彼女との会話
「ねえ」
彼女は僕の瞳を覗き込むようにして、口を開いた。何時ものことながら本当に人間かどうか疑わしいほどの無表情で、何を考えているのやら分からない。アンドロイドみたいだ。
何も考えていないだけかもしれないが。
でも、何となく嫌な予感がする。面倒くさい話か、長くなる話のどちらかに違いない。
また始まったよ、と嘆息したくなりながらも、そんなことはおくびにも出さず、平静を装って僕は聞き返す。
「なに?」
「私のこと、愛し」
「うん」
少しでも答えるのが遅れると厄介なことになりそうだったので、僕は即答する。
「もう。ちゃんと最後まで聞いてよ」
駄目だった。寧ろ裏目に出たようだ。
「ごめん、最後まで聞くよ。なに?」
「私のこと、愛してる?」
一緒じゃん。と思ったけど、言わなかった。
「うん」
「それはさっき聞いた」
僕もその質問、さっき聞いたけど?と言いたかったけど、呑み込んだ。
「『うん』じゃなくて、ちゃんと『愛してる』って言ってほしい」
「愛してる」
「本当に?」
ああ、予想を超えてきた。面倒くさくて長い話が始まってしまった。
「本当だよ。さあ、ご飯にしよう。早く食べないと冷めちゃうよ」
僕は手に持っているフォークとナイフを、ひらひらと振ってみせた。目の前のグリルチキンはジュウジュウいいながら、香ばしい匂いとともに湯気を立てている。
「本当に?」
イカれた機械か。
「本当だって。何が気に入らないの?」
「『愛してる』っていう言葉」
「え?」
言っている意味が分からない。
「現在形じゃない?」
「まあ、そうだね」
「ということは、前は愛していなかったってこと?」
もう、勘弁してほしい。
「何でそうなるのさ」
「じゃあ、愛してたの?」
「勿論、愛してたよ」
「昔から今まで、ずっと愛してる状態が続いてるってこと?」
「うん。そうだよ」
もうどうでもいいからチキンが食べたい。
「じゃあ、これから先は?」
まだ続くのかよ。
彼女の言わんとすることはもう予想できたので、先回りして言うことにした。
「愛してるよ。昔から今までずっと。それにこれからも」
「心がこもってない感じがする」
どうしろって言うんだよ。
「私は、それを一言で表現してほしいの。日本語には、ある一点から未来まで、ずっと愛している状態が継続するというような意味の言葉、無いのかな?」
「さあ。そんなピンポイントな単語無いんじゃないかな」
「じゃあ、創ってよ」
そんな無茶な、と思ったが、いい加減腹の虫が爆発しそうだったので、僕は諦めて言った。
「分かった。でも宿題にさせてよ」
「そうね。いい加減お腹も空いたし」
誰のせいだと思ってるんだよ、と心の中で独りごちながら、僕はナイフでチキンを一口サイズに切ってフォークに刺し、口の中に押し込んだ。
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