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企業におけるD&I推進のススメ--その基本的な考え方と取り組み事例 VOL.2:「社内の福利厚生とダイバーシティ&インクルージョン」

本連載のVol.1では、Famieeが発行するパートナーシップ証明書を切り口に、企業活動とダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の関係を概観した。Vol.2となる今回は、多様な労働者を対象とした人事制度や労働環境の整備について、Famieeのパートナーシップ証明書を導入している企業の取り組みを中心に紹介する。

【細谷夏生氏 プロフィール】
日本法弁護士(資格登録を一時抹消中)。国内外でジェンダーと家族に関連する法律を中心に、実務と研究を行っている。

■日本の企業は「標準外」の労働者の不利益には目をつぶりがちだった

 日本は世界でも類を見ないほどに少子高齢化が進んだ社会である。企業の主な労働力となる世代の人数は年々減少し、内閣府の統計によれば、2020年に約7,400万人で人口全体の約6割を占めていた生産年齢人口(15~64歳)は、2065年には約4,500万人で人口全体の約5割にまで減少する見通しとなっている。

 日本企業では従来、新卒一括採用・終身雇用制度を前提として、総合職として採用された男性労働者が、専業主婦や非正規雇用の配偶者に家事や育児の大部分を任せて、全国への転勤や時間外労働もこなすことが「標準」として期待されていた。また、プライベートについても、異性のパートナーと法律上の結婚を選択するヘテロセクシャル・シスジェンダーの労働者が「標準」とされ、人事制度や労働環境も、そのような「標準」的な労働者を対象に整備されていた。

 このため、日本ではたとえば、法律上の結婚をすることができない同性のパートナーと家族関係を築いている労働者や、パートナーが異性であっても姓を変えたくないなどの事情により法律上の結婚を選択していない労働者については、家族手当等の福利厚生や人事異動の際の考慮事情の対象外となるなどの不都合が生じていたが、「標準」的な労働者が多数を占めていた社会では、「標準外」の労働者の不利益には十分な配慮がされないまま見過ごされることも少なくなかった。

 しかし、働き手が減り続ける最近の日本社会において、いまだに労働者の「標準」を設定し、「標準外」の労働者の不利益に目をつぶる企業には、もはや十分な人材が集まらない。これは、「標準外」の労働者がそのような企業で働くことを選択しないからだけでなく、これまで「標準」とされてきた労働者ですら、労働者の多様性を受け入れない企業を敬遠する傾向が生じているためである。

 また、多様な労働者を差別なく同様に処遇することは労働者の人権にもかかわるため、多様な労働者を対象とした人事制度や労働環境の整備を怠ることは、人権リスクにもつながり得る。さらに、人権等への意識が従来世代に比べて高いと言われるZ世代が台頭する中、製品やサービスを選択する際、多様な労働者を受け入れている企業の製品やサービスを好む消費者も増えてきている。

 そのため、企業は、優秀な人材を十分に確保し、事業を発展させるため、多様な労働者を対象とした人事制度や労働環境を整備する必要に迫られている。

■近年では「パートナーシップ制度」を導入する企業が増加している

 多様な労働者を対象とした制度の一環として、近年、多くの企業が導入しているのが、労働者の、法律上の婚姻関係・親子関係にないパートナーや子についても、「家族」として、福利厚生の適用を認める制度である。制度にはさまざまな名称があるが、便宜上、本稿では個別の名称によらず「パートナーシップ制度」とする。現在運用されているパートナーシップ制度の中には、Famieeが提供するパートナーシップ証明書を活用しているものも多くあるため、本稿では、数ある多様な労働者を対象とした人事制度や労働環境のうち、特にパートナーシップ制度を取り上げる。

 なお、2023年7月には、経済産業省がトランスジェンダーの職員によるトイレの使用制限等を行ったことについて、最高裁判所が、性自認に沿ったトイレの使用を含む当該職員の要求を認めなかった人事院の判定を違法として取り消す判断を行うなど、近年、多様な労働者を対象とした人事制度や労働環境についての重要な司法判断が複数行われている。そのため、企業が多様な労働者を対象とした人事制度や労働環境の整備を検討する際には、それらの司法判断も参照したり、必要に応じて専門家のアドバイスを受けたりすることが必要である。

