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誘い

こんなとこだと今日はくっつけないねって笑って言ったら、くっつけるよって背中から抱きしめられた。

心が一瞬、揺れた。

絶対にもうないと思ってた二人の時計がまた動きはじめる。

自分からは誘ってこないくせに、気まぐれな私からの誘いは断らない。だから私はあなたに会いたくなると声をかける。なんとなく男の人と二人になりたいときにあなたを誘う。この距離感が既婚者の私にはちょうどいい。

恋じゃない。

あなたは友達。


あのメールが届いたのは二人で会うようになってから何度目だっただろうか。

奥さんを愛してるって言ってたくせに、「また飲みに誘って」と書かれていた。

別れてすぐに「楽しかった」のメッセージはくれるけど、いつもそれだけだったのにね。はじめて書かれた誘いの言葉に、揺れるあなたの心が見えた。

バイバイしたときのほんの少し寂しげなあなたの表情を思い出す。人ごみのなか私を抱き寄せたあなたの酔った匂いを思い出す。そうだ、ジンが好きだったあなたのキスの味に、まだ若かった私は顔をしかめたっけ。

あなたのキスの仕方はもう忘れた。

抱かれ方ももう覚えていない。

あなたが奥さんにどんなキスをしてどんなふうに抱くのかにも興味ない。だってこれは恋じゃないから。

私はもう嫉妬しない。

あのころはあんなに苦しかったけど、好きで好きで別れてからもずっと泣いてたけど、これからはあなたが私に嫉妬してよ。掴めない私の心に遊ばれてよね。

絡みつくほどの嫉妬を私にちょうだい。

今度また誘うから。


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