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いじめていた子はいじめられる。

だいたいこれはそうだと思う。

過去に誰かをいじめていた子は、いずれ、いじめられます。

いじめていたときは自分の天下のようになっていて、威勢よく友達を後ろに引き連れ、わがまま放題。

逆らうと自分にいじめの矛先が回ってくると思うと怖くて、みんなは従ったふりをします。

でも従ったふりなだけで、心からその子を大事にしていたわけではないので、次第にその子の心ない行動や行為に嫌気がさしてきます。

ひどい子だなって心の中でずっと思って眺めています。

声には出さなくても、いじめている子の人柄を軽蔑します。

そうして分からないようにジリジリと距離を取り始めます。

まずは心の距離から。そして実際に物理的な距離を。

距離を取り始められても、いじめていた子はまだそれほど気づかない。私がトップに君臨している、みんなが私に従うはず、私が女王とどこかで思い続けています。

しだいに誰も自分の周りにいなくなって、「あれ? 私には友達がいないの?」って気づきます。

一緒にお弁当を食べてくれる人がいなくなります。

自分からすり寄っていくのは元トップとしてのプライドが許さず、誰かが自分にすり寄ってくるはずとひたすら待っています。1日、2日、1週間、そして1ヶ月。

ようやく自分が無視されている、もしくはいじめられているんじゃないかと気づき始めます。

学校に行きたくないと母親に言い出すのもこのころです。

母親は「うちの子がいじめられている」と騒ぎ、学校に押しかけます。

学校の先生は実は分かっていたりします。

でも言えません。

「あなたのお子さんが周りの子にひどい態度をとっていた報いを今、受けているんですよ」

そんな事実を言うことができません。

母親は周りの母親に相談します。

「うちの子、一人でお弁当食べてるみたいなの。いじめられてるみたい」

周りの母親も知っています。

あなたの子供の素行がひどかったら、今、そうなってるのよと。

でもこれも誰も言いません。

うっかり少しだけ漏らしてしまったら「あなたはそんな事実じゃないことを言う」と逆に責められます。だって自分の子供が話す言葉がすべて真実だと思っているからです。

いじめていた子は一人ぼっちになります。

ポツンと一人でお弁当を食べます。

誰も声をかけません。

話しかけても、少し返事をしてくれる程度で、いつの間にかスーッとみんないなくなります。それぞれがそれぞれの友達と手を繋いで去って行きます。

一人ぼっちは寂しいと、やっと気づきます。

私は今までひどいことをしてたんだと。


すでにみんなが裏でひそひそと噂を回しています。いじめていたこの子がどれだけひどいことを今までしてきたのか、要注意人物としての回覧板が必ず回っています。

この子がまたみんなの輪の中に入れてもらえるまでには、かなりの年月がかかります。数ヶ月では不可能です。その学校時代では無理かもしれません。新しく進学する学校で心を入れ替えて、がんばるしかないです。それほど大変なことになるのです。


こういう子を何人も見てきました。

いじめられている子が永遠にいじめられるわけではないと私は思います。

もちろん、いじめていた子が必ずいじめられる側になるというわけでもありませんが、このパターンは多いように思います。


いじめていた子がその先もずっとうまくいくなんて、そんなの嫌だな。

みんなどこかでそう思っています。ひっそりと、仕返しのような気持ちを持っているんです。タイミングを計っているんです。


学校という社会はとても狭いから、その中にいるときは外側が見えないし、未来の生活まで見えません。

でも私が上で書いたようなことは実際にわりとよく起こります。

物事を数年単位で見たときに、そんなことが見えてきます。


#エッセイ #いじめ #8月31日の夜に

「8月31日の夜に」のハッシュタタグがついた投稿の中には、とても心に響く文章がたくさんありました。私は深いことはうまく書けていないし、求められている主旨とはちょっと違う仕上がりだと思いますが、私が見てきたこと、感じたことをそのまま書きました。




お気持ち嬉しいです。ありがとうございます✨