 パートナーシップ制度の例として、パナソニック(株)では、2016年4月以降、人事制度運用上の配偶者の解釈を「事実婚(同性間を含む)において配偶者に準ずるもの」として運用しており、同社の社内分社であるコネクティッドソリューションズ社では、2021年2月以降、人事制度上の権利・サービスの申請時に、Famieeが発行するパートナーシップ証明書の提出も受け付けている[1]。また、マネックスグループ(株)及び同社子会社であるマネックス証券(株)でも、2016年4月に、社内就業規則における「配偶者」の概念を事実婚や同性のライフパートナーにも拡大し、結婚休暇や結婚祝い金を得られる制度に変更しており、2020年4月に、従業員の福利厚生申請手続きにFamieeが発行するパートナーシップ証明書を導入することを決定した[2]。

■企業がパートナーシップ制度を導入するに当たっての留意点

 パートナーシップ制度の導入を考えるに当たっては、まず、対象となる福利厚生を決定する必要がある。福利厚生には、大きく分けて、法律で定められている法定福利厚生と、それ以外の法定外福利厚生が存在し、前者についてはその内容だけでなく対象者も法で定められているため、企業が自社の裁量で制度の利用対象となる労働者の範囲を決定することはできない。そのため、パートナーシップ制度の対象は主に法定外福利厚生となる。ただし、企業が独自に、法定福利厚生と同様の福利厚生を、法定福利厚生の対象とならない労働者を対象に設けることにより、事実上、法定福利厚生の対象となる労働者もならない労働者も同様の福利厚生を享受できるようにすることは可能である。

 法定外福利厚生の場合、パートナーシップ制度を利用可能な労働者の範囲は、企業が自由に決定することができる。ただし、対象者の設定に当たっては、パートナーシップ制度自体の理念をよく検討し、理念と実際の運用に齟齬がないように設定することが重要である。また、制度の悪用・乱用を防ぐため、利用に際して一定の条件を設けたり、利用を希望する労働者に対して条件を満たしていることの証明を求めたりすることも可能であるが、その際にも制度理念との整合は重要である。たとえば、パートナーとの法律上の結婚ができない・望まない労働者にも、パートナーと法律上の結婚をした労働者と同様の福利厚生制度の利用を可能とすることを目的としてパートナーシップ制度を設けた場合、パートナーシップ制度の利用に際して、パートナーと一定期間同居していることの証明(住民票の提出等)を求めることは、その企業がパートナーと法律上の結婚をした労働者には同様の証明を求めないのであれば、適切ではないかもしれない。

 たしかに、民法上、法律上の結婚をした夫婦には同居義務があるが(752条)、世の中には同居していない夫婦も少なくなく、場合によっては一方が会社都合の転勤を受け入れたために別居している(単身赴任)夫婦も存在する。また、筆者の知る限り、企業が、パートナーと同居していないことのみを理由として法律上の結婚をしている労働者に対して福利厚生の利用を認めないケースはほぼなく、パートナーと法律上の結婚をした労働者に対して、同居していることの証明を求めることも稀である。そのような運用をしている場合、パートナーシップ制度の申請・利用条件として、パートナーと一定期間同居していることの証明を求めることが、パートナーとの法律上の結婚ができない・望まない労働者にのみ、パートナーと法律上の結婚をした労働者にはない追加の負担・制限を課すこととならないか、そもそものパートナーシップ制度の趣旨と合致するかについては、パートナーシップ制度の対象者や利用条件を設定するに当たり、慎重に検討する必要がある。

 なお、現在、Famieeが発行するパートナーシップ証明書の発行要件は、①申請者の戸籍上の性別が同一なこと、②申請者がいずれも20歳以上であること(民法改正を受けて、2024年初頭に18歳に変更予定)、③申請者のいずれにも配偶者がおらず、申請相手以外の者との間でパートナーシップがないこと、④申請者同士が近親者でないこと、であるため、法律上の結婚ができない同性カップルにとっては、本稿執筆時点では②申請可能な年齢が民法の定め(18歳)より高く設定されていることを除けば、法律上の結婚に比べて追加の負担なく取得することができる。

 また、近年、多くの地方自治体で導入されているパートナーシップ証明制度は、基本的には申請者の両方または片方がその自治体に居住している者を対象としているため、居住している自治体がパートナーシップ証明制度を導入していなければ取得できないことが多いが、Famieeが発行するパートナーシップ証明書の取得には、法律上の結婚同様、居住地による制約はなく、申請者が海外に居住していても利用可能である。そのため、パートナーとの法律上の結婚ができない・望まない労働者に追加の負担や制約を課すことなく福利厚生を提供したいと考える企業にとって、Famieeが発行するパートナーシップ証明書を活用したパートナーシップ制度の導入は、魅力的な選択肢の1つとなると考えられる。


[1] https://news.panasonic.com/jp/topics/204124
[
2] https://www.monexgroup.jp/jp/news_release/irnews/auto_20200427499831/pdfFile.pdf



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