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■無口?な聖女の夜のお仕事

『はい』
『いいえ』
『拝領しました』
『滅相もございません』
『司祭様にお伺いいたします』
『皆様に神の祝福を』

これが、聖女マグノリアが神殿で発する言葉のすべてだった。
聖女は神殿で人々を癒やし、また平和の祈りを神に捧げる。

透き通った銀色の髪の内側に見える美しいかんばせには笑みの一つも浮かばない。
常にどこか遠くを見るような憂いを帯びた空色の瞳も相まり、聖女マグノリアは『悲壮の聖女』と呼ばれていた。

正午も回ろうかという頃、神殿にやってきた民たちとともにその日最後の祈りを捧げたマグノリアは、民を一瞥して祈りの手を組む。
「皆様に神の祝福を……」
憂いを帯びた空色の瞳を見た民たちは、一様にみなほう、とため息をついた。
マグノリアは一つお辞儀をするとその場から退場するべく、神殿の奥に歩を進めた。

その時だった。
「聖女様! お願いです、助けてください!」
一人の男が小さな少女を抱えて神殿に駆け込んできた。
襤褸をまといところどころ薄汚れた男と少女は、おそらくは貧民街からやってきたのだろうということは誰の目から見ても明らかだった。
「騒がしいぞ、聖女様のお勤めは正午までと決まっている! わかったら立ち去れ!」
騒がしい男に神官が怒声を上げる。

マグノリアの神殿での務めは朝から正午までと決められている。
昼を過ぎて神殿の門が閉まる夕刻までは神官たちが聖女の代わりを務めていた。
これはマグノリアが聖女として神殿にやってきてから5年、変わることのない日常である。

神官の怒声を気にもとめず、マグノリアは無言で男と少女に近づいて膝を折る。
「この子をどうか助けてください! もう何日も前から熱が下がらなくて……」
薄汚れた男と少女を見てもマグノリアは顔色も表情も変えることなく少女に手を当てる。
「聖女様! いけません! ……ひっ」
神官が声を上げるが、マグノリアがじろりと睨むような視線をひとつくれてやると怯えたように黙った。
少女の額に当てられたマグノリアの手から、癒やしの力が流れ込んでいく。
発熱により体力を奪われ蒼白となっていた少女の顔色がみるみるうちに良くなっていく。
マグノリアが手を離すと、少女はぱっかりと目を覚ます。
「とう、ちゃん?」
「ああ……! 聖女様! よかった、よかったな……!」

その様子を見たマグノリアは立ち上がる。
「聖女様、なんとお礼を言えばいいか! 本当に、ありがとうございます!」
学がないなりの男の精一杯の感謝の念だった。振り返り男の感極まった言葉を聞いても、マグノリアは一切表情を変えることはない。
「滅相もございません」
それだけ言って今度こそ神殿の奥へと退場していった。

正午までの務めが終わると、マグノリアは神殿の奥にある自室に籠もる。
食事などを自室で済ませているという以外は何が行われているのか誰も知る者はいなかった。

唯一、神殿の司祭だけが彼女の動向を知っていると言われてはいるものの、その司祭も詳細を語ることはなかった。

日が落ち、夜も更けた頃、マグノリアは自室のベッドから起き上がる。
カーテンを開けて外をみれば、真っ暗な森が広がっていた。

マグノリアはゆったりとした寝巻きから朽葉のような色をした衣服に着替えると、軽鎧を着込む。
銀の髪は結わえて一括りにして、邪魔にならないようにする。
クローゼットの隠し蓋を外し、よく研がれた二振りの短剣、いわゆる双剣を取り出した。

