(📷↑こちらはマツバギク。自生しているのを、たくさん見かけました。残念ながらリンドウとナデシコは見つけられず。)
<はじめに>
初めての場所へ旅行へ行く時は、たいてい読んで気に入った本がきっかけです。今回も、飯坂温泉を訪れることにしたきっかけは、泉鏡花の『飯坂ゆき』(大正10年)という紀行文と『竜胆と撫子』(大正11〜12年)という未完の小説(発表分は『鏡花全集』巻21、28(未定稿)に収録)を読んで、興味を持ったからでした。
泉鏡花記念館のオリジナル文庫で読んだ『竜胆と撫子』は抄録ながら面白く、図書館で全集を借りて、一気に読んでしまいました。才能ある若き彫工(木彫家)・雛吉(ひなきち)と、幼い頃に両親を亡くした美しい娘・三葉子(みわこ)の、鏡花らしいロマンチックな純愛物語をベースに、『遠野物語』的な伝承・怪奇譚、主人公とヒロインを狙う悪党(異形のもの)一味との対立など、私の好きな「どこか少年マンガっぽい」鏡花作品でもあるので、結末が描かれなかったのは残念なところ。登場人物も女優や女学生、美術学校生など、定番の世話物や花柳界物に比べると、随分モダンな印象です。当時としては結構強い描き方をしている場面もあり、雑誌連載時、検閲で削除された部分もあったそうです。
逗子・葉山の旅の時と同様、小説の舞台やモデルになったと思しき場所を巡りましたが、今回は参考にできるサイトや情報もほとんどなかったので、出発前に本文を読みながら、ネットや図書館で調べて当たりをつけて、行ってみることにしました。ゆえに実際に何処かという答えを探すより、主に物語から受けたイメージを膨らます方向で旅することにしました。
長編かつ未完のためか主に全集のみの収録で、青空文庫にも出ておらず、読んだことのある方は多くない作品だと思われますので、本文からの引用をしつつ、紹介したいと思います。興味を持たれた方は、ぜひ図書館で探してみてくださいね。
<旅客・振分髪>
<1. 湯野の小川と鎮守の森>
雛吉の師匠・毛利先生と幼き日の三葉子が出会う、湯野の鎮守の宮のそばの小川。
のっけからアレですが、結局小川が何処なのかは、はっきり分からず。というのも、近くに田んぼがあるわけでもなく、どうやら暗渠になっているか、のちに上水道が整備されて、なくなったのかもしれません。
平日のお昼前だったので、道行く人の数も少なく、静かな時間が流れていました。当時の山里の、藁葺屋根の家に小川が流れる、のどかな雰囲気は想像するしかないですが、ひっそりとした雰囲気は小説のイメージのままで、毛利先生が三葉子の黒髪を愛でる場面を想像しながら歩きました。
<2. 赤川橋>
毛利先生が座敷わらしのような女の子、山姫のおつかい姫と出会った赤川橋は、観光パンフにもフォトスポットとして紹介されていて、わかりやすかったです。一面の桑畑と描かれているところは、現在は旅館や住宅、施設などに変わっているようです。
<3. 銀山閣と妙燈寺>
両親と兄姉を亡くした三葉子が引き取られる旅館・銀山閣と、三葉子を迎えに行く前に、御新造(お芳)がお参りに行く”弁財天女おわします” 古寺・妙燈寺は創作で、おそらく実際には無かったと思われます。(紀行文『飯坂ゆき』に登場する、鏡花が宿泊した旅館「明山閣」も架空の名前のようですし)
モデルになったと思しき旅館は、廓の先にあるという立地的に、皇族も宿泊した花水館(現在は廃業してホテル聚楽になっています)でしょうか。
妙燈寺は「家並みの中を石段で奥に入る」との描写があるので、ここから近くて、昔は滝の湯が境内にあったという常泉寺がそのイメージに近いかと思います。ただ一見、弁財天の祠というは見当たらなかったのと、曹洞宗のお寺なので、次の章で詳しく描かれている真言宗のお寺・仙光院の様子とはちょっと違いました。旅館から近かったので、夕方と朝の散歩時にお参りしましたが、とても静かで落ち着く場所でした。
<女神の俤 ーー小鼓ーー>
<仙光院>
物語の重要な鍵となるお寺・仙光院(せんこういん)(=妙燈寺)と周山和尚ですが、真言宗のお寺ということで、もしかしてこちらの八幡寺もイメージにあったのかもしれません。境内が広くて結構大きなお寺だったので、子供たちが遊びまわる小さなお寺の雰囲気とは違いますが、灌仏会のインドっぽいイメージや、近くに小学校があったり、山も近くで、いくつかの描写が一致します。
<後編へ続きます>