「文脈」でのニーズ理解の重要性

僕は広告会社でマーケティングに関わっていいますが、そこで使われている手法やフレームの中には、なんとなく実感が湧かないものがいくつかあります。

そのひとつが「消費者を●●タイプ」でセグメントするという、価値観をタイプ別にして分類するやり方です。例えば食品のブランドターゲットを考える時に「美味しさ重視タイプ」「オーガニック重視タイプ」「量が一番タイプ」…のように「自分が重視する特徴」でセグメントをしてみたり、「食事は楽しいのが何よりタイプ」「食事にはこだわりたいタイプ」…のような「より大きな生活価値観」でセグメントをする場合もあります。そのようなセグメントをした上で「競合ブランドはこんなタイプをターゲットにしているから、うちのブランドはこっちのタイプを狙うべきです」という議論や、「この箇所があいているから、ここを狙うべきです」というような議論がなされます。

こういった分析は上手くはまる場合もある一方で、商品によっては「うーん、本当にそうなの?」というような場合や、「既にどの領域も埋まっていてしまっている…」という場合も多くあります。

上手くいかない理由のひとつは、無意識に「今の」カテゴリ内で考えてしまうからでしょう。「ターゲット」=「今のカテゴリ利用ユーザー」と捉え、「切り口」=「今あるブランドの切り口」と捉えてしまうと、基本的にはどこかの競合とバッティングしてしまいます。厳しい言い方をすると、ターゲットの捉え方が狭く、ニーズの捉え方が浅い状態といえるでしょう。

セグメンテーションを上手くワークさせるには「今あるブランドの切り口」「性年代」などの「目に見えるもの」で切らないことが重要です。一番うまくワークする可能性が高いのは「顧客のニーズ(JOB)」でセグメントをすることだと思います。

「顧客ニーズ(JOB)」については「本能」「未充足ニーズ」などいくつか記事を書いていますが、今回書くのは「ニーズは文脈によって発生する」という話です。

「消費者の意思決定は『一貫した価値観』のもとになされているわけではなく、状況により、その場その場でなされている」という考え方があります。以前も書いた「ニーズはある特定の状況下で、(物理的や心理的なストレスが引き金になり)はじめて湧き起こる」ことに似ています。いずれも、「人」という「固定的」なものが「ニーズ」を起こすのではなく、「外部の状況」という「流動的」なものが「ニーズ」を引き起こす、という考え方です(より正確にいうと「外部の状況」に「人間の本能」が反応して「ニーズ」が発生します)。

クリステンセンの「JOB理論」では、シェイクの事例で説明がされています。朝の時間帯にシェイクを買う客は「ドライブ中の口寂しさを無くしたい」というニーズ(JOB)を解決するためにシェイクを買っており、夕方の時間帯にシェイクを買う顧客は、「子供にご機嫌でいてほしい」というニーズ(JOB)を解決するためにシェイクを買っていた、という話です。同じ「シェイクを買う」という行為であっても文脈が異なれば、購買を引き起こしていニーズが全く異なることが分かります。

※この時、それぞれの競合も全く異なります。「ドライブ中の口寂しさを無くす」というニーズに対しては、バナナ、ドーナツなどが競合にあたります。一方「子供にご機嫌でいてほしい」というニーズに対しては、お菓子、おもちゃ等が競合にあたります。これを「便益競合」といいます

より一般的な例を考えてみましょう。飲み物を買って飲む、という行為について「夏に、外で喉が渇いた時」「仕事が終わって仲間といっぱいやる時」「風邪をひいて熱を出した時」「徹夜で仕事を頑張る時」ではそれぞれ選ぶものがかなり違います。代表的なものはそれぞれお茶やジュース、ビール、ポカリスエット、エナジードリンク、などでしょうか。同様に「寿司屋に行く」という行為であっても「休みの日に家族でいく」と「仕事の後に接待する」ではお店の選択肢は全くことなるはずです。

消費者の購買行動は「2~4個程度のブランドが特定の割合で書かれたサイコロを振っている」という考え方があり、サイコロにあたるものを「想起集合」といいます。(例えば、僕がアイスを買うときは大体明治スーパーカップが50%、チョコモナカジャンボ40%、ハーゲンダッツが10%ですが、僕は購買時にそのような目の「サイコロ」を都度投げている、という考え方です。この場合「想起集合」は「スーパーカップ」「チョコモナカジャンボ」「ハーゲンダッツ」になります)。この「想起集合」は消費者の頭の中に常にあるわけではなく、「特定の文脈」に合わせて都度作られるという考え方があり、前述したような事例を考えると、この考え方は非常にリアリティがあります。「JOB理論」でも「特定の状況」で「顧客」が「成し遂げたい進歩」いう視点で語られ、ここでも「特定の状況」というのがひとつのポイントになっています。