腰につけたポシェットを開き、携帯の魔導具が一揃い入っていることを確認すると、自室のドアを開けてこっそりと外に出ていく。

転移の魔導具を使い、マグノリアがやってきたのはこの地方の端も端にある貧民街だった。
無事に転移したことを確認してマグノリアは安堵のため息をつく。
「おっししょーさーーーん!」
その時、どん、という衝撃とともに、軽鎧をまとった少年が抱きついてくる。
「……帰れ」
少年を一瞥することなく、マグノリアは低い声で引きはがすと、げんこつを一撃くれてやった。
「いってーーー! ひどいっすー」
「酷くねえ。なんでこの時間にここに転移してくるってわかったんだテメエは!」
「この近辺で瘴気濃度が高まってるって聞いたんで、この間から夜に張り込みしてたっす!」
ぴしっと背筋を伸ばしてにこやかに少年は言ってのける。
「公爵家のご子息サマが夜中に家を抜け出すなってなんべん言ったら聞くのかなあ?????」
昼間とは打って変わって、マグノリアはイライラとした表情も崩さず少年の張りのある頬をつねりあげる。
「いたいたいいたい!」
「アレックス、テメエ自分の立場わかってんのか?」
頬をつねる手を離して、じろりと少年……アレックスを睨みつける。
「民のために働くのは貴族の義務っすからね! 夜のお勤めに邁進する聖女サマのお役にも立てるしいい事ずくめっす!」
ニコニコと笑うアレックスはこの国の公爵家の年の離れた三男坊だと自称する。
跡取りである長男も、次男もすでに成人しており、いずれは公爵家からどこぞの貴族へ婿入りする気楽な身分であるととマグノリアは聞いている。
だからといって、マグノリアが夜ごと行っている『聖女の務め』に付き合わせるわけには行かなかった。
「そういう問題じゃねえ、危険だから帰れってんだ」
「あれれ~? そんなこと言ってボクを邪険に扱っていいんすか? 悲壮の聖女サマが実は男だったってバラしちゃっていいんすか?」
「ぐっ……」
マグノリアはアレックスの言葉に反論できない。

聖女マグノリア。本名、ヒューゴ。この国の南にある田舎町出身の平民、それが彼の本来の姿である。
マグノリアとは双子の妹の名前であり、本来であれば彼女が聖女として神殿に参上することになっていた。
だが、妹は生来より体が弱く伏せがちであったがため、同じく聖者の資質を持つ兄であるヒューゴが身代わりとなったという経緯がある。

「クソが」
マグノリアは悪態をつく。アレックスは悪態が同行の許可だと知っているので、満足気に笑みを浮かべている。
彼の自称が本当だとすればアレックスも貴族の端くれだ。
聖女マグノリアが男であると世間に公表したら信じる者も大勢出る。そうなれば本物である妹にどのような影響が出るかはわからない。
ただでさえ病弱なのに、更に悪化してしまう可能性も考えると、兄としてそれだけはなんとしても避けたいという事情があった。

「じゃあ状況を説明するっす。1週間前からこの街周辺の瘴気濃度が少しずつ上がって、それに伴い住民たちは疫病疾患のような症状が出てる感じっすね」
アレックスが魔導具で街周辺の地図を空中に浮かび上がらせる。
地図には瘴気の状況も表されており、何箇所かに濃い黒紫の渦が浮かんでいる。
「身体の弱い子供に特に強く影響がでてやがる。今日、神殿に瘴気による高熱に冒されたヤツが運ばれてきた」
「ただ、瘴気の発生源や要因がまだわからないっす。街の周辺のどこかとは思うんですけど」
「発生源がどこか突き止めてから執行したかったが、被害が出始めた以上はそうも言ってらんねぇのよ」
地図上に浮かぶ黒紫の渦に印をつけ、マグノリアは短くため息をつく。体力のある者ならまだしも、そうではない者たちが苦しむ時間が増えることは彼とて到底看過できるものではない。
「貧民街の住民とはいえ、民は民っすからね」
「オレの癒しの力にも限度があるからな。大勢に押しかけられたらなんもできねえ。妹みたいに治癒に特化してりゃあ良かったんだけどよ」
「得手不得手があるから仕方ないっすね。僕らみたいに浄化ができる人で頑張るしかないっす」

聖女マグノリアが正午までしか神殿に参上しないのも、能力の資質が主な要因だった。
癒しの力がないわけではないが、瘴気による高熱や疫病などの治療を朝から夕刻まで延々と行えるほどの力は持ち得ていない。
その代わりに瘴気を根本から断つ浄化の力の資質は十二分にあるため、こうして夜ごと瘴気を根絶するための執行任務についてる。

この国は邪悪な魔の者を封じたという地に封印を施すため、各所に神殿を建造し、中央に城という形で巨大の要石を設置したことで成立した国である。
そのため、魔の者が封印を破るべく未だに瘴気となって吹き出る事があった。
その瘴気の源泉を断つ事ができる資質を持つものたちを聖者、あるいは聖女と呼んでいる。

アレックスもマグノリアには劣るものの浄化能力を持つ聖者の資質を備えているが、若年であることや力の使い方が未熟なこともあり強力な瘴気には対処し辛い。
そもそも2人の出会いも、任務の最中にヘマをして動けなくなっていたところをマグノリアが偶然助けたというのが始まりであった。
その時にうっかり男であることが知られてしまった上に、それ以来アレックスはマグノリアを師匠として崇めはじめ何かと付きまとい……いや、師事を受けている。

