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Five minutes...more

雪が降ってきたから足を速めた。手には両手でちょうど抱えられるくらいの大きさのランドリーバッグを持っている。クリスマスに恋人と会う予定もなくコインランドリーに行くなんて寂しい話だけど仕方ない。私はいまシングルだから、クリスマスもいつもの一日。

街は華やかなムードに包まれて、恋人たちはいつもよりキラキラしている。きっとこれから二人で幸せな時間を過ごすんだろうな。腕を組んで優しく見つめあったりしてどこかへ向かっている。そんなカップルたちの横を大きな袋を抱えて歩く私はまるでサンタのようだ。深く考えずにこんな日に赤いコートを着てしまった。ときどき私をチラリと見る視線を感じて、髪についた雪を払うフリして顔を隠した。なんとなく恥ずかしい気がしたから。

コインランドリーに着いたら、こんなところにまでクリスマスツリーが飾られていて驚いた。扉の真ん前の電柱にお世辞にも豪華とは言えないクリスマスツリーが巻き付けられている。でもちょうどベンチがある前だから、もしかしたら洗濯待ちの恋人たちがここに座って楽しそうにおしゃべりするのかも。

「寒いね〜」
「うん、寒い」
「ねぇ、なんかこのツリー、かわいくない?」
「かわいいね。小さくてかわいい」

デコレーションも少ししかされていない地味なツリーでも、恋人たちが一緒に見たら素敵に見えるのかもね。ツリーがキラキラしてなくてもお互いの瞳がキラキラしてるだろうから。そんなことを考えながら扉を開けた。

中に入ると机の上に何か小さな丸いものが置かれている。心臓がドクッと跳ねた。まさか、あれじゃないよね。その予感が心臓をもっと波打たせた。それが何かを確かめるためにゆっくりと近づいてみる。


*****

3年前のクリスマス、私は一緒に暮らしていた恋人と別れた。どうしても海外で自分の力を試したいと言い出して、私に「待っていてほしい」と告げた。付き合って5年、そのときもう30を過ぎていた私にとって、結婚間近だと考えていた彼からのその言葉はすんなり受け止められるものではなかった。話し合いを繰り返したけど、結局彼を止めることができなかった。最後には泣いて「ごめん」と謝る彼がぼやけて見えた。

「必ず迎えに来る」

彼は空港でそう言ったけど、私は「待てない」と答えた。待つつもりはなかった。どれだけ好きでも、いつ帰ってくるか分からない彼を待っていられるような年齢じゃなかったから。彼がいなくなってひとしきり泣いたあと、喪失感を埋めるように新しい出会いを求めた。でも結局どうしても彼を忘れられなくて、今日こうしてまた一人でいる。

その彼と二人でお揃いで買ったクリスマスグッズが、いま机の上に置かれていた。どうして?

「これ、かわいい。お揃いで買おうか」
「あー、スノードーム?」
「スノードーム? そんな名前だっけ」
「うん」

持ち上げて中を覗くとあのときの会話が蘇った。スノードームにはツリーの横でスキーをしているサンタが入っている。揺らしたら白い雪がドームいっぱいに広がってすごく幻想的。でもまさかこれが彼のものなはずはないよね。湧いてくる淡い期待を流してしまいたくて、静かに息を吐きながらスノードームを机の上に戻した。

ガチャガチャと音を立てて洗濯機の中に詰め込まれていた服が沈み始める。男性ものの服や下着が見えた。彼の私物じゃないかと目を凝らして見たけど記憶にある物は一つもない。やっぱり彼のはずはないよね。閉じ込めていたあの頃の寂しさが心に降りてくる。

隣の洗濯機に自分の服と洗剤を入れてコインを投入した。ゆっくり回り始める洗濯物をじっと見つめる。ぐるぐる回る人生みたいだな。出会いと別れを繰り返して、幸せとか寂しさとかが近づいたり離れたり。

洗濯が終わるまで一旦部屋に戻ろうかな。ランドリーバッグをたたんで扉を開けたらベンチがまた視界に入った。恋人たちが楽しそうに座っている姿をもう一度思い浮かべてしまったけど、その二人の顔が自分と彼の顔になっていて、切ない。

少し沈んだ気持ちでベンチに腰をかけた。5分くらい、ほんのちょっとだけ待ってみようか。さっき乾燥を終えた洗濯物の主を。顔を見るくらいいいじゃない。彼じゃないことを確かめて、ほんのわずかな期待を消しておこう。

ときどき風が吹いて寒くて凍えそう。5分だけ、5分だけだから。なぜか言い訳のように自分に言い聞かせる。しっかり足を閉じてコートをぎゅっと閉めて、俯いた。

何分経ったんだろう。サクサクと雪を踏みしめる足音が聞こえてきた。この足音はたぶん知っている。鼓動が高鳴る。動揺して顔を上げられない。

その人が私の横にそっと座った。なつかしい匂い。彼だ。間違うはずがない。彼が日本に戻ってきたんだ。

「スノードーム、置いておいたらきっと待っててくれると思ったんだ」

あの頃のままの彼の声が耳元に響き、心がぎゅっと締め付けられた。

「ごめん、待たせた」

あなたが私の手を強く握る。冷え切った手にあなたのぬくもりが広がる。5分のつもりだったけど、もっと長く待ってしまった。あなたに会いたくて帰れなかった。

待たせすぎだよ、3年も。

そっと顔を上げたら、ツリーがね、とってもかわいく愛しく見えた。

メリークリスマス。




こちらの企画に参加しています。

七海さん、幸せなの書けたよ。ありがとう。



お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