掌編小説『へんなおんなとつくり話』
本文
嫌う理由を教えてくれ、ですって?
私は好きだよ。
嘘つけ? そんな、嘘なんかじゃないわ。私は好き。
え? あなたのことが好きなのかって? 違うわ。何を聞いてたのよ。
私は好きとしか言ってないでしょ。
そう、あなたは好きじゃないもの。男のあなたは好きとは違うわ。
昔は好きだったんじゃないかって? 私は昔から好きだったけど、あなたは昔から好きじゃなかったわ。
ええ、そうね。五年前、あなたはお立ち台の横にいる私に声を掛けてくれた。あのときから始まったわね。でも私が好きで、あなたは好きではないのは昔から変わらない。
妙なことを言うな、か……。そうね、この辺りは他に女の人がいないし、妙なことになってもちっとも不思議じゃないわ。冬の海なんてそんなものよ。
――ちょっと! 波を掛けないでよ! 私がお婆さんみたいになったらどうしてくれるの?
何よ。おまえは婆なんかじゃない、昔は小娘だったのが良い女になった? ああそうですか、なぐさめてくれてありがと。でも分かってないわね。娘だったときから私は良い女だったわ。
……また話が戻った。嫌いな理由は、言ってしまえば、あなたが何でもできるからよ。掃除洗濯料理お裁縫まで。一般的に女の仕事だとされていること、何でもこなせる。あなたは男のくせに女を兼ねてる。だから嫌いなの。
何? 分かってきた気がする、ですって? どうだか。何かやってみせなさいよ。
――な、何よ。いきなりプロポーズなんて。私、結婚するのは何だかよく分からないからかまわないけど、お嫁さんになるのはだめだからね。まだまだ家の外で働きたいんだから。
そう言うと思ってた? ふうん。どうやら本当に分かったのかしら。
テストしてあげる。
私は今凄く喜んでいるんだけれど、これってどういう状態?
――そう、嬉しい。
『“女”を偏にする旁の話』終わり
タイトルから“の”が脱字していたことをお詫びします。
※※蛇足※※
女子である“私”は昔から常に「女子」であり「好」きである
男性である“あなた”は今も昔も「女子」ではないから「好」きじゃない
お立ち台の横に女の“私”が立つと「始」まる
女が少ないと「妙」になります
女である“私”の頭から波を掛けると、「婆」になるかもしれません
良い女はいつだって「娘」である
男である“あなた”は一般的に女がやるべきとされてきた仕事を何でもこなし、女を兼ねるから「嫌」われる
結婚の「婚」の旁は何だか表現しがたい物なのでよく分からないけれど、「嫁」は家に女が縛られているみたいで、お断り
女である“私”が喜ぶと、「嬉」しいのは当然である
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