「よし、焦点は決まった。あとは総当りだ。行くぞ」
「はいっすー!」
アレックスを伴い、マグノリアは今の位置から一番近い瘴気の噴出箇所へ向かう。
瘴気を食らい自身の力を強くするために、瘴気の噴出箇所には獰猛な魔獣が集まってくる。

「今回は連戦になるぞ。体力配分間違えんなよ!」
「了解っす!」
マグノリアは双剣、アレックスは長剣をそれぞれ構える。

魔獣たちが一斉に2人の方を向く。聖者の肉も彼らにとってはまたとないご馳走であった。
素早い魔獣が地を蹴る。飛びかかり迫りくる魔獣をアレックスの長剣が迎え撃ち、一刀両断。
鉄錆の匂いが辺りに満ちる。一撃のもと絶命した魔獣を見た他の魔獣が怯む。
その隙をマグノリアは逃さない。魔獣たちの合間を縫うように走り、首の動脈を切り裂いて最奥にある瘴気の源泉に目指して駆けていく。
マグノリアが斃し損ねた魔獣を処理するのはアレックスの役目だ。

「お師匠さんには指一本触れさせないっすよ!」
マグノリアの背後に迫る熊のような魔獣の項に向かい得物を一突き。
項から喉にかけて貫通した長剣を引き抜いて魔獣を蹴り倒す。
アレックスが残りの魔獣を処理している間にマグノリアは瘴気の源泉にたどり着くと、ポシェットから浄化用の魔導具を取り出すと自身の力を魔導具に込める。
「我らが神の名のもとに、滅せよ!」
マグノリアの言葉に呼応し、魔導具が光を放つ。
魔導具を瘴気の源泉に叩きつけるように押し込むと、瘴気を吹き出す孔が塞がった。

「終わった、次行くぞ!」
「はい!」
瘴気がおさまったことにより、魔獣たちの勢いはそがれる。
このまま放っておいても活動に必要な瘴気は得られずに衰弱死するだけだ。

今回は瘴気の源泉となっている箇所が複数箇所ある。
大本になっている源泉さえ見つかればそれを叩けば済む話であったが、同規模の源泉がいくつかあるせいで判然としない。
マグノリアはなるべく消耗を避けるためにも倒す魔獣は最低限にしておきたかった。
2箇所め、3箇所めとマグノリアとアレックスは瘴気の源泉を回る。

そうして4箇所目。この場所は貧民街の外れにある神殿跡地であったが、他の源泉以上に禍々しい瘴気を吹き出している。
他の源泉を塞いだことで、瘴気の吹き出す先が大本の源泉に集中した結果であった。
「うわ。酷いっすね……」
「おおかた元々あったでけえ瘴気の孔を塞ぐために神殿で蓋をしてたんだろうよ。だがこの区域が貧民街になったことで神殿を管理する連中がいなくなって信仰も薄れた」
「誰も手入れしなくなって古くなった神殿ですからね。何かのきっかけ内部が崩壊して瘴気の孔が復活したのが1週間前ってことっすね」
「だろうな。さ、もうひと仕事だ。やれるな」
「問題ないっす!」
マグノリアの言葉にアレックスは元気よく返事をする。それだけ腹から声が出せれば十分だろうとマグノリアは判断し、神殿の内部に入っていく。
「やべえな、アレックス、大丈夫か?」
「なんとか。でもこれじゃ源泉の判別ができないっすね。瘴気吸収の魔導具展開しまっす」
「頼んだ」
アレックスが魔導具を展開すると周辺の瘴気が魔導具にするすると吸い込まれていく。
神殿で塞いでいたような瘴気の孔だから焼け石に水程度の効果しかないことは2人とも理解していたがないよりはマシだろうという判断だ。

「瘴気が濃すぎて魔獣の気配が捉えられねえ。油断するなよ」
「……っすね。おっと探知機に反応ありっす」
「でかした。場所は?」
「この位置は……神殿の作りは100年前のものだから……おそらく聖女や聖者の祈り場っすね」
「あそこか。急ぐぞ」

マグノリアとアレックスは足早に祈り場へと向かう。

祈り場の出入り口からそっと様子を伺うと、ドラゴンのような巨体が横たわり、吹き出る瘴気を浴びるように飲み干してる姿が2人の目に映る。
「ああ。やっぱり魔獣が瘴気食ってるっすね。大きさからしてドラゴン級ってとこっすか」
「厄介だな。かといって日を改めてなんて言ってられねえな。なんとかして源泉を封じれれば勝てそうではある」
「流石っす、じゃあ僕が魔導具総動員してあのドラゴン級をおさえとくんで、お師匠さんは源泉の方をお願いするっす」
「普通逆だろ、オレがあのドラゴン級の相手するからテメエが源泉の浄化しろ」
「無理っすねー。あの大きさだと魔導具総動員しても半刻かかるっす。お師匠さんだったらどうっすか」
「……ほぼ一瞬だな。っち、仕方ねえ。絶対大怪我すんじゃねえぞ。危ないと思ったら大声でオレを呼べ、いいな。行くぞ!!」
「了解っす!」

