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あなたの愛は海のように深く。

私と洋一は結婚して2年の夫婦です。

私たちは職場で出会い、私は洋一の太陽のような笑顔に恋に落ちました。洋一も私を好きになってくれて、二人は結婚というゴールテープを切ったのです。

でも結婚はゴールではありませんでした。そこはゴールでありながら二人のスタートでもありました。

私たちの当たり前の日常が始まりました。

朝起きて私がご飯を作って一緒に食べて、新聞を読む洋一とテレビの情報番組を見る私。洗い物を洋一がして、その間に私は身支度を整えて、私が一足早くに家を出ます。

お互いにそれぞれの職場で仕事をし、家に帰ったらまた朝と同じように夕食、そして洗濯、週末には掃除と日々のルーティンをこなしていきます。

一緒に映画を観に行ったり、外食をしたり、そんなことももちろんします。洋一は結婚後も変わらず優しくて彼に不満があるわけではありません。

でも結婚して2年も経つとなんとなく平和すぎる日々が退屈に感じることもあってちょっとした刺激がほしくなってくるものです。

そんなある日、キッチンカウンターに置かれた洋一のスマホに目が止まりました。

私たちはお互いのことを信じているので相手のスマホをチェックすることはないのですが、その日、ふと彼のスマホを開いてみたのです。何か刺激的なことを見つけたかったのかもしれません。

するとゲームアプリが並ぶ間に「note」と書かれたアイコンを見つけました。noteってなんだろうと思って開いてみました。

何か文章を投稿するアプリのようで、洋一はこのnoteに日記のような文章を毎日書いて公開していました。

私は洋一が文章を書くのが好きなことを知っていたのでさほど驚きもしなかったですし、こういうサイトに文章をあげていることを私に内緒にしていたことにも心が波立つことはありませんでした。

ただ、彼が書いている内容を見たときにはかなりの驚きを感じました。

これはどう読んでも私に向けて書かれたラブレターだったのです。

こんな文章たちが毎日、欠かさず投稿されていました。

今日、妻は美容院に行ったらしく髪型が変わっていた。髪型を褒めると彼女はうれしそうに笑ってくれた。本当にかわいい。いつも彼女の笑顔に癒される。
今日の夜に、妻と少し口論になった。僕が仕事のことでちょっとイライラしてたせいだと思う。でも家庭には仕事の愚痴を持ち込みたくなくて自分がイライラしている理由を彼女には言えなかった。彼女は何も悪くなかったのに悪い態度をとったと思う。謝ったけど、許してくれたかな。ごめん。
明日は休日だから妻と映画に行く約束をしている。どの映画にするかを決めるのにちょっと時間がかかった。僕は妻が観たいのでいいって言ったんだけど、妻は僕の観たいのを観たいというから、いろいろ迷ってしまった。僕が観たい映画を観たいなんて、彼女は今日も愛らしい。

とてもびっくりしました。

洋一がこんなふうに私のことを日記に書いて世間に公開していたなんて。

「スキ」というのがつく仕組みのようで、どの投稿にも80前後の「スキ」がついています。フォロワーは451人もいるんです。

このラブレターのような日々の記録を見てしまってから洋一が私には直接は見せていない心の内を私も毎日知りたいと感じ、私もnoteに登録しました。

洋一が私に内緒でnoteをしているように、私も洋一には内緒でnoteをひっそりと始めたのです。そして洋一のフォロワーになりました。

毎日流れてくる洋一の私へのラブレターを幸せな気持ちで読みました。

いつも私を褒めてくれて、愛してくれている。喧嘩のあとには必ず謝罪の言葉が書かれていて、さらに一層私を大切にしたいと思ってくれている。

自分の生活に小さなドキドキが加わりました。今日の私の言動が夜には知らない人々に公開される。洋一という男性が愛するかわいいかわいい妻の姿で。

たくさんつく「スキ」もまるで私への賛辞のように見え、私は彼のnoteを読むたびに満ち足りた気持ちを感じました。

お互いが内緒でnoteをしているという事実もなんだかとても刺激的で、私は洋一の文章を日々待つようになりました。

そうして1年が過ぎたのです。

人は慣れる生き物です。

私は洋一のnoteを相変わらず毎日読んでいて、彼はずっと変わらず私のことを褒めてくれています。私一色のそのnoteを読む人も大勢いてくれるんです。

でもなんだか不思議です。こんな個人的なラブレターのような文章をみんな何が楽しくて読み続けてるんでしょうか。

愛してるとか、ごめんねとか、かわいいとか愛しいとか。代わり映えのしない言葉が繰り返される文章なのに。

私は洋一のnoteを読むことにすっかり慣れてしまい、もう今では刺激を感じなくなりました。

そしていつからか少しずつ感じていた、ある気持ちが大きくなりつつあるのを認めなくてはいけない時が来たのです。

なんとなくそうじゃないかと思い始めていたのですが認めてしまうのは今後の二人にとっては危険なことだと分かっていたので気づかないふりをして過ごしてきました。

でも結婚記念日の昨日、洋一のnoteを読んだときに、もう無視できないと思ってしまったのです。その文章はこうでした。

愛する妻へ。今日は僕たちの3回目の結婚記念日だったね。いつも僕のそばにいてくれてありがとう。僕は君をとても愛している。これからもずっと一緒にいたいと思っているよ。5年先も、10年先も、君だけを愛し続ける。君もきっと同じ気持ちだろうね。今日も明日も君だけに愛を。

そう、洋一の私への愛はとても深い。

でも私はどうなんだろう。私は洋一が私を愛してくれるように洋一を愛せているんでしょうか。これほど深い愛を洋一に感じてる? 5年先、10年先の洋一を彼が私を愛するのと同じだけ愛し続けられる?

答えは「NO」でした。

夫婦とは、洋一のようでなければいけないのに、私は洋一ほど相手を愛せていないのです。そのことが私をとても悲しくさせています。

そして感じてしまったのです。私は洋一が私を愛するのと同じくらい愛せる誰かとこの先の人生を歩みたいと。

洋一、ごめんなさい。

こんなに愛してくれてるのに、同じだけの愛を返せなくなって。

私は洋一が留守の間に、自分の荷物をまとめました。

さようなら。

私を世界一愛してくれる洋一。

あなたの愛に応えられない私を許してください。

今日まで本当にありがとう。


2590文字

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