うようにして和室が二部屋、洋室が一部屋、並んでいる。ここが賭場になる」
「いよいよ、おまえも本気モードってわけだ! 安心安心」
 龍介が茶々を入れて、拓海は口をへの字に曲げた。
「僕は最初から本気だ」
 龍介は間取り図を眺めた。
「三つの博打部屋は、ぜんぶ襖で分けられてるんだったな。じゃあ、襖は取っ払おうぜ。洋間も和室も合体させちまったほうがよくね?」
「それはもちろん、いいが――」拓海がいった。「カードは洋室でしかやらないよな。和室でやるとなると、違和感がある」
「洋室でもカードはやらねえよ」龍介はいいきった。「たとえばブラックジャックだったら、完全にディーラーとプレイヤーの勝負だから、テラが取れないじゃん。まァ、おれたちが勝負に参加して絞っちまう手もあるけどな。ひひひ」
「……いや、だめだ」拓海がすぐに龍介の言を否定した。「場主が参戦する賭場は長つづきしない」
 龍介は頭を垂れた。前に伸ばした両腕を上下に振る。
「ハハァー。さっすが、拓海サンです。そんなジンクスを大事になさるとは……」
 拓海が目尻をつりあげた。
「いままで、僕たちが荒らしてきた賭場を思いだしてみろ。胴元が出張ってくる賭場ってのは末期なんだ。遅かれ早かれ、だれかに喰いつかれて賭場は潰れてしまう。そいつらと同じようになりたいのか」
「あーあー、ハイハイ。おれが馬鹿でした。すいませんでしたァ」
「おまえな……おまえこそ、本当に本気でやるんだろうな」
 龍介は下唇を突きだした。
「本気だよ」
「だといいんだが」
 龍介は珍しく真顔になった。
「おれはよ、おまえとまたいっしょに仕事をするのが、めちゃくちゃ楽しみなんだぜ」
 拓海が顔を窓外にむけた。
「賭場開帳まで、あと一週間ちょっとか」
「そうだぜい。客引きもやらなきゃダメだし、一週間は自由行動にすっか――」
「龍介」顔をそむけたまま、拓海がいった。「僕も楽しみだ」
 龍介は顔が綻ぶのを抑えきれなかった。
 賭場となる部屋を確保し、半年分の敷金もおさめた。部屋の鍵を渡される四月一日までの約一週間を、客引きも兼ねて、自由行動期間とした。
 拓海は関西圏で顔のきく雀荘を、あらかた覗きまわっているらしい。
 拓海からLINEでメッセージが届いた。
『おまえも客引きをサボるんじゃないぞ』
 龍介は返信する。
『わかってるって』
 スマホの画面をオフにした。
 足を組み、ボックス席にふんぞり返った。グラスを傾けて、酒を呷る。
「お客さん、だれとLINEしてるんですかぁ? 彼女?」
 胸元のざっくり開いたドレスを着た、龍介と年恰好はかわらない女が、龍介に寄りかかってくる。
 龍介は三ノ宮にあるキャバクラの店内にいた。
「んーそうだなァ……へへ、彼女みたいなもんかなァ」
 龍介はすでに酔っていた。じつは酒にはかなり弱いのだ。
「えー、嫉妬しちゃうなあ。お客さん、モテるだろうから」
「じゃあ、そろそろ乗りかえよっかなァ」龍介は女の肩を引き寄せた。小声で訊ねる。「ギャンブルとかやる?」
 女は瞳を大きく見開いた。上目遣いで、龍介の顔を覗きこむ。
「お客さんに、よく馬券買ってもらうわ」
「マジで!」龍介は用意していた紙切れを女の手のなかに押しこむ。「四月から、ここでギャンブル場をやるんだ。友達や仕事仲間を連れて、ぜひ来てくれ!」
「本当……? すごい! ぜひ行くわ」
「あ、そうそう。連絡先おしえてもらってもいい?」
 龍介も客引き活動に精をだしていた。

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