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企業におけるD&I推進のススメーーその基本的な考え方と取り組み事例 VOL.3「商品やサービスの設計」

本連載も3回目を迎えることになった。VOL.1では企業活動とダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の関係を概観、VOL.2では社内の福利厚生という観点からD&Iにフォーカスしたが、今回は商品やサービスの設計という観点からこれにフォーカスするとともに、いくつかの事例を紹介する。

【細谷夏生氏 プロフィール】
日本法弁護士(資格登録を一時抹消中)。国内外でジェンダーと家族に関連する法律を中心に、実務と研究を行っている。

 

■D&I視点の商品やサービスの設計は、広く社会への貢献に繋がる

 企業のD&Iを考える場合、まずは、本連載VOL.2でも紹介したとおり、社内のD&Iを進めることが優先課題となる。その先に、企業活動を通じた社会全体のD&I推進を見据えると、自社の商品、サービス、施設等に多様性を反映させることを通じて社会のD&Iに対するメッセージを発信したり、より多くのユーザーが自身のニーズに応じた商品、サービス、施設(実際の施設に限らず、オンライン・プラットフォーム等も含む)等を選択できる社会を実現することに直接貢献したりすることが考えられる。

 このような理念に基づく商品、サービス、施設等への多様性の反映は、実は目新しい取り組みではなく、日本社会において、数十年前から多くの業界において積極的に進められている。たとえば、駅や道路など公共施設への点字ブロックの設置は、私たちにとってはもはや当たり前のこととなりつつある。2023年の今日、外出先で点字ブロックを利用する人を見かけても、ありふれた日常風景の1つとして、特に気に留めない人が多いだろう。しかし、それこそが、点字ブロック導入の最大の成果なのである。
 点字ブロックが普及していなかった頃、視力の弱い人々にとって街に出ることは危険であり、特に公共交通機関を利用しての移動には大きな困難を伴った。リモートワークやリモートスタディを可能とする技術が発展していなかった当時、仕事や就学のためには毎日の通勤・通学がほぼ必須だったため、移動に伴う困難の大きさが視力の弱い人々に就労や進学を諦めさせ、社会からそのような人々の存在を見えづらくしていた。その結果、学校や職場以外の場所でも、視力の弱い人の視点を欠いたままさまざまな社会の制度や仕組みが作られ、そのことが、さらに社会から視力の弱い人々を排除する悪循環を生んでいた。しかし、点字ブロックが公共施設や道路に導入されたことで、それらの施設は視力の弱い人にとってより利用しやすいものとなった。点字ブロックの設置により、視力の弱い人々が道路や駅を利用し、学校や職場に通うようになったことで、社会において視力の弱い人々の存在が可視化され、点字ブロックが設置されていない場所を含めて、社会の制度や仕組みを考える際に視力の弱い人々の視点が取り入れられるようになった。こうして、点字ブロックを備えた施設は、視力の弱い人々の社会へのインクルージョンに貢献したのである。

 同様の理念に基づき、近年、複数の企業が取り組んでいるのが、従来、法律上の配偶者とその子供等のみにアクセスを限定していた商品、サービス、施設等を、同性カップルや法律上の結婚ではなく事実婚等を選択したカップルにもアクセス可能とすることである。たとえば、アクサ生命保険(株)では、同社が取り扱う生命保険商品において、申込人が、配偶者以外に、事実婚パートナーや同性パートナーを保険金等の受取人や指定代理請求人として指定することを認めている。また、日本航空(株)では、同社が提供するマイレージサービスにおいて、会員本人の配偶者や二親等以内の親族等に加え、同性パートナーにも特典サービスの利用を認めている。このような商品やサービスは、法律上の結婚以外のパートナーシップを結んでいるカップルの存在を社会の中で可視化し、点字ブロック同様、社会における多様なパートナーシップのあり方のインクルージョンの促進に貢献するものである。

