#22 私の時間
こうしてレストランで向かい合うのはもう何回目だろうか。中山さんと過ごす夜のひと時はとても大切な時間で、失いたくない。
会社ではあまり話さない中山さんが私と二人のときには少し饒舌になるし、私だけを見てうれしそうな笑顔を向けてくれる。これまで何度も恋をしてきたけど、こんなに好きになった人はいないんじゃないかと思うほど中山さんが大好きで、私の日々は中山さんへの想いでいっぱいだ。
奥さんのいる人を好きになるなんて自分でも思ってもなかった。私は結婚している男性は恋愛対象にはならないし、心の中できちんと線を引くタイプだと思っていた。それなのに彼への恋心に気づいたときにはもう気持ちを止めることができなくなっていた。
進むこともやめることもできない2年を過ごし、伝えることも叶えることもできない恋心は苦しかった。でも中山さんがある日、私に向かって手を広げてくれた。飛び込んでいいよと広げてくれた胸に飛び込まずにはいられなかったんだ。
いつも土日には会えない中山さんだけど、今週の土曜日は私の誕生日だから会おうって言ってくれたのに、中山さんは仕事が入った。岐阜への出張。仕事だから諦めようと思ったけど、1年に1度の誕生日くらい我慢したくない。だから今から中山さんに言おうと思う。
「中山さん」
「うん?」
「土曜日は岐阜ですよね?」
「あぁ、うん。ごめんね。誕生日なのに会えなくなった」
「はい」
「仕事が終わったら電話するよ。何時になるか分からないけど、ちゃんと電話するからね」
「はい」
少し張り詰めた空気が流れた。「はい」と答える私の声に不満の色が浮かんでいるのを中山さんはきっと感じとっているだろう。中山さんの表情に戸惑いが見える。
今、私の表情も固いかもしれない。できるだけ重い空気を出さないようにと意識するけど、うまくできているとは思えない。
私は小さく息を飲み込んで、中山さんをまっすぐに見つめながら、とうとう切り出した。
「あの、土曜日、私も岐阜に行ってもいいですか?」
中山さんが驚いた表情を見せる。そのあとすぐに困惑の色が浮かんだ。一気に不安が押し寄せる。私は出すぎた言葉を発したのかもしれない。誕生日だからってそんなわがままは口にしちゃいけなかったのかも。出張先についていこうとする私を中山さんがどう思うかなんて、少し冷静に考えれば分かったはずなのに。
中山さんが静かにナイフとフォークをお皿に置く。
「結城さん、岐阜は仕事なんだ。分かってるよね?」
「はい」
「何時に終わるかも分からない。もしお客さんが納得してくれなかったらその日にはこっちに戻れないかもしれない。日曜日もお客さんのところに行くことになるかもしれない」
「はい」
そうだ。課長は長引かないだろうとは言っていたけど、土曜日中にうまくお客さんが納得してくれるとは限らない。翌日ももしお客さんのところに行くとなったら、私がいるととても迷惑だろう。お客さんのクレーム対応に疲れたあとの中山さんの時間を私のために使ってもらおうなんて、やっぱりすごく自分本位な考えなんだ。
背中が少しひんやりする。自分のことしか考えていない自分が恥ずかしい。
中山さんはしばらく黙ってしまって、私もどうしていいか分からなくて下を向いてしまった。
沈黙が続き、謝ろうかと混乱した気持ちで迷っていると、突然中山さんが私の手に自分の手をそっと重ねてくれた。
驚いて顔をあげた私の目に中山さんの落ち着いた表情が飛び込んできた。
「結城さんの誕生日を、僕にくれる?」
「結城さんの時間を、僕にもらえるかな?」
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中山さんはシリーズ化しています。マガジンに整理しているのでよかったら読んでみてください。同じトップ画像で投稿されています。
続きはこちらです。
第1作目はこちらです。ここからずっと2話、3話へと続くようなリンクを貼りました。それぞれ超短編としても楽しんでいただける気もしますが、よかったら「中山さん」と「さやか」の恋を追ってみてください。
『中山さん』シリーズ以外にもいろいろ書いています。よかったら覗いてみてください。
お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