マグノリアの号令とともに2人は駆け出す。
最初にマグノリアはドラゴン級の魔獣に向かい、双剣でその巨体に一度斬りつける。

魔獣は己を傷つけられたと理解するや、マグノリアを標的と定め、鈍重な巨体を動かした。
ドラゴン級の視線と体がマグノリアの方を向いたことで、源泉を囲っていた巨体が動く。
「お前の相手は僕っすよ!」
マグノリアに気を取られていたドラゴン級は背後から迫るアレックスに気づかなかった。
アレックスの長剣の一撃が、ドラゴン級の指を一本切り落とす。
ドラゴン級は痛みに悶えながらもアレックスに標的を定め、体の方向を転換させる。
アレックスの方を向いたことで、源泉への道筋がマグノリアの眼の前に現れた。
マグノリアはその道筋を最短で駆け抜ける。

「分身展開!」
アレックスは、標的が自分となったことを確認すると、魔導具を使い分身を出現させ、ドラゴン級を惑わせる。
ドラゴン級は腕を振り回し、分身と本体全てにかぎ爪を振り下ろす。
アレックスは腕とかぎ爪の間を器用に走り回り、ドラゴン級を翻弄する。
「そこ!」
もう片方の腕の指の一本を切断するも、もう片方の爪がアレックスの鎧の胸板部分をかすめ、両断とまでは行かないまでも鎧を傷つける。
「……うおっと! 下手な攻撃は危険っすね」
強力な攻撃にアレックスは攻撃目標をドラゴン級の脳天に切り替える。
飛翔の魔導具を起動させると、振り回されるドラゴン級の腕をかいくぐりその脳天に向かって飛翔する。

一方、瘴気の源泉の内側に入り込み、マグノリアは複数の浄化用魔導具に浄化の力を込めて展開準備に取り掛かっていた。
余りの瘴気の濃さにありったけを注ぎ込まなければ浄化はできない。そういう判断だった。
すべての魔導具に力を注ぎ込むと景気よくばらまく。
「我らが神の名のもとに、邪悪よ滅せよ!」
マグノリアの言葉に呼応し、空中でばらまかれた魔導具が光り輝く。
「おりゃあああ!」
同時にドラゴン級の脳天にアレックスの長剣が深々と突き刺さる。
ドラゴン級の咆哮と魔導具に込められた術式が重なり神殿を揺るがす強い振動と光が源泉を中心に発生し、すぐにおさまった。

「っあ゛~~~~~~」
瘴気の源泉が完全に閉じたこと、ドラゴン級が倒れ伏したことの両方を確認すると、マグノリアは一気に肩の力を抜いた。
「やったっすーーーー!」
どーん、といつものようにアレックスがマグノリアの腰に抱きつく。
と、その時だった。切り裂かれた軽鎧がはずれ落ち、谷間が見えるほどの豊かなで大きなものがまろびでて、その感触が思いっきりマグノリアに押し付けられる。
「オイ…………」
「…………あ」
マグノリアはじろりとアレックスを見下ろす。
アレックスも一呼吸おいて自分が今どのような状況となっているかやっと理解する。
その瞬間、マグノリアはアレックスの頬を思い切りつねり上げた。
「テメエ騙してやがったな!!! 人のことさんざっぱら脅したくせに自分もそうなんじゃねえか! もう看過できねえ! 親元に突き出してやる!!」
「いたいいたいいたい! 騙すつもりはなかったっす! 仕方がなかったんす!」
「なーーーにが仕方ないだ! ふざけやがって」
「これには海より深い事情があるんすよぉ……」
「ンなこと言って神殿のスープ皿より浅い事情だったら許さねえからな」
「うぅ……とにかく今まで黙ってたことは謝ります。ええと、そうだな、今日はもう遅いので、明日の正午前にうちの使者をよこしますんで。今日は一旦勘弁してくださいっす」
「チッ」

アレックスの必死な様子に、マグノリアとしてもこれ以上の追求はできないと悟ったのか大きな舌打ちをしてその場は解散となった。

翌日、アレックスの言った通り、正午前に使者がやってきた。
だがそれはただの使者ではなく、この国をおさめる王家の紋が入った馬車に乗って、マグノリアに城に参上する命を記した書状を携えてやってきた。