■D&I視点で商品・サービスを設計するに当たっての留意点

 ただし、このような取り組みにはいくつか留意を要する点もある。従来、法律上の配偶者等のみを対象としていた商品、サービス、施設等を法律上の結婚をしていないカップルにもアクセス可能とすることを検討する場合、まず、法律上の結婚の有無によって発生する法的効果の差異を確認することが必要である。たとえば、現在の日本の法制度においては、相続は法律上の配偶者と親族についてのみ認められ(具体的な範囲は個別のケースによって異なる)、法律上の結婚をしていないカップルのパートナー間では相続は発生せず、相続税の税額控除も適用されない。そのため、ユーザーが、生命保険商品の死亡保険金の受取人として法律上の結婚をしていないパートナーを指定した場合、同様の商品で法律上の配偶者を死亡保険金の受取人として指定した場合と比較して、実際に受取人の手元に残る死亡保険金の金額が異なる可能性がある。

 また、法律上の結婚の場合は、戸籍謄本等において婚姻関係の成立と離婚時の関係解消を確認することができるため、商品、サービス、施設等を提供する企業は、ユーザーがアクセス対象者に含まれるか否かを定型書類を用いて比較的容易に確認することが可能である。一方、法律上の結婚をしていないカップルの関係性の確認は、企業にとって、法律上の結婚よりも難しい場合が多い。企業としては、できれば公的機関が発行した書類によって関係性の確認をしたいと考えることが多いであろうが、たとえば、住民票上の「未届けの夫」「未届けの妻」という記載を確認する方法は、同性カップルだけでなく異性カップルであっても同居していないカップルの場合は使えない。しかし、D&Iの観点から商品、サービス、施設等にアクセス可能なユーザーの範囲を拡大するに当たり、拡大対象を同居している(が法律上の結婚をしていない)異性カップルに限定するケースはそう多くないように思われる。近年、地方自治体で導入が相次いでいるパートナーシップ証明書を用いる方法は、証明書の発行要件や証明対象事項が自治体ごとに異なるため、窓口で各ユーザーのパートナーシップ証明書の発行要件や証明対象事項を確認すると膨大なコストが発生してしまう可能性がある。また、異性カップルは利用対象外としている自治体も多い上、そもそもユーザーが居住する地域の自治体がパートナーシップ証明制度を導入していない場合には利用できないため、地域間の不平等を生んでしまう。そのため、これらの書類を関係確認のために利用することも不可能ではないが、関係確認書類を公的書類に限定すると、商品、サービス、施設等が想定するユーザー全体をカバーすることができず、結果として、企業が意図していた多様なユーザーのインクルージョンを実現することができない可能性がある。

 そのような場合に1つの選択肢となるのが、Famieeが発行するパートナーシップ証明書である。Famieeが発行するパートナーシップ証明書は、ユーザーの居住地域を問わずに利用することが可能であり、2023年9月時点においては同性カップルのみを対象としているものの、今後、利用対象者の拡大が予定されているため、ユーザーの関係確認において公的書類がカバーしきれない部分をカバーする形で活用することが考えられる。ユーザーの関係確認におけるFamieeが発行するパートナーシップ証明書の活用例として、前述のアクサ生命保険(株)では2022年4月1日以降、保険金等の受取人指定の際の関係確認書類として、住民票や地方自治体が発行する同性パートナーシップ証明書のほかにFamieeのパートナーシップ証明書を受け入れている[1]。また、同じく前述の日本航空(株)では、マイレージサービスを会員本人以外が利用する際の関係確認書類として、公的書類に加えて、Famieeのパートナーシップ証明書を受け入れている[2]。

 近年、ようやく性やパートナーシップの多様性に関する認識が高まりつつある日本社会において、従来、法律上の配偶者等のみを対象としていた商品、サービス、施設等の利用対象を法律上の結婚をしていないカップルにも拡大する動きは、今後も継続すると考えられる。そのような商品、サービス、施設等の提供に当たって1つの鍵となるユーザーの関係性確認の問題については、同性婚の法制化や諸外国のような婚姻以外のパートナーシップ制度の創設など、国レベルでもいくつかの解決策が考えられる。もっとも、現状の法制度を前提にすれば、窓口における確認作業の負担をできるだけ抑えつつ、自社の商品、サービス、施設等をより多様なユーザーにアクセス可能なものにしたいと考える企業にとって、Famieeが発行するパートナーシップ証明書の活用は、選択肢の1つとなると考えられる。


[1] https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000016.000047881.html
[2] https://press.jal.co.jp/ja/release/202302/007253.html

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