最初に書いた「ターゲットを価値観でセグメントする」という事に対する違和感はここにあります。「消費者の判断は『一貫した価値観』のもとになされているわけではなく、状況により、その場その場でなされている」ため、「自分らしく生きたい」「自然に囲まれた生活をしたい」という「その人の普段の価値観」だけでは購買確率を上げるのに上手くワークしない場合があるのです(カテゴリによります)。例えば「オーガニックで自然な生活をしたい」という価値観を持っている人でも、洗剤を全く使っていない、という人は少数でしょうし、ビールは別に普通のメーカーのものを飲んでいるよ、という場合も多いと思います。

マーケティングではブランドの消費者像を「ペルソナ」という言葉で表しますが、心理学では「ペルソナ」とは「場面や相手によりつけかえることができる仮面」です。つまり本来の「ペルソナ」とは、複数もっていて場面や状況により交代するものなのです。

そういった意味で「人」だけではなく「文脈」にフォーカスしてニーズを考えていくというのは消費者理解のひとつの有力な方法だとおもいます。それにあたっては「消費者がなぜ、この商品を選んでいるのか」「消費者がこの商品を買って本当に得ているものは何か(解決したいと思っている『JOB』は何か)」「消費者はなぜ、この行動をしているのか」「状況を含めて」考えるのが有効なのではないでしょうか。「顧客理解は、顧客のおかれている状況も含めて考える」です。

実は、ヒットした商品というのはこの「文脈」を上手く捉えている、つまり既存カテゴリーとは違う「文脈」を開拓している場合も多いのです。例えば有名なのが「ポケットドルツ」。これは、これまでの電動歯ブラシの「家で夜歯を磨く」という文脈ではなく「ランチ後、オフィスで歯を磨く」という文脈で開発されました。だから化粧ポーチの中に入るように、またマスカラのような見た目になっています。
もう一例をあげれば「フレーバーウォーター」。これは「仕事中に、甘いものを飲みたい」という文脈で利用されているはずです。

妄想も踏まえて考えてみましょう。例えば「自動販売機」ですが、置かれている場所によって使われる『文脈』が相当異なるはずです。外に置かれている自動販売機は「暑い時に助かる飲料売場」で、会社の中に置かれている自動販売機は「ちょっとした休憩スペース」といえます。前者はかなり機能的で「冷たい飲み物がすぐ買える」ことが大きな便益になります。一方、後者は割と情緒的な価値にもなりえて、「束の間の間、仕事を忘れて一息つける」「少し休んで、まわりの人と会話できる」等も便益として考えることができそうです。…ということであれば、外にある自販機と、中にある自販機のコミュニケーションやサービス内容も、本当は変えられるのではないでしょうか。

外にある自動販売機の場合の消費者のJOBを考えてみましょう。「喉の渇きをすぐ癒したい」というのはもちろん大きなJOBですが、他にもJOBがあるかもしれません。こういう場合、消費者の「行動」を見るとJOBが見えてくる場合があります。「強いニーズは行動に現れる」からです。例えば、夏に自動販売機で買った飲料を頭や首にあてている人を見たことはないでしょうか?この行動を深ぼっていくと、「喉の渇きだけでなく、何とかしてカラダを涼しくしたい」というJOBが見えてきます。とすれば、このJOBに対して「うちの自動販売機はマイナス●度まで冷やしています」というコミュニケーションは効きそうですし、サービス自体まで踏み込むのであれば「冷凍の飲料」を売ったり、「冷却用品」を売ったりもできそうです。(夏にペットボトル飲料を冷凍したものを持ち歩いている人もそれなりにいます)

その一方で、オフィス内にある自動販売機の場合を考えます。この場合、行動を見てみると「自動販売機で買った飲料を飲みながら、談笑している」「何か食べ物を食べながら休憩している」という行動があったりします。その場合のJOBは「緊張している空間を離れ、リラックスしたい」「休憩しておやつを楽しみたい」などでしょう。それであれば、リラックスをするような飲料が売れるかもしれませんし、ちょっとした小腹を満たすおやつを提供するのもありですし、自販機自体をリラックススペースとして提供する…というようなことも考えられそうです。

文脈理解については、別の機会により深く記事にできればと思います。

参考文献:

クレイトン・M・クリステンセン「ジョブ理論」ハーパーコリンズ・ジャパン

芹澤連「未顧客理解」日経BPマーケティング

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