そのことにマグノリアが粗野な田舎者の男であることを知る司祭は何をやらかしたかと彼をを凝視し、マグノリアは普段の憂いを帯びた姿をかなぐり捨てて勢いよく首を横にふる。
あれよあれよという間に、マグノリアは司祭によって王家の馬車に押し込まれ、昼過ぎには謁見の間の控えで縮こまって沙汰を待っていた。

少しして、王族が入場したという報が入り、兵士に連れられてマグノリアも謁見の間に入る。
遠目にはドレス姿の女性がいることはわかるが従者によって顔が隠されている。

玉座の下段までたどり着くと、マグノリアは作法にならいひざまずく。
「聖女マグノリア、本日は急な呼びたてをして申し訳ございません。面を上げてください」
「め、滅相もございませ、ん??????」
いつもの定型句を述べながらマグノリアは面を上げる。
視線の先には化粧や髪型こそ異なるものの、よく見慣れたアレックスによく似た面差しの少女がいた。
「自己紹介が遅れました。わたくしはアレキサンドリアナ。この王国の末の王女です。そして、あなたと同じく浄化の聖女の資質を持つ執行者の一人でもあります」
「は、はぁ……えぇ!?」
「この度は身分を偽り執行任務に従事していたこと、貴方様の立場を利用するような真似事をしてしまっていたこと、深くお詫びいたします」
アレックス……否、アレキサンドリアナは立ち上がると深々と頭を垂れた。
田舎者に丁重な謝罪を始めたことにマグノリアは慌てざるを得ない。
「お、王女殿下! お顔を上げてください。いやというかなんだってアレックスなんて名乗って……」
「浄化の資質を持つ者は王侯貴族貧民の身分に関わらず瘴気の源泉を断つための執行者となることがこの国の決まり事なのはご存知ですね?」
「え、ええまあ、はい」
国の成り立ちの経緯もあり、この国では癒しの力や浄化の力を持つ者が多くいる。
しかし瘴気の源泉を断つ事ができる、いわゆる聖者や聖女と呼ばれるほどに強い力を持つ者は多くはない。
そのため、アレキサンドリアナが言うように単独あるいは少数で執行任務を遂行できるほどの者は、身分関係なく執行者となることが義務付けられている。
「わたくしとしましても非常に遺憾ではあるのですが、本来はこのような身分故、男装にて務めを果たさざるを得なく……」
「じゃ、じゃあ公爵家の三男坊って……」
「はい。わたくしが執行任務に赴く際の仮の身分となっております」
にこやかにそう告げるアレキサンドリアナにマグノリアは顔を青くしたり白くしたりとしている。
なにせ、正体を知らなかったとはいえ王女殿下に暴言を吐くわ頬をつねるわ、挙句の果てに脳天にげんこつを食らわせるような所業を恒例行事がごとく繰り返していたのだ。
聖者クラスの執行者でなければとっくに不敬罪か何かで処罰を受けていただろう。
「イイイイイイママデトトトトトンダゴブレイヲ……」
余りのことにマグノリアはカタカタと震え挙動不審となりながらもなんとか言葉を発する。
まかり間違えばこの場で首がすっとぶのではないかというような身の危険すら感じでいた。
「うふふ。良いんです。わたくしも身分を偽っていた身ですから。ですが、困ったことに貴方様にわたくしが王女であると知られてしまいましたので、今後の任務については……
アレキサンドリアナはひとしきり微笑んだあと、目を伏せる。
その様子にマグノリアはもしかしたらアレックスという貴族故に何かと気を使わざるを得ない執行者と関わりが断てるかもという一縷の希望を抱く。
「ど、どうなさるおつもりで?」
「今後の任務につきましては執行議会による検討の結果、聖女マグノリアと聖者見習いアレックスの共同任務ということでよろしくお願いいたしますね」
「えっ……」
一縷の希望が一瞬で潰えたことでマグノリアは今度こそ二の句も告げず、口をただひたすらパクパクと開閉するしかなかった。
「そうそう。経験の浅い聖者見習いをつけることになりますので、マグノリア様とそのご家族には特別手当が支給されますからご安心くださいね」
「そ、それはありがたいですけど……あの、共同任務ってことは……」
「はい。というわけで、今後ともよろしくっす、お師匠さん!」
アレキサンドリアナがマグノリアの手を取ってにこやかに、聞き慣れたアレックスの声で元気よく言い募る。
「……勘弁してくれーーーーーーーーー!!!!」
とうとう我慢できなくなったマグノリア渾身の絶叫が城中に響き渡ったのだった。

「了」

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